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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
最終章 邪気の国

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決着

 剣を交えていると、事前にヴァルから話を聞いたからかもしれないが、不思議にどんなことを考えて剣を振るっているのかがわかる。


(ヴァルは大切な物を守るために力を求めた。もし、ヴァルがいなかったら、同じようになっていたのはボクが邪鬼に堕ちていたかもしれない)


 目に見える剣戟の裏側で起きているのは、ボクを取り込もうとする邪気と、それを吸収して力に変える調和気の変換効率の勝負。


(ボクは兄弟子であるヴァルの『力こそが全て』という意志を汲み取ったうえで自分の糧にしてこの先も生き抜く)


 そんな思いを胸に抱きながら、互いの剣が何度も火花を散らし、白と黒の奔流が天井を焼いた。そして、その日何度目かの鍔迫り合い。


「だいぶ疲れが見えてきているじゃないか」

「そっちこそ」


 ヴァルの邪気は最初に比べて濃度が薄くなってきているが、一方で調和気の使用は全神経を集中しなければいけないため、集中力が切れかけ、頭がくらくらしてきていた。


 そんなときだった。

 ヴァルの背から闇が噴き出すように黒い羽根が大きく開き、そしてボクの背後からその漆黒の羽根で包み込む。


「これで――終わりだ」


 ヴァルの剣を伝って流れ込む邪気と、羽から伝わる邪気。その両方が一気にボクへと押し寄せる。

 全身に凍えるような邪気が流れ込み、息が詰まると視界が黒く染まる。

 ――その時、ボクの中から音が消えた。

 闇の奥からやってくる邪気の奔流に心が押し潰されそうになる。頭が朦朧としていた。


(ここが大一番だ……)


 ボクは歯を食いしばり、何とか意識を保とうとする。


 だが――ヴァルから入り込む邪気の奥の方から、言葉にならない想いが流れ込んできた。


 ヴァルのリゼと別れたあの日の後悔。

 キュナを救えなかった己への怒り。

 それでも邪鬼の国を築き、今度こそ自分の大切な物を守りたいという祈り。

 そして最後に――誰かに邪鬼としての自分を終わらせてほしいという思い。


(……そうか。結局ヴァルも、誰かを守りたかっただけなんだ。そして、孤独だったんだ)


 胸の奥で、黒い何かが溶けていく。

 そしてそれは、涙という形でボクの瞳からあふれ一筋の光となった。


「ヴァル、あなたの痛みも、怒りも、全部受け取る」


 リゼから受け取った古書の一節が、脳裏をよぎる。


 ――調和気を極めし者は、己と他者、善と悪、すべてを一つに抱くことができる。もし自らを受け入れながらも、立場の異なる他者を認められるなら――その時、調和は真に完成する。


(これが、受け入れるってことか)


 邪気が身体に流れ込むが、すでにそこには恐怖はなかった。

ヴァルの信念を理解し、そして自分の信念とは違うことを反発するのではなく受け入れる。


 その瞬間、ボクのこれまで纏っていた白と黒の調和気が、赤、青、黄、緑、茶の五行と陰陽の白と黒、全てが混ざり合った気へと変化していた。それは、夜から朝になる空を閉じ込めたような色だった。


「お、お前、その気は……」


 ヴァルはボクの気の変化に気が付くと初めてボクから距離をとった。


「その気を使えるなら、もう邪鬼にするのは無理そうだな」


 ボクはゆっくりと頷くと、どこかヴァルは満足げに微笑んでいた。


「それなら、やることは一つ。ただの力比べだ」


 そう言って、ヴァルは自分の身の回りにある全ての邪気を手のひらに集めたかと思うと、自らの剣に集約させる。その密度は最早これまでとは比べ物にならないものだった。気の集まりの強さが大気を振動させている。


「うん、いいね。受けて立つよ」


 ボクはヴァルにあわせて七色に輝く気を手元の剣に集約させる。


 漆黒と眩い光を放つ剣が一対。そしてしばしの静寂。状況を変えたのは一本の柱だった。これまでの激闘で倒れ掛かっていた柱が傾き、崩れ落ちて地面を揺らした。


 その時。


 ボクらはまるでその合図を待っていたかのように二人同時に地面を蹴る。


 玉座の間の中央で二人の剣がぶつかる。ぶつかった衝撃で気が拡散し二人を包み込む。


(あぁ、こんなに真剣に打ち合ったのはリゼに稽古をつけてもらってたぶりだ)

(うん、ボクも楽しかったよ)


 闇と光が溶け合い、世界が真白に満ちる。


 そして最期に一言。


「ヴァル――あなたとは、次はもっと違った出会いができるといいな」


 言葉と同時に、ボクはヴァルの漆黒の剣を打ち砕き、その勢いでヴァルの胸へと七色に光り輝く剣を振り下ろした。


 光が奔り、闇を断ち、風がすべてを洗い流していった。


 ***


 光の奔流が収まると、ヴァルは肩から腰に向かってできた大きな傷に手を当てたヴァルが地面に横たわる。


 ちょうどその時だった。玉座の間の手前の廊下から足跡が聞こえた。


「コウ!」


 赤い髪を揺らしたリゼと、その後ろにジーク、エルネアが続く。


「そう……か、あいつらもやられたか」


 仲間がやられたが、どこか安心そうにしていた。その様子にボクは不思議そうな顔をしていると、ヴァルにそれが伝わったのか口を開く。


「あいつらだけ残しておくのも、申し訳ないからな。そんなことよりも、イリスのことを見てやれ」


 ボクは言われてハッとイリスの方を見ると、突き立てられた剣はなくなっていた。


「イリス!」


 ボクはイリスの元へ駆け付ける。穢気の気配は感じるものの胸を刺されたというのに血がほぼでていなかった。


 ボクは調和気をイリスの丹田に当てて、イリスの体を一巡させると、イリスの体から穢気はほぼなくなった。


「どういうことだ……?」


 ボクは改めてヴァルの方に向いて確認すると体が少しずつ黒い塵へと化していく中で、してやったり、という顔で笑っていた。


「上手いことひっかかってくれてよかった。イリスはほぼ無傷だ。邪気が流れ込んでいるかもしれないが、お前にとってすれば取るに足らないことだろう」

「え、でも、あの時剣が確かにイリスの胸に……」

「最後に剣を振り下ろすまでは実際に斬ろうと思ったんだがな」


 ヴァルはそう言うとふっと笑う。


「どうやら、俺にもまだ人の心が残っていたのかもしれないな、キュナ」


 エルネアが風の気を使ってイリスを治療する中、リゼがゆっくりとヴァルの元へ向かってくる。


「ったく、最期の最期まで、ヒヤヒヤさせやがって。お前はいつだってそうだ」

「あぁ、リゼか。俺の弟弟子は立派に育ったな」


 リゼは腰をかがめて横たわるヴァルの顔をよく見て言った。


「お前のお陰だ、ヴァル」


 リゼの言葉にボクも頷く。その反応にヴァルは目に見えて驚いた顔をしていた。


「お前がいたからこそ、コウを人の世に放り込む決心がついたんだ」

「そうだよ、それに、ヴァルに『力こそ全て』って言われてそこに疑問を持たなければ、ボクが邪鬼になってたかもしれない」

「そう……か。俺の存在、何も意味がないわけではなかったか」

「うん、全てが繋がってるんだよ、きっと。ヴァルがいなかったら、リゼさんがボクを育てることもなかったかもしれないし、エルネアのギルドに出さなかったかもしれない。ザイレムの浄化の祠で邪鬼にあわなければ、この気も使えなかったかもしれないし、イリスの大切さに気が付けなかったかもしれない。ヴァル、あなたがいたからこそ、今のボクがあるんだ」

「それならば……よかった。あぁ、そろそろ限界のようだ」


 ヴァルの体の下半身が崩れ、そして手先も失われていく。


「最期に、教えてくれ……あの時、お前は一度邪鬼に堕ちていた。何がお前を人としてありつづけるように繋ぎ止めたんだ……?」

「思い出、かな。大切な人との。それが信頼になって、力になるって、わかったんだ」

「大切な人への、信頼か……」


 ヴァルは天を仰ぎ、遠い目をする。


「俺も、そのことに気が付けて入れたらな……」


 そういうと、ヴァルの瞳から一筋の涙がこぼれ堕ちる。


「師と弟弟子に看取られる最期、悪く……ないな」


 そう言い終えると、ヴァルの唇に微笑みの残像を残して動かなくなった。

 そして、ヴァルの残された全身が黒い塵となり、そして無に還った。


「最期の最期に、ようやく礼を言えるようになったか、ヴァルのやつ。ちょっとは成長したじゃないか」


 リゼは目尻を抑え震えた声で気丈に振舞った。


 静寂の中、ヴァルの声がかすかに聞こえた気がした。


 ――ありがとう。これで、やっと眠れる。


 光の粒が空へと昇り、玉座の間に朝のような気配が差し込んだ。


 そして、光の中にイリスが立っていた。


完結まであと2話です!


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