相棒
邪鬼王の城。その玉座に深く身を預けたヴァルは、ゆっくりと目を閉じた。闇に沈んだ大広間の中、燃えるような燭光が影を揺らす。
「……俺がリゼの弟子になってから、二年ほど経った頃だった」
ぽつりとこぼれた声は、まるで昔話のように柔らかかった。
***
俺は孤児院で育てられ、挙句の果てにその孤児院すらつぶれてしまって町のスラムで育った。リゼに拾われ、育てられたとはいえ、あの頃の俺はただひたすら強くなりたかった。誰かを守るためでも、何かを変えるためでもない。ただ、“生き残るための強さと誰にも負けない自分”でありたかった。
だから、いつもギルドの掲示板に貼られた討伐依頼を、誰よりも早く引き抜いた。あの日もそうだった。森の中に住む魔物、黄地猿の討伐依頼を一人で受けた。
うす暗い森を抜けた先、俺は黄地猿を難なく倒して魔石を回収する。すると、少し離れたところから、何かの鳴き声が聞こえた。音のする方へ近寄ってみると、切り立つ崖に掘られた洞穴の奥から「キューン……キューン……」という鳴き声が聞こえた。
剣に手をかけながら、慎重に足を進める。奥に進むほど、血と腐敗の臭いが強くなる。木の実の食べかすも洞穴内にあったから、きっとここはさっきの黄地猿の住処だったのだろう。鼻を刺す匂いに顔をしかめながら、ようやく鳴き声の主を見つけた。
そこには、大小二匹の狐に似た生き物がいた。黄土色の毛並みに、胸元と尾の先だけが真っ白。まるで雪を纏ったような毛色。だが、大きい方の首元には深い裂傷があり、もう息はしていなかった。
「お前の、親か……」
小さな方は怯えながらも、必死に親の体に鼻先を押しつけていた。
俺は膝をつき、静かに手を差し出す。すると――「シャーッ!」と小さな牙を剥いて威嚇された。
「……そうか。親の匂いを追ってきたんだな」
俺は掌を地に当て、土の気を纏わせる。地面が静かに開き、親狐がすっぽり収まるほどの穴ができる。
「このままにしておくと、魔物が寄る。……悪いが、ここで眠らせてやる」
言いながら、親狐の頭を軽くひと撫でしてから固くなったその体を抱き上げてゆっくりと土に下ろした。小狐は数歩離れた場所から、じっとその様子を見ている。
土をかけ終えたとき、何かが足りない気がして、「ちょっと待ってろ」と子狐に声をかけて洞窟を出た。すぐ近くで小さな花を見つけ、それを摘んで戻ると――子狐が不思議そうに首をかしげて俺を見ていた。
「ほら、これで少しは……安らげるだろ」
花を土の上に置き、手を合わせる。すると子狐も「きゅーん」と鳴き、同じように顔を伏せた。
「……よし、これでいい。お前も、元気で生きろよ」
そう言って、立ち上がって歩き出すと、足元にちょこんとついてくる影があった。
「ついてくるのか?」
問いかけると、子狐はコテンと首を傾げ、嬉しそうに鳴いた。
「お前、帰る場所がないのか」
俺はしゃがみ込み、そっとその頭に手を伸ばした。今度は逃げなかった。
小さな温もりが、掌に伝わる。
「俺と一緒か。似た者同士だな」
頬をすり寄せてくるその仕草に、思わず口元が緩んだ。
「名前、つけてやってもいいか?」
狐はじっと俺を見つめる。
「そうだな……『キュナ』。どうだ?」
「きゅんっ!」
嬉しそうに尻尾を振る。
「よし、決まりだ。これからよろしくな、キュナ」
そう言って俺たちは、傾き始めた陽の光を背に、リゼの待つユグ山の拠点へと歩き出した。
***
キュナとの日々は、俺にとって初めて“守るべき誰かと共に生きる”という感覚を教えてくれた。
リゼにキュナを連れて帰ったとき、彼女は驚いた顔をしたが、すぐに笑って言った。
「ふん、拾い癖は師匠譲りかね。いいさ、責任もって世話しな」
以来、どこへ行くにもキュナは一緒だった。狩りのときは森の影を走り、寝るときは枕元に丸まる。小さな体で、誰よりも強い心を持っていた。さすがにクエストの報告に行くときに足元を歩かせるわけにはいかないから、最初は拠点で待っていてもらおうかと思ったが、どうやらおいていかれると思ったらしい。結局カバンの中に入れて一緒に連れていくことにした。街中につれていくと、カバンから頭だけ出して周りをきょろきょろと見回す姿は愛くるしく、俺がこれまで短期で昇格した実績も合わさってすぐにギルド内ではキュナは有名になった。
月日が経つにつれ、キュナはぐんぐん成長していった。半年ほどで頭が腰の高さまで大きくなっても、俺の後をついて離れない。ギルドでもすっかり有名になり、「黄の狐を連れた若造」と呼ばれるようになった。
……だが、それが良くなかったようだ。
ある日、街を歩いていた俺の前に、盗賊上がりとしか思えないような大柄なスキンヘッドの男が立ちはだかった。背後には取り巻きが二人。
「おい、兄ちゃん、ちょっといいか」
「あん、なんだ?」
「その狐もどき、悪いようにしねぇ。譲ってくれねぇか?」
俺は少しイラっとしながらも静かに「断る」とだけ伝えるとそのまま横を通り過ぎようとする。
「もちろん、ただで、というわけじゃない。どうだ、金貨百枚で。それだけあればしばらく働かなくてもすむだろう」
気色の悪い笑みを浮かべながらそう言ってくるスキンヘッド。
「どれだけ金を積まれてもこいつを手放すつもりはない。
それだけ言って通り過ぎようとしたが、肩を掴まれる。
俺の足元で、キュナが「きゅーん」と鳴いた。尻尾を振りながら、まるで自分が誇らしいと言わんばかりに。
「おい。お前ヘテロさんが下手に出てると思っていい気になりやがって」
取り巻きにヘテロと呼ばれたスキンヘッドは取り巻きを制す。
「まぁ待て、売らないと言ってるならしょうがないじゃないか」
そんなやりとりと、背中越しに感じる視線を無視しながら俺は街の中で用事を済ませ、ユグ山へと向かった。
数日後、エルダスの街を出た俺たちは、ユグ山へと帰る途中だった。
そのとき――背後から、馬蹄の音。
「チッ……やっぱり来やがったか」
俺とキュナの周りに二十人近くの馬に乗った盗賊紛いの男たちに囲まれる。その中にはもちろん、つい数時間前に声をかけられたスキンヘッドの顔もあった。
「最終通告だ。その狐もどき、シルフィフォックスを渡せば、命だけは助けてやる」」
「大人しくさっき街中で渡しておけば金がもらえたのになぁ」
そういって「あぁあ」とオーバーに残念そうな顔をしているのは取り巻き一号。
(シルフィフォックス……?)
俺は初めて聞く単語に疑問を持ちながらも今はそれどころではない。
「何度でも言う。キュナは俺の仲間だ」
「そうかい。おいお前ら、男はどうなってもいい。シルフィフォックスだけは殺すな」
瞬間、無数の矢が放たれた。
「キュナ、離れろ!」
俺はキュナに声をかけながら前方から迫りくる矢に向かいながら目の前の矢は剣圧で弾き、後方から迫る矢をひねって避ける。
一本だけ足を矢がかすめるものの、この程度ならどうってことはない。そう思っていた。しかし、その一本がまずかった。
俺は第二撃に構えようとすると、矢がかすめた足に力が入らないことに気が付く。
「麻痺毒か……」
俺はその場で膝をつくとその隙に再び矢が降り注ぐ。
足どころか、全身が動かくなりつつあった。次の瞬間、再び矢の雨が迫る。
万事休す。その瞬間だった。
「きゅぅぅぅ!」
俺に矢が当たる直前に、白い尾が視界をかすめる。
(キュナ!)
俺は声にならない声を上げる。そして矢が、キュナの小さな体を貫いた。
その瞬間、俺の世界から――音も、光も、何もかもが消えた。
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