冒険者ギルド
石畳の道を歩くと、コツコツと靴が鳴る。
乾いた風が、初めて嗅ぐ街の香りを連れてきた。
「……これが、“街”……」
ボクは、目の前に広がる石造りの城壁を見上げ、思わず息を呑んだ。
ボクが生まれ育ったフェン村には、こんな立派な壁なんてなかった。ましてや、こんな高くて重厚な門なんて。木の柵で囲った程度の、ちっぽけな村とはまるで別世界だ。
門の前には鎧をまとった門番が立っていて、通行人ひとりひとりに声をかけていた。
しばらく周りの様子を見ながら通行人の列に並ぶ。そしてボクの番になると、門番はジロリと視線をよこす。
「……用件は?」
「えっと……冒険者としてこの街でやっていきたいな、と……」
「ギルドプレートはあるのか?」
上から下まで疑いの目で見られる中、ボクはリゼからもらった銅色のギルドプレートを差し出した。
門番は一瞥したあと、ふっと眉を上げる。
「ふぅん、新人か。カッパーランクだな。エルダスへよくきた。ギルドは商業地区の西側、あの鐘楼の向かいだ。迷うなよ」
プレートを返されるその一瞬、指先に金属の冷たさが触れる。
(……あぁ、本当に冒険者になったんだな)
そんな実感が、胸の奥にじんわりと広がっていた。
***
門を抜けると、そこはまるで別の世界だった。
少し大きめの馬車がすれ違える程度の広さがある石畳のメイン通りと、メイン通りから伸びる路地が格子状に広がり、左右には店や屋台が軒を連ねている。
香ばしいパンの香り、干し肉の吊るされた露店、煌びやかな布地を掲げる服屋、そして剣や鎧がずらりと並んだ武具屋――
(すごい……)
修行の日々を過ごしたユグ山の中腹が、街の遠く向こうに小さく見えていた。
「……にしても、人が……多いな」
リゼがここに来る前に言っていた。エルダスの人口はせいぜい千人ほど。王都ヴェルナードに比べればずっと小さい、と。
けれどボクにとっては、これまでの“フェン村”とは比べものにならないほど広くて、にぎやかだった。
そして何より――
(……誰も、ボクのことを変な目で見てこない)
黒髪だからって蔑んだ目も、忌み子だって言葉も、ここにはない。
(これだけ人がいるんだ、当たり前か)
それだけで、胸が、すこし軽くなった。
***
冒険者ギルドは鐘楼の真向かいにある、頑丈な石造りの建物だった。
ギルドの扉を開けると、木製の掲示板にびっしりと張られた依頼書、受付カウンターに並ぶ人々、奥の食堂では飲み物を片手に歓談する冒険者たちの姿が見えた。
(……これが、冒険者ギルド)
周りをきょろきょろと見回していたボクは唐突に声を掛けられた。
「初めてかしら? よかったら、案内しましょうか?」
振り返ると、そこには緑色の生地に白いフリルがついたワンピースを着た受付嬢の女性がそこにいた。亜麻色の髪をポニーテールにしておりよく似合っていた。
「あ、はい。ギルド登録は終わってるみたいなんですが、ここにくるのは初めてで……」
ボクはギルドプレートを取り出して受付嬢に差し出す。
「あぁ、コウくん!」
プレートの名前を見てなにやらピンと来たらしい。ボクの耳元に顔を近づけ、囁く。
「あなたのことは“あの”リゼさんから聞いてるわよ。よろしく、ってね」
女性にここまで近づかれたのは、記憶に残る限り生まれて初めてかもしれない。あまりの距離の近さに思わずドギマギする。っと思ったら、リゼとは物理的な距離が近づくことはいくらでもあったか。
(まぁリゼは、女性であっても……えーと……師匠でしかないか…… ちょっとあの人を女性と呼ぶのは、周りの女性に失礼かもしれない……)
にしても、リゼはやっぱり有名人なのだろうか。
いきなり色んな情報が頭の中に駆け巡り、頭がパンクしそうだ。
「わたしは、セリナ。これからよろしくね!」
そうやってボクに太陽のように明るく微笑むセリナの様子に、ボクはしどろもどろになりながらもぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、本登録の前にちょっとだけ、ギルドのランクについて説明しておくわね」
「冒険者のランクは全部で七つ。下から順に――」
セリナはそう言って、受付カウンターの奥から取り出した一枚の図入りパネルをコウに見せた。
「カッパー、ブロンズ、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドって続いていくの。ランクが上がるごとに受けられる依頼の難易度も、報酬も、責任も重くなるわ」
「へぇ……ダイヤモンドって、どれくらいすごいんですか?」
「ダイヤモンドは、王国内に今はひとりだけ。“国家級”の戦力とされていて、王都直属の案件に呼ばれるくらいの人よ。ちなみに、エルダスにいる最高ランクはゴールドで、何人かいるけど遠征してることが多いから滅多に顔を出さないの。ふだんギルドでよく見るのは、シルバーかアイアンくらいかな」
セリナは慣れた口調で説明を続ける。
「あと、魔導具では“気”の量や“魂量”、戦闘適性から目安となるランクが自動で算出されるの。でも、それだけじゃランクは上がらないのよ。実際の昇格には、それぞれのランクに応じた“昇格試験用のクエスト”を達成する必要があるの」
「つまり……強いだけじゃ、上のランクには行けないってことですね」
「その通りっ!」
ぴしっと一刺し指を突き立てるセリナはいちいち動作がかわいらしい。
「ちゃんと実績と信頼を積まないと、ギルドはランク昇格を認めないわ。そのかわり、一歩ずつ地道に進めば、ちゃんと評価されるのがこの世界のいいところよ」
なんとなくギルドの全体イメージがつかめてきたボクはふと疑問に思ったことを口に出す
「……リゼさんってどのくらいのランクなんだろう……」
ふとした疑問を口にすると、セリナは少し悩んでいるようだった。
「それがね……リゼさん、実は――ギルドに登録してないの。 だからランクも記録も、何も残ってないのよ」
「え……てっきり、リゼさんも冒険者をしていたんだと思ってたけど、そうじゃないんだ」
ボクの言葉に、セリナは少し間を置いて応える。
「うん。でも、その件は私の口からはこれ以上説明しない方がよいかもね」
セリナは、どこか遠くを見るような目をして微笑んだ。
(リゼの過去のこと、ボクは本当に何も知らないな…… 今度あったときに、また一つ聞きたいことができたな)
「じゃあ、本登録のためにステータス確認をしよっか。 こちらへどうぞ」
案内された先にあったのは、円形の台座のような、魔導具だった。
真ん中に透明な結晶が浮かんでいて、微かに脈打つように光を放っている。
「これは結晶の共鳴で気の情報を調べる魔導具なの。あと、それを踏まえてギルドの登録ランクも設定されるわ」
(これが、ステータスと、ギルドランクを確認するための魔導具か……)
「そこに手を置いて、少し気を流してみて」
ボクは指示された通り、右手をそっと結晶の上にかざす。
すると――
キィィン……
高い音と共に結晶が突然まばゆく光を放った。
魔導具は、高い音と共に結晶が突然まばゆく光を放った。
「あら……?」
受付嬢が思わず声を漏らす。
放つ光が珍しいのか、ギルドの中にいた何人かの視線が、こちらに向けられる。
結晶の光が数秒後に静まり、やがて魔導具の横に設置された水晶板に数値が浮かび上がった。
第二章、開始です!ここからが本番、かもですね!
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