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適正:無

 魔導具の横に設置された水晶板には、ボクのステータスが浮かび上がっていた。


 ――名前:コウ

 ――種族:人

 ――五行適性:無

 ――命気:0

――魂量:30

 ――ランク:カッパー


 「……え?」


 セリナは、思わず目を細めてその結果を確認し、困ったように眉をひそめた。


 「……命気ゼロ? そんな、そんなはずは……この反応で、ゼロ……?」


 結果を見て、ボク自身も少し不思議な気がした。

 (命気って、リゼに散々“お前は多いから危ない!”って言われたやつだよね? それに、気もちゃんと使えてるのに無って……)


 場が、ざわつく。


 「なんだあいつ、魔導具に嫌われたか?」

 「まさか、“気を持たない”冒険者? ぷっ……」

 「それに、五行適正:無って……どんなギャグだよ」


 ボクの背筋が、冷たくなった。


 (なんか……見られてる……)


 フェン村と同じような視線。でも違うのは、“恐れ”ではなく“笑い”。

セリナもその様子に気がついたのだろう。


 「ま、まぁ、気にしないで。誤作動もあるから。ね?」


 セリナは慌ててフォローしてくれたが、ボクはただ黙って首を振るしかなかった。

 そのとき、後ろからぬっと現れた男がいた。


 「よう、坊主」


 筋骨隆々のスキンヘッドの男が、油まみれの顔でにやりと笑う。


 「お前、荷物持ちやらねーか?」


 その男の背後には、三人の冒険者らしき男たちが立っていた。全員が腰に剣を提げている。


 「ちょうどクエストに行くんだがな、ちょうど荷物持ちを探してたんだ。どうだ? いっちょ、仕事してみるか?」

 「え……」

 いきなりよくわからない誘いに困惑していると、スキンヘッドの男は白っぽく光るプレートを取り出してこちらに見せてくる。


 「おれたちはアイアンランクの冒険者、バルドっていうんだ。こいつらと、グレーファングってパーティしてる。なんかあっても坊主一人くらいなら、俺たちが守ってやるよ。なぁ?」

 スキンヘッドの後ろにいた冒険者たちは「違いねぇ」と笑って答える。


 「気なんて関係ねぇよ。戦うのに邪魔になる荷物をもってくれればいいんだ。俺たちがお前に求めるのは“運ぶ力”だ。なぁ?」


 仲間たちがククっと笑う。

 セリナが小さく首を振って、ボクに目配せする。


 (……やめといた方がいい、ってこと?)


 でも、初めて誰かに頼られて、そしてこの街の人はボクのことを悪い目でみていない、ということからなんとかなるのでは、と楽観的に考えていた。そしてボクはうなずいた。


 「……ボク、やってみたいです」


 あの時、誰にも必要とされなかった自分とは、もう違うと思いたかった。

 例え、それが“荷物持ち”だったとしても。

 誰かの役に立つことで、自分自身の存在を誰かに認めてもらいたかった。


 「よっし、それじゃ交渉成立だ。頼むぜ、相棒!」


 そういってボクの背中をバシッと叩くスキンヘッドの様子を、周りの冒険者は見ないようにしていたのをボクはそのとき気がつけていなかった。


***


 それからグレーファングの一向と向かったのは、街の南に広がる〈黒樫の森〉と呼ばれるところだった。森の奥に自生する治療に使える特殊な薬草の採取が今回のクエストの内容だった。

 見た目以上に奥深く、たまに変異種が出るために“事故率の高い狩場”として冒険者の間では有名な場所だったらしい。

 もちろん、そんな話はボクの耳には届いていなかった。

 

 「坊主、これ運べ」


 スキンヘッドの男が、ためらいもなく背負い袋を放り投げてきた。

 テント、食糧、水袋に狩猟用具、それに加えて予備の装備まで――ふたつ、みっつと積まれていく。


 「え、これ……ぜんぶ、ですか……?」

 「しょーがねーだろ、俺たちが荷物持っちまったら坊主に万が一のときに、守ってやれないだろ?」


 笑い声が背後から響いた。

 ボクは唇を噛みしめながら、荷物をひとつずつ抱えていく。

 身体強化の“気”を使えば、少しは楽になるだろう。

 でも、これから先何が起るかわからない以上、ひとまず気に頼らないことにした。


 (……ボクは、ちゃんとやれる。やってみせる)

 

 ***

 

 森の中は湿気が強く、木々の間を抜ける風は重たかった。

 荷物はずっしりと肩に食い込み、腕と背中にじわじわと疲労がたまる。

 だけど、口には出さなかった。

 何も言わず、前を歩く冒険者たちについていく。


 「坊主、根性あるじゃねぇか」

 「やるなぁ、新入りにしちゃ悪くない」

 「いっそ、うちの“専属荷運び”にでもなるか?」

 

 そんな軽口を叩きながら歩くことしばし。

 ボクは森の奥で、突然、空気が張り詰めたのを感じる。


 (……気の流れが……変わった)


 とっさに感じ取った異変に、思わず立ち止まる。

 その瞬間、茂みの奥から飛び出してきたのは――〈牙鼠〉。

 しかも三体。

 それも、明らかにこちらに向かって真っすぐ突っ込んでくる。


 (ようやく、この男達の出番だ。リゼ以外の剣を見るのは初めてだな)


 しかし、牙鼠が直進してきたのに気がついた男達は驚くべき行動にでる。


 立ち向かうかと思ったら、突如迫り来る牙鼠を躱し、そのまま茂みに転がる。


 (ちょ、ちょっと!)


 完全に“この程度の魔物”、アイアンランクの冒険者なら簡単にやれるだろうと高をくくっていたため、対応が遅れる。


 「っ……!」


 荷物が重い。このままじゃ避けられない。


 (しょうがないか)


 ――来る。

 牙鼠の足音が、土を叩く衝撃が、一直線にボクへ迫る。

ボクは――“気”を解き放った。


 丹田から湧き上がる“気”を、両脚、腰、背筋へと流し込む。

 途端に、全身の血流が熱くなるのを感じる。


 ――ボクを中心とした風で土煙が気の奔流に弾かれて舞い上がる。

 そして次の瞬間、ボクの体は――鎖を断ち切った獣のように、牙鼠に向かって一歩を踏み出した。


 踏み込みにより、木の葉が舞う。

 鋭く蹴り込んだ足から放たれた気が、波紋のように地を這って広がる。

 牙鼠の突進をすれすれでかわしながら、ボクは背負ったままの荷物ごと渦を巻くような動きで身を翻した。

 そして、すれ違いざまに抜き放ったリゼからもらった短剣が、まるで気流に乗るように滑らかに振るわれ、


 ――スン!!


 ひと閃。

 空間ごと断ち切ったかのような一撃が、牙鼠の動きを止めた。

 数拍遅れて、斬られた三匹が地面に崩れ落ちると、灰色の小さな魔石がその場に転がる。


 「はぁ……っ、ふぅ……っ」


 呼吸を整えると、茂みからスキンヘッドの男が現れる。


 「……やるじゃねぇか、坊主」


 牙鼠の魔石を拾いながら、リーダーがそう言って、にやりと笑う。


 「あの牙鼠3匹を一太刀、か。実戦でそれだけできりゃ上等だ。牙鼠の討伐報酬ももらわなきゃな」


 守ってくれると言っていたのに結局自分でなんとかすることになったのには正直思うところがあった。でも、こんな自分でも誰かの役に立てたと思うと、それはそれでいいのかな、と自分を言い聞かせ、素直にお褒めの言葉を頂いておくことにする。


 「……ありがとう……ございます」


 悩んだ末に出た感謝の言葉に、男たちは顔を見合わせて笑った。


 「なんだ、素直なやつだな」

 「気に入ったぜ、坊主」

 「また今度もよろしくな? 荷運びにしては優秀だ」


 ボクはうなずいた。


(ボクはまだ最底辺のカッパーランク。そんなボクがアイアンランクの冒険者に荷物持ちとしてだけど役に立つことができている。リゼに教えてもらったこの力、ちゃんと活かせてる)


***


その後、更に森の奥に足を進めるが、遭遇した中では牙鼠が一番強かった気がする。他の魔物にも何度か遭遇したがグレーファングの面々が討伐する。


(この人達、全く戦えないわけではないけど……強くはないな)


身の運び、気の流れのスムーズさなど、ぱっと見てわかるだけでも、リゼの方が圧倒的に優れているのがボクでもわかった。

そんな失礼なことを考えながら、しばらく歩くと目的である薬草を見つける。


「よし、これでミッションクリアだ。引き返すぞ」


元々脂ぎっていたスキンヘッドが、森の湿度と疲労によってにじみ出た脂汗で更に嫌な光沢を増していた。これはボクの主観がはいってしまっているかもしれないが。


こうして、ボクたちは実質的な大きなトラブルなくエルダスに戻ってきた。


 ***

 

 ギルドに戻ると、カウンター越しで他の業務をしていたセリナがこちらに気がつく。そして目が少しだけ見開かれた。


 「……無事だったのね!」

 「え、あの子か……?」


 奥のほうで、他の受付係がささやいているのが聞こえる。


 「リゼさんの弟子だもの、なんとかなるとは思ってたけど……」


 そういってセリナは少しだけほっとした顔をして胸をなで下ろす。


 「依頼達成です。荷物も、全部……無事です」

 「……よく頑張ったわね」


 その声は、優しさと、少しの驚きが混ざっていた。

 

 ***

 

 冒険者たちはギルドを出るとき、報酬だ、と銀貨を1枚ボクに渡してこう言った。


 「おい坊主、また手伝ってくれよな」


 その言葉に、ボクはうなずいた。


 (一歩ずつ。一歩ずつ進むんだ……) 

 

 外は、茜に染まる空。

 ボクは、遠くに見えるユグ山を見つめていた。


 「……明日も、頑張ろう」


 こうして、ボクは冒険者としての一歩を踏み出した。


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