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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第10章 揺れる思い

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思い

 フローラと話をしてから、早くイリスとも向き合わなきゃ――そう思い続けていた。思い続けてはいたのに、いざ言葉にしようとすると喉の奥で硬くなって、上手く形にならない。もたもたしているあいだに、ザイレムからの一行――カイエンとユエン――は王都へ到着してしまった。


(やっぱり、フローラは強い人だ)


 即位したばかりで公務の波に呑まれている最中に、彼女は迷いなくボクへの思いを言葉にしてくれた。自分が“伝える番”になって、ようやく分かる。あの一言を口にするまでにどれだけ大きな覚悟が必要だったのか。胸の内で改めてフローラへの敬意と、そして感謝が芽吹いた。

 結局、ボクはイリスへ気持ちを告げられないまま、迎えた二日間の会談初日をやり過ごし、二日目――邪鬼との共闘協議――の当日を迎えた。この日はボクと、リゼ、イリスも同席を求められている。開始前、三人で王宮の来賓室へ向かうと、先に着いていたフローラとガレド、リゼが待っていた。


「今日はよろしくね、コウ、イリス」


 たったそれだけで、いつも通りの温度が部屋に戻る。


(どんな顔をして会えばいいか迷ってたけど……助かる)


 胸の奥の緊張が、ほんの少しゆるんだ。


「リゼさん、だいぶ良くなったみたいですね」

「あぁ、肋骨の一本や二本、寝てればくっつく」


 イリスに声をかけられ、にかっと笑うリゼは相変わらず豪胆だ。フローラがボクに視線を移す。


「今日の会議はね、主に“コウをどう立ち回らせるか”を具体化することになると思う。よろしく」


 まっすぐな眼差しに、ボクは黙って頷いた。


 ほどなくして、カイエンとユエンが姿を現す。今回セレフィアに来ているのはカイエンとユエンの二人でカグロウやカレンはザイレムに残しているらしい。

 フローラとカイエン、ユエンは昨日の会合で形式的な挨拶を済ませていたようだ。同席するイリスとリゼをフローラから簡単に紹介すると、カイエンの目がわずかに見開かれた。


「“赤い旋風”にお目にかかれるとは。光栄だ、リゼ殿」

「まさかザイレムまで噂が届いているとは驚いた」


 軽口を交わしつつも、すぐ本題に入る。大きく広げられた地図には、セレフィア、ノイエル、そしてザイレムの北域。


「先王が邪鬼であった事実は昨日改めてお伝えした通りですが……」


 フローラが口火を切る。


「彼は最期に『私が死ねば邪鬼がこの国を襲う』と言い残しました。この言葉と、貴国から伺った『邪鬼が力を付け、侵攻をはじめかけている』というのはその通りの可能性が高いと睨んでいます」

「となれば、邪鬼領に最も近いセレフィア、次いでザイレムが前面に立って連携する――それが現実的、ということね」


 ユエンが頷くのを見てフローラは言葉を続ける。


「仰る通りです。ただ、貴国には先王の邪鬼化を見破るのに力をお借りした。だから、その際にお約束した『コウによるザイレムに侵攻する邪鬼の討伐支援』は支援を予定通り行わせていただきたいと考えております」

「よろしいのかな?」


 カイエンが一瞬だけ逡巡の色を見せてフローラに問う。フローラは静かに首を横に振る。


「心配には及びません。我が国の戦力はコウだけではありません。ご存じの通りリゼや、その他の騎士などもおります。もちろん、未来永劫コウをザイレムの邪鬼討伐に当てるわけにはいきませんが、以前お話ししていた幹部の討伐の期間であれば、なんとか持ちこたえて見せましょう」


 視線がボクたち三人をなぞる。ボクも、リゼも、イリスも頷いた。


「正直、黒の器であるコウは邪鬼に対する戦力としては特級だ」


 リゼが少しだけ前屈みになり、腕を組んで続ける。


「だが、こいつの底をもう一段深くしなきゃ、最終的な邪鬼王には届かねぇ。ザイレムで強化をやることは、セレフィア側にも利がある」


「なるほど……」


 ユエンは納得の顔色を浮かべ、そしてカイエンが口を開く。


「移動と準備を含め、二ヶ月。コウ殿にはその間、我らと行動を共にしていただく。その条件でいかがか」

「えぇ。期限を決め手頂けるのはこちらとしては有り難いお話です。喜んでお受け致します」


 フローラはカイエンに深々と頭を下げ、そしてボクに問う。


「そのように手配を。――コウ、出立はいつにできる?」

「……明日でも」

「ではザイレム側も明朝に発つ。コウ殿はそこに合流してくれ」


 言質が交わされた瞬間、胸の中の砂時計が急にせわしなく音を立てはじめた。


(明日の朝が、イリスに思いを伝えるタイムリミット……)


 以後は細部の摺り合わせをフローラとガレドを中心にカイエンとやりとりしていた。だが、ボクの耳は半分以上、自分の鼓動の音で塞がっていた。


(イリスに――言わなきゃ。今夜、必ず)


 ***


 夜、会食の場。円卓には控えめな料理と温い灯り。フローラとイリスが並び、リゼは杯を豪快に傾け、カイエンは節度を保ちながらも打ち解け、ユエンは珍しい酒の香りを確かめている。


 ボクはきっと浮かない顔をしていたのだろう。皿の上の肉にほとんど手を付けずにいるボクに、ふとフローラが歩み寄った。


「その様子だと、まだイリスに伝えられてないんでしょ?」

「……う」

「もう。ほんと、そういうところが弱いんだから」


 小さく笑って、彼女は悪戯っぽく囁く。


「無理に告白せず、私の誘いに“はい”って言ってくれてもいいんだよ?」


 どきりとする。冗談めかしているけれど、芯は本気の目。返事を探す間も与えず、彼女はくるりと踵を返し、何事もなかったように卓へ戻っていった。


 会食は穏やかに終わった。外へ出ると、王宮前の石畳に夜風が流れて、灯火がゆらいだ。


「いやぁ、食った食った。堅苦しい場じゃなきゃ、王宮の飯も悪くないな」

「リゼさんだけですよ、あれを“堅苦しくない”って言えるの」

「そうか? お前ら、フローラとも一緒にザイレム行った仲だろ。今日だって、コウ、フローラと二人で仲良さそうに話してたじゃねぇか」


 リゼの何気ない言葉に、イリスの眉がぴくりと動く。けれどリゼは気づかない。


「ま、そういうわけだ。明日からしばらく頑張ってこい。こっちは私とイリスの嬢ちゃんでなんとかしとく」


 背中越しに豪快に手を振って、リゼは去っていく。リゼを見送って、その場に残されたのは、同じ宿に泊まるボクとイリスの二人のみ。


(今しかない)


 足がふっと止まった。夜気が一段と冷たく感じる。呼吸を整えて、名前を呼ぶ。


「……イリス」


 イリスが振り向く。薄闇に藍色の瞳がきらりと光った。


「なに?」


 喉が乾く。何度も頭の中で繰り返したはずの言葉が、出てこない


(勇気を出すんだ、コウ)


 自分自身に言い聞かせ、そしてゆっくりと口を開く。


「明日の朝、ボクはザイレムに発つんだけど、その前に――どうしても、イリスに話したいことがある」


 イリスの睫毛が、わずかに震えた。夜の静けさが、二人のあいだに深く降りる。

 そして、イリスから問いが投げられる。


「フローラの……こと……?」


(え……)


 思いがけない先制に、喉の奥がからからに乾く。


「あなたたち、ザイレムに行ったときから仲良さそうだったもの。今日だって――二人で、何か話してたでしょ」


 イリスの声が細くなる。


「それに、セリナさんに相談してたのもフローラのことでしょ。…そういうの、バレバレなんだから」

「ち、違――」


 反射で否定の言葉が出かかった瞬間、彼女は上書きするように続けた。


「お似合いだと思うわ。ザイレムでの二人、横から見てて分かった。…私と話すときのあんたより、ずっと楽しそうだった」


 後ろで指を組み、下を向いたまま、足元の小石をつつく。


「フローラは、頂点で戦ってる。だから――支えてあげなさい」

「ねぇイリス、ちょっと待ってって。何の話をしているのか全然わかんないんだけど?」


 いい加減イリスの空回りも聞くに堪えなかったためボクはイリスの言葉に割って入る。


「え、だって。フローラと付き合うって話じゃないの?」

「違うよ! そうじゃない。むしろ……」


(こんな言い方は卑怯かもしれないけど、今しかない……)


「ボク……イリスが、好きなんだよ」


 夜風が、ゆっくり通り抜けていく。


「え……?」


 今度はイリスが固まっていた。


「私が……好き? フローラは……?」

「そう、ボクが好きなのはイリス、君だよ。いっつもつっかかってきて、人のことを茶化して」


 ボクはそこまでいって改めてイリスの目を見つめる。


「でも、思いやりがあって、芯が強くて、優しくて、頼りになって。ボクね、イリスと一緒にクエスト回るのが好きなんだ。なんでだろうね。でもね、横にいるのはイリスじゃダメなんだ。イリスに横にいて欲しいって、そう思ったんだ」


 イリスの唇が、小さく開いて――閉じる。返事は、来ない。代わりに、彼女の手がほんの一瞬だけボクの袖をつまんで、すぐに離れた。


「……明日、早いんでしょ」


 それだけ言って、イリスは視線を落とした。揺れる灯りが、彼女の横顔に複雑な陰影を作る。


「ごめん、今は――うまく、言葉が出ない」


 イリスの言葉に、直接断られたわけではないものの、胸がえぐられる。


(あぁ、ダメなやつ、か……)


「うん。……聞いてくれて、ありがと」


 ボクはそれだけいうと、二人とも無言で宿に向かって歩き始めた。


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