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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第9章 新たな仲間

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リゼの問い

 フローラがガレドと準備や日程調整に奔走しているあいだ、ボクとイリスとリゼは王都でそれぞれの日常を取り戻していた。とはいえ、胸の奥は常にざわついている。魔導具はすでに手元にある。次に待つのは――セレフィア王の真実を暴く、その決定的な一日だ。


 そんなある日のこと、ボクはどうしても聞いておきたいことがあって、リゼの宿を訪ねた。


 部屋に入ると、窓辺の椅子に腰を下ろしていた彼女は、油を差したばかりの剣を膝に置いていた。刃に映る光が淡くゆれる。


「ねぇ、リゼさん。……やっぱり、長い間“邪鬼”になってしまった人を、元に戻すのって難しいんですか?」


 自分でも愚かな質問だとわかっていた。けれど、どうしても確かめずにはいられなかった。

 リゼはしばし黙り、剣の刃を指で軽く撫でた。その瞳は過去を覗き込むように遠かった。


「お前も何度か相手してきたから、わかってるだろ。魔物は倒せば魔石を落とす。だが“邪鬼”は違う。あいつらはもう、生き物としての構造が変わっちまってるんだ。……原理はわからん。だが、戻せないってことだけは確かだ」

「……そっか」


 やっぱり、か。フローラの父を“救い出す”なんて、都合のいい希望は存在しない。胸の奥に重く沈むものがあった。

 リゼは、ふっと笑みをこぼした。


「なぁ、コウ。私がお前を助けた日の夜に何を聞いたか、まだ覚えてるか?」

「え……?」


 顔を上げると、彼女はじっとこちらを見ていた。


(あれ、何を聞かれたっけ……)


「“何のために力を身につけるんだ?”って。……覚えてないかもしれないな。あの頃はお前も生きるのに精一杯だった」


 窓の外に視線を投げ、リゼは低くつぶやく。


「あれからもう、四年も経ったんだ。早いもんだな」

「もう四年……」


 思わず繰り返す。ボクの脳裏に、追放された村の景色が蘇る。あの夜の冷たさ、餓え、寒さに震える手。リゼに拾われ、叩き込まれた修行の日々。イリスと出会い、幾度も危地をくぐり抜け、今は王女と肩を並べて戦おうとしている。


「本当に……あっという間ですね」


 リゼはにやりと笑ったが、その目は真剣だった。


「お前は、あの頃とは違う。あのときは生きるか死ぬかだけだった。だからな、特に力を身につける意味なんて考える必要なかった。なにせ生きるので精一杯だったからな。だが今は違う。コウ――お前の力は、もう“一国を動かす”くらいの重みを持ってるんだぞ」


 その言葉の重さに、思わず背筋が伸びた。


「大いなる力には責任が伴う。……だからな、今改めてお前に問おう。何のために、その力を身につけ、その力を振るう?」


 リゼの眼差しは鋭い。けれど、その奥には弟子を信じる温度があった。


「お前はな、人に自分の価値を見出してもらおうとする癖がある。だから、誰かが困っていれば、助けずにいられない。違うか?」


 図星だった。言葉が出ない。ボクはただ、こくりと頷く。


「今まで誰からも認められなかったやつが、急に認められると、それが快感になる。気づけばそれに依存する。だがな、他人の賞賛を糧にする生き方は、空っぽなんだよ。だってよ、他人からの賞賛じゃ本当に自分自身を認めたことにならないからな」


 静かに告げられた言葉は、剣より鋭く胸に突き刺さった。


「……リゼさん」


 声を出すので精一杯だった。


「だからこそ、だ。何のために力をつけるのか――それを忘れるな」


 リゼは続ける。


「他人の評価を追いかけるな。自分の中から湧き出す欲求に従え。その結果が人に喜ばれるなら、それは上等な副産物だ。矢印はいつだって自分から外に向かってるべきなんだ」


 比喩が彼女らしい。修行中もそうだった。問いと材料をくれるだけで、答えを作るのはいつもボク自身だった。


 ボクは深く息を吸って心の中の思いを口に出す。


「ボクには、何もなかった。……でも、リゼさんが教えてくれた剣があった。そして、修行の後の街で色んな人に出会い、そして守りたいと思う人たちができた。だから、守りたい人たちのために、この剣を振るいたいです」


 リゼは目を細め、にかっと笑った。次の瞬間、大きな手が頭に乗せられ、ぐしゃぐしゃと髪をかき回される。


「あぁ、いいじゃねぇか。今のところはそれで十分だ。だがな――これからもお前は変わる。たくさんの人に出会い、たくさんのものを背負う。そのとき大切にしたいものも、変わっていくだろう。別にそれは全然悪いことじゃない。経験や年齢、周囲の環境とともに大切にしたいものなんて変わっていくのは当たり前だ。けどな、“今、この瞬間”に何を大切にしたいか。それだけは忘れるな」


 その声は、叱咤でも説教でもなく、温かかった。


「それで……お前の言う“守りたい人のために剣を振るう”って気持ちから考えれば――セレフィア王を救えないことにためらいを持つ必要があるか?」


 改めて、現在の状況を踏まえた問いだった。このリゼとのやりとりがなければ、ボクは答えに困っていたかもしれない。でも今は違う。ボクは明確に首を横に振った。


「……ボクが救いたいのは、フローラとイリスです。あわよくば、と思ってましたけど……そこに囚われすぎるのは違いますね」

「その通りだ。世の中は白か黒かで割り切れるものばかりじゃない。グレーを受け入れることも必要だ。だが判断の軸はいつも“自分の中”に置け」


 そして最後に、ぽつりと誇らしげに言った。


「お前は、本当によくやってるよ。……自慢の弟子だ」


 肩をぽんと叩く手は、重いのに温かかった。胸が熱くなり、思わず唇を噛んだ。


 ***


 数日後。ガレドから近況報告の日時が知らされた。フローラを交え、何度も打ち合わせを重ねる。玉座の間に魔導具を仕掛ける段取りも整った。


 そして当日。フローラと初めてあった来賓室からほど近い場所に玉座の間はあった。王宮の石の回廊を抜け、荘厳な扉の前に立つとボクとリゼは武器を外で待機するフローラに託した。


「名前を呼んだら、扉を開けて武器を投げてくれ」

「はい。ご武運を」


 リゼの言葉に返事をするフローラの声は震えていたが、その瞳は強かった。


 玉座の間の扉が開かれる。人払いが済み、広間には静寂だけが漂う。ガレドを先頭に、ボクとリゼは一歩下がって膝をつき、頭を垂れる。


(ここが、玉座の間か)


 初めて入る玉座の間。真っ赤で分厚い絨毯は膝をついてもちっとも痛くない、なんて場違いなことを思っていた。


 すると石の床に反響する足音。奥から迫るのは――あのざわざわとした胸のざわめき。空気が濁り、心臓が嫌なリズムで跳ねた。


(……ついに、か)


 俯いたまま、ボクは息を吸った。自然と、手元にない剣を握る感覚を思い出し拳にぐっと力が入る。迷いはない。今日、ここで決着をつけるんだ。


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