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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第9章 新たな仲間

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旅路の終わりに

 ユエンから託された魔導具を抱え、ボクたちはセレフィア王国へ急いだ。旅路は行きと同じく大きなトラブルもなく、ただ道中の空気は妙に張り詰めていた。フローラはあくまで平然と振る舞っていたが、その微笑みはわずかに硬い。


(きっと、無理に装ってるんだろうな……)


 そんな空気を察したのか、王都ヴェルナードへ戻る直前。休憩のためにフローラが席を外したタイミングで、イリスがひそやかに口を開いた。


「コウ。あんた、フローラと仲が良いんだから、戻ったら二人で食事でも誘ってあげなさいよ。このままじゃ、あの子自身が危ないわ」


 その声音は冗談めいていない。イリスが本気で心配しているのだと伝わった。けれど、それと同時に、ちょっとした小言も言っていた。


「……私は宿で旅の片付けでもしながら食事するからいいのよ。あんたが誰と一緒にいても私は気にしないんだから」


 そこまで言って、ぷいと横を向いたイリスはやっぱり可愛らしかった。


 王都に戻ると、イリスは宣言通り、フローラに「私はフローラと一緒にいるところを見られない方がいいから」と早々に宿へ退いた。残されたボクは、意を決してフローラを誘うと、幸い彼女はぱっと花が開いたように喜んでくれた。


 何度かイリスと立ち寄った酒場に入ると、木製のテーブル、燻ったランプ、ざわめく声、ジョッキのぶつかる音。そんな喧騒の中で、フローラは珍しく酒を口にした。小さなグラスに赤い液体を注ぎ、少し顔を赤らめながら笑う。


「ふふっ……あぁ、コウやイリスとの旅、楽しかったな。もう一度行きたいくらい」

「遠慮しなくてもいいのに、ってイリスに言っておいてね」


 軽口を叩くその表情は、確かに陽気だった。だが――ふっと沈黙が訪れたとき、フローラの目に影が落ちた。


「本当に……楽しかったの」


 その声は、酒場のざわめきに溶けるように小さかった。


 フローラは視線を落とした。長い睫毛が伏せられ、口元がかすかに震える。さっきまでの陽気さがすっと剥がれ落ち、胸の奥に押し込めていた感情が、じわじわと溢れてくるのが見えた。


「元々、ね……」


 フローラはグラスの水滴を指でなぞりながら、その華奢な指についた水滴をぼーっと見つめる。


「お父様は、あんな人じゃなかったのよ。昔は優しくて、力持ちで、誰よりも家族や国民を大事にしていて……忙しい時間の合間を見つけては中庭で一緒に遊んでくれて。私が花で編んだ冠を頭に載せて、『金の王冠より宝物だ』って笑ってくれたの。その後、わざわざ保管するための器まで従者に作らせて。……今もあの冠、どこかにあるのかな」


 緑の瞳が伏せられ、一粒の涙がグラスに落ちた。その瞬間、これまで必死に塞き止めていた何かが崩れ去る。


「大好きだったの……国を愛して、家族を愛して、幸せそうに笑うお父様が。目尻に皺を寄せて……」


 嗚咽がこぼれる。ボクはただ名前を呼ぶしかできなかった。


「フローラ……」


(家族を知らないボクに、この痛みはわからない。どんな言葉をかけても救いにはならない……)


 そう思って拳を握り締めていた。


 フローラはうつむいたまま、しばらく答えなかった。卓上のグラスを両手で包み込み、微かに震える肩を小さく上下させる。酒場の喧噪の中で、その沈黙だけがぽっかりと浮いていた。


 しかし、長い沈黙のあと――ふ、と彼女は震える吐息を漏らした。


 緑の瞳が涙に濡れ、それでも揺らぎながら、少しずつ強さを取り戻していく。


「……だから。だからこそ……止めなきゃ」


 その声は、嗚咽で途切れそうになりながらも、確かに響いていた。


「止めなきゃいけないの。これ以上、私の中のお父様を汚さないために。私が、やらなきゃ」


 自分に言い聞かせるように吐かれた言葉に、ボクは気づく。


(大切な誰かを思うから、人は強くなれるのか……)


 胸の奥で自然に言葉が動いた。


「フローラ。一人じゃないよ。ボクがいる。ボクの力、フローラと……フローラのお父様のために、使わせて欲しい」


 フローラは顔を上げ、ボクの手を握る。その手は柔らかく、温かい。きっとこの手は、いつかこのセレフィア王国の国民全員を優しく包み込む手になるのだろう。


 フローラはボクとフローラの重なったその手を祈るように額へと当てて、微笑んだ。


「ありがとう。……もう、大丈夫」


 酒場の喧騒に溶けたその言葉は、ボクの心には深く刻まれて、消えなかった。


 ***


 翌朝。フローラは少し腫れぼったい目をしていたが、不思議と晴れやかな顔をしていた。ボクとイリスは彼女と並び、リゼのもとを訪れた。


 扉の前で、ボクは小さく息を整えてノックをすると、中から警戒を帯びた声。


「誰だ」

「コウです、戻りました」


 返事を聞いた瞬間、扉は勢いよく開き、リゼが顔を出す。


「おぉ、戻ったか! 話、聞かせろ」


 中へ招かれ、早速ボク達三人は椅子に腰を下ろす。


 リゼに魔導具を作成してもらう代わりにザイレムと結んだ条件を説明した。セレフィア王が邪鬼だった場合、平等条約の締結、人類共通の敵との対抗――そしてフローラがそれに同意したことを。


「そうか……邪鬼の国、か」


 リゼは重々しく呟く。


「あれから十年。そりゃ力もつけるわな。ったく、恩を仇で返しやがって。……まぁ、その話は追々考えるとして」


 彼女は視線をボクに向けた。


「イリスはグレナティスへの影響が怖い。今回も待機だ。コウ、私とお前でやる」


 イリスは小さく頷く。リゼは続ける。


「で、どうやってその魔導具を使って確認する?」


 フローラが一歩前に出る。


「騎士団の戦況報告の場を使います。事前に魔導具を仕掛けた玉座に父を座らせる。ガレドに協力してもらえば、自然な流れで父を招けるはず」


 彼女の声は震えていなかった。ボクは頷き、言葉を継ぐ。


「うん、いいんじゃないかな。報告の場なら出席者も限定できるし不用意な混乱は避けられそう」


 そして、言葉を選びながらも、続ける。


「……それに、玉座の間なら広い。万が一戦闘になっても戦いやすい」

「コウ」


 不意にフローラの声が鋭く飛んできた。


「私に気を使わなくていいよ。もし戦うことになったら、情けは無用。お父様がこれ以上罪を重ねる方が、よほど耐えられないからね」


 その瞳は、昨夜泣き腫らしたものとは思えないほど強い光を宿していた。リゼも頷く。


「あぁ、その通りだ。戦場では優しさが命取りになる。守りたいものが何か、常に考えろ。迷いは少し消えるはずだ」


 ボクは大きく頷いた。


「ありがとう。二人とも。……その日までに、ちゃんと気持ちを整理しておく」

「うん、お願いね、コウ」


 フローラは真剣な眼差しでリゼとボクを見つめ、続ける。


「では、私からガレドへ連絡して日程を調整します。魔導具の仕込みも手配しておきます」

「あぁ。準備が整ったら、ガレドを通して私に知らせろ。その日は私とコウで必ず同席できるようにしておく」


 リゼの声が、その場を締める。


 こうして、セレフィアの未来を掛けた戦いの舞台――玉座の間が整えられていく。


(フローラの想いを守るために……絶対に、迷わない)


 ボクは胸の奥でそう誓った。


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