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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第9章 新たな仲間

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交渉

 ザイレムの帝都、その一角にひっそりと建つ別棟――薬草と金属の匂いが混じる実験室で、ボクはユエンと向かい合っていた。机の上には、ボクが持ち込んだ小さな包み。紐を解くと転がり出る、無色透明の水晶のペンダント。芯には糸くずのような灰の靄。


 ユエンは指先でそれを転がし、光にかざしてから、ふっと口角を上げた。


「ふぅん。――どうして、私だと思うの?」

「レオンハルトの邪鬼化の現場に、これが落ちていました。こういうことができるのは……ザイレムくらいだ、と。それに、今の戦時中の状況も含めて考えると、ザイレムにメリットが大きすぎる」


 ユエンは最初、肩を震わせて笑った。けれど、すぐに真顔に戻る。


「それだけ? 証拠もなにもないじゃない。もし『私じゃない』って言ったら――どうするの?」


(……やっぱり、それだけじゃ弱いか。リゼさんの言う通りだ)


 喉の奥で息を整え、ボクは言葉を選ぶ。


「もしそう仰るなら――ボクたちはこれを『ザイレムがやった』と、セレフィア国内で公にします。今の両国の関係を考えれば、真偽に関わらず“戦”は拡がる。あなた方が望まない形で」


 自分の声が震えていないか、ユエンの視線は、まるで心の底の色まで覗き込むみたいに静かで冷たい。数呼吸の沈黙。

 やがて――ユエンが目を細め、肩の力を抜いて笑う。


「ふっ。やっぱり、面白い子。――いいわ、話をしましょう」


 彼女は水晶を机に置き、手の平で軽く押さえた。小さな音が木目に吸い込まれる。


「コウ、だったわね。カレンから、あなたのことは聞いてる。座って」


 促されるまま椅子に腰を下ろす。背もたれの冷えが背骨をまっすぐにする。


「それで? わざわざ文句を言いに来ただけ、じゃないわよね?」


 肘を机につき、組んだ両手に顎を乗せる。翡翠色の視線が、ボクの瞳を射抜く。嘘は通らない。そういう目だ。


「お願いが、あります」

「お願い?」

「はい。――とある人が“邪鬼”になっているのではないか、と疑っています。真偽を確かめる手段が欲しい」

「へぇ。で、私たちにどんなメリットがあるのかしら? 『今回の件を黙っておく』だけじゃ、釣り合わないのは分かるわよね」


 ボクは頷いた。用意してきた言葉をひとつずつ、机に置くみたいに出していく。


「ユエンさんがお望みなのは――国と国の話、ですよね。だから、ここにはボク以外にも“話ができる相手”が来ています。今日は、その交渉の場を設けられるかどうかの“事前確認”でした」


 ユエンのまぶたが、わずかに上下する。すぐに、指で机を二度こつこつと叩いた。


「なるほど。……分かったわ。それじゃあ、明日の今日と同じ時間に“館”へいらっしゃい。判断できる人間を、こちらで揃えておくわ」

「ありがとうございます。――明日のこの時間に」


 席を立つ。ユエンは何も言わない。ただ、机の上の水晶に指を置いて、微かな笑みだけを残した。


 外に出ると、薬草の香りが薄れて、帝都の空気が肺に入る。ざわめき、遠い鍛冶の音、風の擦れる音。ボクは歩を速め、イリスとフローラが待つ宿へと戻った。


「どうだった?」


 少し心配そうなイリス。


「明日話の場を設けることができたよ」


 ボクは少し自信を持って答えると、イリス、フローラは満足そうに頷く。


「これで一歩目が踏み出せたね」

「あんたもやればできるじゃない」


 三人で頷き合うと、明日の交渉に向けて夜を通して細かな詰めを行っていった。

 

 ***


 翌日。ボクたち三人――ボク、イリス、フローラは、帝都の館へ向かった。門衛は昨日とは違う顔だったが、名乗る前に扉が開いた。すんなり通されることに、逆に腹が冷える。ここは、相手の庭だ。


 長い廊下を抜け、案内されたのは十人ほどが座れる会議室。中央に大きな机。左右に五脚ずつ椅子が並び、部屋の手前側にはすでに三人が座っていた。ユエン、そして――見知らぬ顔の二人の男が腰掛けていた。


「どうぞ、奥へ」


 立ち上がったユエンに促され、ボクたちは机の向こう側へ進む。相手も同時に立ち上がる。ユエンが軽く手を添え、同席者を紹介した。


「中央に座るのが、この国の王――カイエン。そして、こっちの短髪の小さいのがカグロウよ」


 視線の先。黒い髮を後ろで縛った大柄で岩みたいな肩幅の男が、机越しに手を差し出す。眼差しはまっすぐ、握手は硬い。骨ばっていて、皮膚は厚い。剣をひたすら振ってきた武人の手だ。


「初めまして、カイエンだ。遠路はるばる、ようこそザイレム帝国へ、コウ」


(この人が、この国をまとめ上げた人。たしかに、凄い貫禄だ)


 ボクはそんなことを思いながら頭を下げる。


「コウと申します。――こちらは」


 ボクは振り返り、紹介する。


「セレフィア王国第一王女、フローラ=セレフィア。そして旅の仲間のイリスです」


 フローラは一歩進み、胸に手を置いて丁寧に一礼する。


「ザイレムの皆様。お初にお目にかかります、フローラ=セレフィアです。本日は、このような場を設けていただき、感謝いたします」


 第一王女の来訪は想定外だったのか、カグロウの目がわずかに見開かれた。カイエンは表情を崩さないまま、フローラに向かって手を差し出すとフローラも両手でしっかりと握り返した。握手に言葉を重ねず、視線で合意の温度を確かめるふたり。


(最初からこういう場が持てていれば、戦は起きなかったのかもしれない)


 そんな場違いなことを考えていたがユエンが交渉開始の口火を切った。


「挨拶はこのくらいにして、始めましょうか。どうぞ、掛けて」


 ユエンが座り、ボクたちも腰を下ろす。彼女の視線が、斜めにフローラへ流れる。


「あなた方の依頼は――“邪鬼化を見破る手段”の提供。そうね?」


 フローラはまっすぐ受け止め、頷いた。


「仰る通りです。ザイレムは戦乱を経て“自立”を勝ち取り、いまや多くの国と対等に渡り合う力を持つ国。セレフィアは本来、あなた方と同盟を結ぶべき隣人であり友人だと、私は考えています。だから正直に言います。――邪鬼化の疑いがあるのは、私の父、セレフィア王です」

「なるほど。もしそれが本当なら、たしかに一大事だわ」


 ユエンは続ける。


「邪鬼化を見破る手段――私たちは持っている。けれど、対価は?」


 ボクはフローラへ視線を送る。王女は頷き、淡々と続けた。


「ザイレム帝国は建国から十余年。国内は安定しているとはいえ、国力を消費する大規模な総力戦は得策ではないはず。――もし父が邪鬼であると“証明”できたなら、私の権限で即時休戦に向けてセレフィア国内を調整します」


 そこで、カイエンが初めて口をはさんだ。声に怒りはない。ただ、現実を並べる口ぶり。


「だが、王が邪鬼なら、いずれ崩れるのはそちらのほうだ。先日、騎士団長が邪鬼化したと聞く。頂が倒れれば、国は自壊する。こう言っては何だが、こちらとしては手を貸すまでもなく貴国が崩れるのを待っていればよいだけかと思うが」


 フローラは即答しなかった。代わりに、イリスが言葉を拾う。


「たしかに“結果”はそうかもしれません。でも、問題は“時間”です。国王が尻尾を出すまで待っている間、貴国への侵略が行われた場合、私たちには止めるすべがありません。そうなれば、貴国の被害もゼロではないでしょう。」


 フローラは付け足す。


「邪鬼であることがわかれば、邪鬼化した騎士団長すら圧倒したコウがなんとでも無力化できます。ただ、それまでにはどうしても時間が掛かる。だからこその相談です」


 室内を、一呼吸分の静寂が包む。カグロウが小さく鼻を鳴らした。


「要するに、邪鬼であることを証明することを手伝え。代わりに戦は止める、か。……それだけで足りるか?」


 カグロウの言葉を待っていたかのように、フローラはゆっくりと懐に手を入れ一枚の紙を取り出して机の上に広げる。丁寧な字で列挙された条項。墨は新しく、決意の匂いがした。


「“ただ”ではございません。――こちらが提示する交換条件です」


 ユエンが身を乗り出し、カイエンも紙へ視線を落とす。


(さぁ、ここからが大詰めだ)


 ボクは両国間の緊張を肌でひしひしと感じながら固唾を呑んで見守った。


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