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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第9章 新たな仲間

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お忍びの旅

 王宮の用件を終え、ボクはイリスが待つ宿へ戻った。事情を話すと、彼女は目を瞬かせてから口角を上げる。


「第一王女様とお忍びの旅、ね。……面白そうじゃない」


 その即答に、胸のつかえがひとつほどけた。イリスが「王女様と一緒なんて万が一王女様が危ない目にあったらどうするの?」と渋るのではないかと、少しだけ心配していたがどうやら杞憂だったようだ。


 数日後。準備を整え、指定の合流場所へ向かったボクは、目を見張った。白一色でまとめられたショートパンツに、同色のフードつきマント。白金の髪は後ろへすっきりと結い上げ、腰には細身のダガー。軽装ながら無駄がなく、動きのための衣。そこに立っていたのは「王女」ではなく、まぎれもない「冒険者」だった。


「フローラ様、ずいぶんその格好、様になってますね」


 ボクは思わずその可憐さに直視できず、思わず目をそらす。しかし、フローラはそんなことを知ってか知らずか、ぐいっと距離を詰めながら言い寄る。


「コウ。これからは“フローラ”、と呼んでくれないかな? もちろん、イリスも」

「で、ですが……」


 これまでの王宮での言葉遣いを隠すための反転の影響だろう。どこか少年っぽさを感じる話し方にイリスが苦い顔で食い下がるが、フローラは小首をかしげ、いたずらっぽく笑って言葉を重ねた。


「お忍びの旅、なんだよね? 外で“様”なんて呼ばれたら、かえって目立っちゃうからさ それに――」


 彼女はそっとフードを下ろし、手を差し出した。


「堅苦しい敬語は禁止ね。私たちは旅の仲間なんだ。改めて、よろしくね。コウ、イリス」


 差し出された手を、ボクとイリスは渋々――けれどどこか嬉しく――握り返した。フローラの横顔には、王宮の重たい梁から解き放たれたような、微かな自由の色が差していた。


 出立の直前、人気のない路地でイリスが耳打ちする。


「……私、帰国したら不敬罪で捕まったりしないかしら。来ない方がよかったかも」

「そんなこと、今言う?」

「冗談よ」


 イリスは微笑み肩をすくめる。そんなこんなで始まった道中は、拍子抜けするほど順調だった。国境は封鎖され、正規の往来は止まっている。だからボクたちはセレフィア王国側のノイエル国境付近の小港で船頭を買収し、巡礼者を装って沿岸の入り江へ回り込み、そのまま検問を避けてザイレム領へ入った。潮の匂い、波の反射、櫂が水を裂く音――緊張は続くのに、風だけはさっぱりとしていた。


 内陸へ入ってからは、獣道や間道を繋ぐ。何度か魔物にも遭遇したがフローラは怯まなかった。


 木の気を掌へ集め、地面から延ばした蔦で魔物の足を奪うことで間合いをずらし、ダガーの刃で要を正確に断つ。これまでもフローラの「芯の強さ」は感じてきたつもりだったが、実際に魔物と戦う姿を見て違った側面の強さも垣間見えた気がした。


 ただ、一度だけ――危ない場面があった。


「フローラ、右!」


 茂みから突然躍り出た角猪が、フローラの死角から突っ込んでくる。彼女は前の敵へ踏み込んだ体勢のまま戻れない。ボクは地を蹴った。


「――あぶない!」


 フローラの腕を掴み引き寄せると、引き寄せた勢いで角猪へそのまま体当たりを浴びせる。ぶつかった衝撃で背骨が震え、肺から空気が漏れた。しかしそのままボクは身体を反転させ一閃。猪の後頸を断った。


「無理矢理ひっぱっちゃってごめんね。大丈夫だった?」


 ボクは振り返ると地面に転がったフローラに手を差し出す。すると彼女の頬が、ぱっと赤く染まる。至近距離の薄緑の瞳。胸が、少しだけうるさくなる。


「……ごめん。助かった」


 声がほんの少し上ずっていた。戦闘を片付けたあと、フローラはもう一度ボクの前に立って、きちんと頭を下げる。


「さっきは、ほんとうにありがとう、コウ」

「う、うん。無事なら、それで」


 言葉が不器用に転がる。横からイリスが少し面白くなさそうに小さく咳払いをして、話題を切った。


「先を急ぐわ。日が落ちる前に、次の宿営地まで」


 そんなふうにして、ボクたちの“お忍びの旅”は進んでいった。焚き火の夜、乾いた草の匂い、眠りの縁で交わす他愛ない話。フローラは驚くほどよく笑い、驚くほどよく歩いた。肩書きを外した人は、こんなにも身軽になるのか、と何度も思った。


 そして十日ほど。山襞を抜け、灰銀の城壁がどこまでも続く平野に出る。ようやく、ザイレムの帝都に到着した。


 ボクたちはその日はさすがに休み、翌日――ユエンのもとを訪ねる段取りを決めた。ただフローラをいきなり連れていくのは危うい。かといって一人きりにはできない。結果、ボク一人が向かい、イリスとフローラは宿で待ってもらうことにした。

 ボクは帝都の一角――イリスに教わった、カレンたちも出入りしているという館へ向かった。


 ***


 高い塀の前、鉄の門。二人の門番が槍を持って立つ。片方に声をかけた。


「えっと、ユエンさんから“来るように”と言われていて」

「んー? ユエン様に会いたいってやつは、掃いて捨てるほどいるぞ」


 露骨に渋る門番の横で、もう一人が顎に手を当ててボクを眺めた。何かを思い出そうとしている顔だ。


「……待て。黒目、黒髪でユエン様に用がある? お前、まさかセレフィアから来たのか?」

「そ、そうです! ユエンさんから、何か聞いていませんか?」


 二人は顔を寄せ合って言葉を交わし、片方が「ちょっと待ってろ」と短く言うと、門の脇に立つ別棟へ駆け込んでいった。残った方が、ちらとボクを見て鼻を鳴らす。


「……戦争中の敵国によく来たな。ただの命知らずか、あるいはよっぽど自分の実力に自信があるのか……」

「い、いえ。そんなことは。ただ、急ぎで相談したいことがあったので……」


 しばらくの後――足早な足音。戻ってきた門番が顎をしゃくる。


「待たせた。ユエン様がお呼びだ。ついて来い」


 そう言って通されたのは、館の中ではなく、先程兵士が向かった別棟だった。扉を開けると、ふわりと薬草の匂いが鼻をくすぐった。棚には乾燥植物の束や魔石が並び、奥にはガラス器具や銅の管、見慣れないはかり。分厚い本が積み上がっていた。実験室――まさにそんな言葉がぴったりの場所だった。


「ここで待て」


 門番が声を落としたちょうどその時、奥の扉が開く。淡い香油の香り。フェン村で見た時と同じく、その様子には余裕があった。


「あなた。下がっていいわ」

「はっ」


 人払いが済むのを待っていたかのように、ユエンはボクを一瞥して、唇の端をわずかに上げた。


「まさか、このタイミングで来るとは思わなかったわ。で――何? ザイレムの力になって、セレフィアを滅ぼすのを手伝ってくれるのかしら」


 冗談とも本気とも取れる声音。妖艶という言葉が似合う微笑が、ふわりと空気を薄くする。ボクは胸の前で小さく息を整えると、上着の内側から小さな包みを取り出した。紐を解き、掌に落とす。無色透明の水晶。その内部に、灰色の靄が糸のように絡みつくペンダントだ。


「単刀直入に聞きます。――これ、仕込んだの、ユエンさんですよね」


 ユエンの目が、ほんの少しだけ細くなり、そして満足そうに微笑んだ。


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