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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第9章 新たな仲間

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思いもよらぬ相談

 王都ヴェルナードの朝は、相変わらず忙しい。高い尖塔の影が石畳に長く落ち、城下へ向かう荷車の車輪と、鍛冶の槌音が、層になって押し寄せてくる。ボクはその喧噪のなか、イリスと肩を並べて王宮へ続く坂道を上がっていた。


 ここ数日、ボクたちはこの街に“残る”と決め、王宮の内側を調べている。ガレドの計らいで、ボクたちは「王宮付きの傭兵」という王宮の内側に入る建前を得た。

 騎士団とは一歩距離を置いた立場――つまり、騎士団の目にも、王宮の目にも、都合よく映らない場所に立てる身分だ。おかげで出入りは比較的自由だし、時には「安全確保」の名目で、城壁の外へ魔物狩りに出られる。報酬も出る。

 けれど本当の目的はもちろん別にある。王宮の中に、そしてこの国の“頂”の近くに、あの邪鬼の影が落ちていないか――それを確かめるためだ。


 傭兵として雇われている以上、仕事は受ける。イリスと二人で数日に一度、東の林で出没する群れ狼を狩り、王宮に戻っては巡回と称して王宮内を歩く。出会う人々の気配に意識を澄ませ、邪気の匂いが混じっていないか鼻を利かせる。表向きは「近衛の補助」。でも実のところは、気の流れを見張る“嗅ぎ分け屋”だ。


 そんな日々を過ごしたある日。昼の狩りを終えて兵舎の中へ戻ると、兵舎の入口でリゼと目が合った。彼女はいつもの無造作な仕草で手をひらひら振り、ボクらにだけ聴こえる声量で短く言う。


「コウ、イリス。場所を変えよう。話がある」


 わかりました、とイリスが小さく頷く。ボクたちは人の気配が薄く、声が響かない中庭へ移動した。白い石壁に囲まれた小さな庭。干からびた噴水の縁に腰を下ろすと、リゼは胸の前で腕を組み、周囲を一度だけ見渡してから口を開いた。


「とある方から、相談があってな」

「とある方……?」


 思わず聞き返したボクに、彼女は珍しく言いよどむ。気遣う、というより、言葉を選ぶような間。よほどの相手なんだろう。


「あぁ。第一王女のフローラ様だ」

「第一王女……」


 イリスのまなざしがすっと鋭くなる。


「先日のレオンハルトの邪鬼化の件、覚えてるな。あれの後で、王宮内部に妙な空気が流れ始めた。そこに私がこうして城内をうろついてるのがたまたま目に入ったらしい。で、勘がいい――いや、人を見る目のあるあの方が、気にかけて声を寄越したってわけだ」


 リゼは噴水の水面を何とも言えない目で見つめる。


「出会いは、あの方がまだちっこい頃だ。自分で言うのもなんだが騎士団長だった私を、変に気に入ってくれてな。礼儀と“正しさ”ばかりを教えられる場で、あっけらかんとものを言う大人が珍しかったんだろう。」


 リゼらしいな、と思う。きっとフローラも肩肘張らずに済むリゼの性格が合ったのだろう。


「で、相談の内容は?」


 イリスが本題を促す。


「あぁ。陛下の様子が、ここしばらくおかしいらしい。ずっと気にはなってたみたいなんだが、声をかける相手がいなかったのとレオンハルトの件もあって、心配になったんだとさ。多分だがフローラは――」

「無実を証明したい、ということですね」


 ボクが続けると、リゼは「そうだ」と頷いた。


(自分の父親が邪鬼だったら、か)


 胸の内で言葉の形を確かめる。親に良い印象の薄いボクからすれば、「ふーん、それで?」で済ませたくなる。けれど――たとえば、ここにいるリゼやイリスに、そんな疑いを向けないといけなくなったら。ボクはきっと、息が苦しくなるほど“勘違いであってくれ”と願い、どうにかして白を証明しようとするだろう。


「段取りはこうだ。フローラ様に調整してもらってお前が陛下と接触できる機会を作ってもらう。そのためにも、まずは明日の昼過ぎ、フローラ様にお前を引き合わせる」

「私は?」


 イリスが問う。


「悪いが、今回は待機だ。お前が王家に近づけば、ヴァルティア家への勘ぐりが立つ。余計な風を立てる必要はない」


 イリスは一拍だけ沈黙して、こくりと首肯した。その返事にリゼは満足げに目を細め、ボクと目を合わせる。


「コウ、頼んだわよ」


 イリスの言葉にボクはこくりと頷いた。

 

 ***


 翌日。磨き上げられた白い回廊を、ボクとリゼは並んで歩いた。案内役の兵が止まった先にあるのは、三階の来賓室。先日レオンハルトに招かれた応接室は一階にあったから、それよりもさらに“内側”だ。重厚な扉には蔦の彫金。従者が執務用の手袋を外して指先で軽くノックすると、内側から鈴の音のような声が返る。


「どうぞ」


 扉がゆっくりと開いて、光が流れ込んだ。窓から差す陽の反射が舞う塵を白金に染め、その光の柱のなかに、天使めいたシルエットが立っていた。白に近い金色の髪は緩やかに波打ち、瞳は深い緑。瞳より少し淡い薄緑のドレスが、春の若葉みたいにやさしく空気を撫でている。


「お待ちしておりました。リゼさん、コウさん」


 そのシルエットから発せられる凜とした輪郭を持つ声。恭しい礼。所作の一つひとつが、華やかさと品位の均衡を崩さない。


「おい、行くぞ、コウ」

「あ、す、すみません」

「何ぼーっとしてんだよ、ったく」


 リゼの悪態。けれど王女は、口元に手を添えて小さく笑った。その笑いは誰も傷つけない柔らかい笑いだった。


 応接のソファに通され、従者が香りのよい紅茶を置く。カップの縁をなぞる湯気が、神経を落ち着かせる。リゼは改めて紹介を始めた。


「フローラ様の頼みだってんで、とっておきを連れて来ましたよ。見た目はぼーっとしてるが、腕も立つし鼻も利く。私の優秀な弟子の一人。で、例の“黒の器”だ」

「はい、存じ上げております」


 王女はまっすぐボクを見る。その視線は、測るためでも選別するためでもない。確かめるための目だ。ボクは、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。


「改めまして、今日はお越し頂きありがとうございます。それでコウさん。単刀直入に申し上げます。父に、いらぬ気が紛れているか否か。確かめていただきたいのです。何卒、よろしくお願いいたします」


 フローラは深く頭を垂れた。王女が誰かに向ける礼としては、きっと過ぎた角度。思わずボクは立ち上がり、慌てて手を振る。


「そ、そんな。顔を上げてください、フローラ様。ボクでよければ、力を貸します」


 王女はゆっくりと顔を上げ、小さく息を吐く。それは安堵の息。その後、彼女はぽつり、ぽつりと父――この国王のことを語り始めた。


「昔の父は、人思いのやわらかな人でした。けれど……十数年前の飢饉の折、多くの民が倒れ、衛生が崩れ、流行り病が広がりました。あのとき、母も逝きました。あれが変化点だったのかもしれません」


 喪失は、心の器の形を変える。国民からの非難の声もあっただろう。想像すると胸が痛くなった。


「最初の父は、途方に暮れるばかりでした。でもやがて、『なぜ周辺国は助けてくれなかったのだ』と考えるようになり、外へ怒りを向けました」

「それで、他国に侵攻を?」


 リゼが静かに言葉をつなぐ。フローラは小さく頷いた。


「近年は、顔つきが変わったように思えます。それに時折、一人のはずなのに、誰かと話している気配を感じることも……。――私の妄想であればよいのですが」


 リゼが、王女の正面で軽く顎を引く。


「白黒をはっきりさせたい。そういうことですね、フローラ様」

「はい」


 王女は姿勢を正し、緑の瞳に一点の迷いも映さず、真っ直ぐな声で告げる。


「もし、これが私の思い過ごしであれば、それに越したことはありません。ただ、万が一、父が――レオンハルト様のように――人ではない“何か”に蝕まれているなら」


 一拍置いて、柔らかさを奥に仕舞った目が、剣になる。


「私は、父を討ち、私がこの国の王となります」


 空気が変わった。春の光から、刃の反射へ。ボクは思わず息を呑む。彼女は覚悟を、他者の同意ではなく、自分の意志に委ねていることを理解した。


(この人、同世代なのに“強い”……)


 ほんのひとときのやりとりでフローラの芯の強さを感じたのだった。


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