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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第8章 王都、動乱

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けじめ

 リゼと腹を割って飲んだあと、ボクはアグナル、イリスと一緒に宿へ戻り、それぞれの部屋で荷を下ろした。湯に浸かったわけでもないのに、肩の力がふっと抜ける。


(リゼさん、色々と考えることは多そうだけど、元気そうで良かった) 窓際に腰かけ、そんなことを思いながらぼんやりと夜気を吸い込んだ、その時――


 ――ざわわ。


 胸の奥で、違和感が生じた。呼ばれているような、でも近づきたくないような、二つの感覚が同時に心の奥底を叩く。それと同時に窓ガラスがびりびりと鳴った。


(風? いや違う、気の流れだ……)


 慌ててボクは窓を押し開ける。

 すると、見たこともない黒い柱が、天へ突き刺さっていた。夜空に墨を流したような直線。見るだけで肺が冷たくなり、喉が砂を呑み込む。


(胸騒ぎの原因は、あれだ……)


 思考より先に身体が動いた。部屋を飛び出し、廊下の向こう、イリスの部屋を叩く。


「イリス、窓の外を見て! ちょっとやばいかも」


 扉が開き、寝間着の上に羽織を引っかけたイリスをボクの部屋に連れてくる。そして窓の外を見てもらうと彼女の瞳が大きく見開かれた。


「なに、あれ……」

「お父様たちにも声をかけてくるわ! すぐ出られるように準備しておいて」

「わかった」


 ボクは部屋に戻って最小限の装備をまとめて廊下に出ると、もうアグナルとセバスチャンが扉の前にいた。二人とも鎧の留め具を最後の一つまで確かめている。


 外はすでに騒然だった。遠鳴りする鐘の音と、逃げ惑う人々の靴音。黒柱の立っていた方角からは、人の流れが逆巻くように押し寄せてくる。子どもを抱きかかえて走る母親、荷車を放り出す商人、戸口から戸口へ叫びが渡る。


「この様子だと街の誘導が要る」


 アグナルが短く言い、イリスへ目をやる。


「イリスは私と一緒に兵舎へ。騎士団の誘導に協力する。――コウ君、君なら屋根伝いに現場へ早く行けるだろう。先行して状況を見てきてくれるか?」

「承知しました」


 ボクはアグナルの指示に頷くとイリスが不安そうにこちらを見つめる。


「無理は禁物よ。あんた、一人だといつも無理するんだから」

「ありがと、イリス。気をつけるよ」


 頷き合って、別れた。ボクは宿の外へ跳び出し、最初の路地で夜の帳が降りる中、白い身体強化の気を纏い、屋根に向かって“大地”を蹴る。そして屋根縁に指をかけ、軒から軒へ。屋根が繋がらないところは、逆流する人の波を縫って地面を疾走し、再び壁を駆け上がる。


 黒柱はいつの間にか消えていた。だが、人の流れは増す一方で、鼻を刺す焦げの匂いが遠くから漂い始める。


(この人の流れの元をたどれば、問題の場所に着ける)


 遠くで火の手が跳ね、叫びが風に切り刻まれて届く。


(……この感じ、やっぱり邪鬼か)


 近づくほどに、皮膚の内側からざらつく気配が増していく。ユグ山やザイレムの浄化の祠で対峙した時に感じた邪鬼の気と同じ気配を感じる。ただ、その気の奥底から見知った気配を感じる点がこれまでと異なる。


(この気の“芯”……どこかで……)


 足裏が瓦を叩く度に、脳裏へ一人の男の姿が浮かび上がる。軽薄な笑み。ボクのことを見定めるような目。


(まさか……)


 喉が焼ける。考えるより早く、ボクはさらに速度を上げて騒ぎの中心へと飛び込んだ。


 ***


 人波をかき分け、ようやく辿り着いた中心地は、ひどい有様だった。


 路地から路地へ火の舌が伸び、軒が崩れ、瓦が散る。地面には乱暴に衣服を引き裂かれて行為の痕跡を残したまま横たわる女性。その中心で、二つの長い髪が炎に照らされて波打っていた。


(レオンハルトさん……? そして、リゼさん……!)


 赤茶に光る長髪を黒い“邪気”がまとわりつき、まるで別物に変わっているレオンハルト。そこに向かい合うのは、背丈ほどある大剣を片手で扱う赤髪の女――リゼだ。刃が触れ合う度、火花が雨のように散る。


 ボクはレオンハルトの死角に回り込み、そして一気にその間合いに飛び込み斬りかかる。するとレオンハルトはボクの一撃を剣で受け止めながら、後退る。


「リゼさん!」


 ボクは一瞬できた隙を見計らってリゼに声をかける。


「おぉ、コウ。来たか。まったく、なんで私の弟子ってやつは、どいつもこいつも私に手間をかけさせるんだか」


 ボクは改めて再び剣を構える邪鬼をみてリゼに確認する。


「レオンハルトさん、ですよね?」

「そうだ。あいつ、最近何やら匂うと思ってたが――本当にそのまま邪鬼になりやがった」


 リゼの言葉はレオンハルトの邪鬼化に納得とも悔しさともとれる声色をしていた。


「ボクの時みたいに、戻せないですか?」

「やってみたいのは山々だが、そのためには押さえ込む必要がある。コウ、手伝ってくれるか?」

「もちろんです! なんとかします!」


 返事と同時にそう決意したボクは白い気を纏い一気にレオンハルトの間合いへ踏み込む。


(キミもこっちにきなよ。むしろ、こっち側だろう? 一緒にイイコトをしよう)


 案の定、レオンハルトに肉薄すると邪気からはボクを誘う声が聞こえる。


(ボクはボク自身の、そしてリゼさんのために戦うんだ)


 そう心に強く刻むと、ボクの白い気はレオンハルトの黒い気を巻き込み、混じらせながらボク自身の力へと変わる。


レオンハルトの剣はたしかに速いし威力もある。でも、ただそれだけだった。欲望に任せた剣。少しだけ剣技をかじった剣。


(同じ邪気の力を使ったセルギスさんに比べればたいしたことない剣だな)


 相手の邪気を取り込んだボクの剣はいつにもましてキレがあった。レオンハルトから斬り降ろされた剣にあわせて、ちょうど振り下ろされた刃の真横を叩くようにボクは横薙ぎに剣を振るう。するとレオンハルトは大きく腕をはじかれる形となり胴ががら空きになる。


(ここだ)


 ボクは踏み込む足に力をいれ、空いた胴に体当たりをかます。するとレオンハルトの身体がくの字に曲がり、吐息が漏れた。


「ガッ――」


すかさずボクはレオンハルトの背後へ回り込み、剣の柄で背中の中心を地面に叩き落とすとレオンハルトを中心に砂埃が舞う。レオンハルトの手から一瞬、力が抜けた。


 ボクはそのまま肩甲の上に膝を乗せ、腕を極めるように押さえ込む。黒い気が腕に刺すように噛みついてくるが歯を食いしばって圧をかけた。


「よくやった。後は私がやる」


 後ろからリゼの声が聞こえた。彼女は右手に白と黒が溶け合うような気を纏わせて近づく。


(この気は……調和気)


「この気を使えるのがお前の特権だと思うなよ?」


 リゼはそう言って笑っていたが、額に汗が浮かんでいるし肩で息をしている。


 リゼの掌がレオンハルトの背に触れる。白と黒の気が、黒の中へ波紋のように染み込んでいく。黒の粘りが、少しずつ柔らいだ。


(いける――?)


 そう思った瞬間、レオンハルトの黒が爆ぜた。反発するように膨れ上がり、逆流した黒がボクの前腕を舐め、リゼの手首へ絡みつく。冷たく、粘つき、どす黒い感情の本流が触れたところから広がる。


「下がれ、コウ!」


 リゼの声と同時に、気配が切り替わった。彼女はするりとレオンハルトから身体を離すと一言だけ口にする。


「――すまんな」


 小さく呟いた次の瞬間には、リゼから振るわれた大剣によりレオンハルトの首筋に一筋の光が走る。


 スンッ


 空気を斬り裂く音の後、レオンハルトの首が、綺麗にその胴から離れる。残るのは黒い塵だった。しかしその塵もほどなくして風に攫われ、まるで存在そのものがなかったかのように跡形もなく消えた。


 押さえ込んでいた圧が空気に変わる。ボクは遅れて息を吸った。つい今さっきまで、手元に押しつけていた何かがふいになくなる感触はなんとも言えない感触だった。


(これが、戦うということか……)


 はじめから邪鬼だったり魔物だったりするものと戦うことはこれまで散々やってきたから慣れていた。でも、つい半日ほど前までは人として生活していた人が目の前で塵となって消えていく様には少し動揺してしまったかもしれない。


 そんな様子を悟ってか、リゼがボクの方を見た。さっきまでの闘いの目ではない。申し訳なさそうで、遠くを見ているみたいな、そんな目。


「すまんな。お前に、こんなところを見せちまって」


 周囲を燃やす赤い炎が、彼女の頬とその髮を淡く染める。


「――助ける方法を、最後まで探した。けど、ここで私らが飲み込まれたら、もっと多くが死ぬ」


 その言葉に、言い訳は一つも混ざっていなかった。


(本当は、リゼさんも辛いはずなのに……)


 そう思うと、いつまでも動揺しているわけにはいかない。

 黒の塵はもうどこにもないのに、胸の奥でだけ、ざわめきがまだ鳴っていた。

 レオンハルトを“戻す”ことができなかったのは、悔しい。けれど――今、ここで守るべきものは消えていないんだと自分に言い聞かせる。


 そして、レオンハルトを押さえ込んでいたちょうど胸元辺りには、一つの見慣れない水晶が意味深に残っていた。


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