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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第8章 王都、動乱

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騎士団長の実力

 王宮から出て少し市街の方へと戻った先にある兵舎は、石造りの壁が陽光を跳ね返し、訓練場には乾いた砂の匂いが満ちていた。あちこちで木剣が打ち合わさる音、掛け声、鎧の擦れる金属音――何十人もの兵士がそれぞれの鍛錬に没頭している。


「ガレド、ちょっといいか」


 レオンハルトに名前を呼ばれると、訓練場の一角で部下の動きを見守っていた線の細い男がこちらを振り向く。背は高いが、感じるのは威圧感よりも安定感だった。呼ばれた副騎士団長――ガレド=バルクストンは、声の主とその一行に気がつくと、足早にこちらへ駆けつける。


「アグナル様、皆様、ようこそヴェルナードへ」

「フェン村ではどうも」


(ああ、あの戦を取りまとめていたのがこの人――)


 アグナルに挨拶を終えたガレドは、その目をボクに移す。人当たりが良さそうな目の奥で、測るような冷静さがきらりと光った。


「折角だ。ヴェルナードの“断剣”と呼ばれるガレドと――君、打ち合ってみないか?」


 レオンハルトは、まるで玩具を選ぶみたいな口調で言う。ボクは反射的にアグナルを見る。その視線の動きを、レオンハルトは見逃さない。


「アグナル郷も、よろしいですね?」

「彼は私の部下でも家臣でもない。来客であり、友人だ。私が決めることではありません」


 レオンハルトにはぴたりと距離を取る言葉。一方その直後、アグナルはボクにだけ穏やかな声音で続けた。


「コウ君、君の好きにするといいよ」


 一瞬だけ迷い、それでも答えはすぐに形になる。


「――是非、お願いします」


(自分の力が、どこまで通じるのか。確かめるんだ)


 ***


 円形の訓練場に人垣ができる。普段は指導に回るガレドの剣が見られるとあって、兵たちの期待と好奇のざわめきが波のように寄せては返す。


 ガレドと正対。踏み込めば、すぐに剣が届く距離。レオンハルトは先ほどまでの軽さを消し、獲物を観察する猛禽のような目でこちらを射抜いていた。


(見定められている――どこまで出すか)


 呼吸を整える。木剣を握り直し、切っ先越しにガレドを観る。あちらは落ち着いた様子で、しっかりとこちらを観察するようにじっと見ていた。


「――始め!」


(相手は受けの剣。ならば……)


 号令と同時に地面を蹴る。間を詰め、まずは肩口へ袈裟。硬い手応え。真正面から受け止められた。二合、三合――角度を変えて連打するが、すべてが厚い盾に吸い込まれるように止まる。


(安定してる。芯がぶれない受けの手堅い剣――)


 ボクは足運びを速め、間合いをずらし、拍子を乱して斬り込む。けれど、この程度の速度変化は織り込み済みらしく、刃先はことごとく逸らされた。


「……にゃろう」


 少し意地になる。踏み込みを深く、強打を落とす。がつん――正面から受けられた瞬間、今までは受けていただけなのに、今回は逆に押し返され、木剣が弾かれかける。


(はじき返して隙を作る――これが狙い)


 反撃の影が迫る。生身では捌き切れないと思った刹那、ボクは最小限に“気”を通して身体を補強した。白い揺らぎが肌にまとわり、踵が砂を掬う。バックステップで刃を紙一重で躱し、すぐに強化を解く。


 ――だが、今の白い微光は、見られた。


 輪の外から、わずかなざわめき。レオンハルトの瞳が愉悦に細められるのが、視界の端に見えた。


(ちょっとくらい、いいよね……?)


 そんなことを思いながら握り直した木剣の感触が、腹の底に芯を通す。


「あれが――黒の器、か」


 レオンハルトの声は低く、ひどく楽しそうだった。周囲の兵も、さきほどの一瞬を見逃さなかったらしく、「なぜ今のを避けられた?」と目配せを交わしている。


 目の前のガレドもまた、意外そうに眉をわずかに上げた。逃れきれないはずの間合いで空を切られたのだ。けれど、その驚きはすぐに消え、静かな興味へと変わる。


「なるほど。面白い」


 ガレドは木剣を構え直し、足下から“気”を練り上げた。空気が低く震える。彼の周囲に、金色の光を帯びた刃が三本、音もなく浮かび上がる。


「ガレド副騎士団長の“断剣の剣舞”だ!」

「あれをやられたらそう簡単には抜けないぞ……」


 兵たちが歓声を上げる。守りの陣。死角に入った攻撃を自動で迎撃するための、金の刃の舞――。


 ガレドは口を開く。


「一本でも、私に当てられたなら君の価値を認めよう。その前に、私が一太刀でも当てられれば、君の負けだ」


 宣言は淡々としているのに、逃げ道を閉ざす重みがあった。


「――面白いですね。どこまでできるか、試させてもらいます!」


(王国の最高峰に近い守りの剣。どこまでいけるか……!)


 ボクはこれまで積み上げてきたものを確認するように改めて覚悟を決め、再び踏み込む。


 正面はガレド自身が塞ぐ。ならば横――死角から回り込んで斬り込むと、浮遊する金の刃がすっと軌道に滑り込みボクの剣を弾く。その隙にガレド自身の木剣がこちらを襲う。なんとかガレドの木剣を躱すが手数で崩すには、守りの層が厚すぎる。


(防御特化の自動迎撃……“型”が見える)


 脳裏にリゼの声がよぎる。


「五行には得手不得手がある。火は攻め、金は硬さと断ち、土は支えを作る。それと、相克だ。水は火を消し、火は金を溶かす。そして金は木を断つ」


 ガレドの気は金の気。その点で言えば、まさにガレドの金の気は断つことに特化しつつ、且つ守りの剣が得意なのであろう。集団で戦う騎士団では、こういった守りに特化した剣士というのがいても良いのかもしれない。


(こういう強さも悪くないな。じゃ、これならどうだ)


 ボクは息を詰め、刃に“火の気”を灯す。薄紅の光が刀身を走り、空気がきい、と乾いた音を立てて熱を帯びる。


「これで、どうですか」


 ボクはガレドの周囲に舞う金の剣に対し、火の気を纏った気の剣を叩きつける。すると、金の刃が一つ、また一つとボクの剣に触れた瞬間にまるでバターを溶かすようにじわりと溶けて地に落ちた。すかさずガレドはボクに向かって剣を振るうがそこにはボクはもういない。


 ガレドからの一撃を避けるため距離を取る。すると再びガレドは気を練り直し新たな金色の剣を生み出すとこちらを向いてニヤリと笑う。


「さぁ、我慢比べだ」


***


 そこからは消耗戦だった。ボクは火の気で金の剣を打ち落とすと、ガレドは自分の剣でボクを攻めつつ、一方で金の気を使って気の剣を復活させる。


 数合、十数合――額に汗が滲むのは互いに同じだが、やがてガレドの呼吸に浅さが混じり始めた。


「ガレドをここまでやるか……」


 レオンハルトが口元を押さえ、笑みを呑み込む。一方、周囲の兵士は自分たちより明らかに幼い青年が自分たちの上司を打ち破るかもしれないというなんとも言えない緊張感を持って見守っていた。


 そんな横で、アグナル、セバスチャン、イリスは静かにそのときを待っていた。


「そろそろ、ですな」

「ああ。ガレドも、限界だ」

「コウ……」


 決着は一瞬だった。金の刃を落とす手応え。ガレドの眉間に苦悶が走る。彼は再び気を練り上げ――しかし、刃は生まれない。そして、その場にゆっくりと膝をつく。ガレドは未だ何が起ったのかわからない、といった顔をしていたが俯いて声を絞り出す。


「……参り、ました」


 土に視線を落としたまま、低く、潔い降参。張り詰めていた空気がほどけ、訓練場がどよめきに揺れた。誰もが言葉を失っている。静寂と喧噪の狭間で、レオンハルトの瞳だけが爛々と光っていた。


 そして、その沈黙を破ったのは、思いもよらない声だった。


「――どっかで感じた覚えのある気がぶつかってると思ったら。お前かよ、コウ」


 耳が勝手にそちらを向く。振り返った先、訓練場の出入口に、赤い髪の女が立っていた。


 片目に古い傷に真っ赤な長髪、燃えるような気配。それでいて、懐かしい匂い。


「リゼさん……?」


 喉の奥から零れた名を、彼女は肩をすくめて受け止めた。


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