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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第8章 王都、動乱

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謝罪

 フェン村での戦が終わってから、もう数日が経っていた。


 疲れが完全に抜けた頃、イリスが少し沈んだ顔でボクの部屋を訪れた。


「……お父様が、あなたを呼んでるわ」


 声に張りはあるのに、どこか翳りがあった。理由を尋ねようかと思ったけど、なんとなくイリスを困らせるになりそうだと思いボクは無言で頷いた。


 廊下を進み、アグナルの執務室の前で一度深呼吸をしてから、扉を軽く叩いた。


「コウです」

「入ってくれ」


 重々しい声が返ってきた。扉を開けると、中にはアグナルとセバスチャンの姿。二人の間にはどこか張り詰めた空気が漂っていて、ボクの横ではイリスがきゅっと唇を噛みしめていた。


「すまないね、コウ君」


 アグナルが深い皺を刻んだ顔をこちらに向ける。


「い、いえ……とんでもないです」


 どう返せばいいのかわからず、言葉が空回りする。

 アグナルはしばし黙り込み、そして重い口を開いた。


「実はね、君に謝らなければならないことがある」

「……え? 謝らないといけないこと……ですか?」


 アグナルからの思いも寄らない言葉に嫌な汗が背中を冷やした。アグナルは頷くと言葉を続ける。


「実はヴァルティア家は、数ヶ月前に王宮から『黒の器の情報を集めよ』と命じられていたんだ」


 突然告げられた事実にボクの思考は停止する。そしてアグナルは更なる事実を口にする。


「そして……君のことを、王宮に報告させてもらっていたんだ」


 言葉が胸を突いた。頭の中が真っ白になる。


 監視をされていた……? ――そんな思いがよぎる。何を言えばいいのかわからなくなった。


「だが……言い訳に聞こえるだろうが、一つだけ聞いてほしい」


 アグナルは苦しげに続ける。


「私たちは君を王宮に差し出すつもりはなかったし、今もその意思はない。できるわけ、君が王宮から遠ざけようと努力してきたんだ」


 そこまでいって、アグナルは大きく息を吐く。


「だが……状況は、そうもいかなくなってきた」


 そう言って、机の上から一通の便せんを差し出す。

 手に取って読み進めると、背筋が冷たくなる。


『貴君らが黒の器との親睦を深めるためにも、黒の器も王宮に招待する』


 そう書かれていた。


「これは……」


 思わず声が漏れる。


「私たちが君を連れて行かないから、強制的にでも呼び出そうということだ」


 頭の中で、怒りや不安、裏切られた思いと感謝の気持ちがぐるぐると渦を巻いた。


 これまでヴァルティア家でかくまってもらっていたのは監視が目的で騙されたという気持ち。一方で、王宮には差し出されなかったという感謝の気持ち。加えて、こないだのザイレムや今回のように王宮がこのボクを必要とする理由がいまいちわからないという気持ち。

そんないくつもの気持ちがボクの頭の中でぐるぐると回っていた。


 ――でも。


「……お話してくれて、ありがとうございます」


 気がつけば、口から出ていた。


「ボクは、ヴァルティア家の皆さんが大好きです。だから、信じます。どんなことがあっても」


 イリスの肩が震え、セバスチャンがほっとしたように目を閉じる。アグナルは深く息を吐き、胸に手を当てた。


「本当に、すまなかった」

「謝らないでください。ボクは、皆さんにどれだけ助けてもらったかわかりません。蒼玲流だって教わったし、イリスさんと一緒だったからシルバーランクにもなれた。感謝こそすれ、恨むことなんてありません」

「そうか……なら、よかった……」


 アグナルは胸をなで下ろし、心底ほっとしているようだった。

 そしてイリスは顔を上げて本題を切り出す。


「……お父様。コウもこう言っていることですし、ヴェルナードへは……」

「ああ」


 アグナルは頷いた。


「ここまで来たら、同行してもらうしかあるまい」

「行きましょう。自分の身くらい、自分で守れます」

「そうですな。今のコウ様なら、誰にも止められますまい」


 セバスチャンも言葉を添える。


「では……明日には出立だ。だが、くれぐれも無理はしないでくれ」


 アグナルの言葉に、ボクとイリスは視線を交わし、静かに頷いた。

 こうして、ボクたちの王都ヴェルナード行きは決定したのだった。


 ***


 数日後。

 ボクはアグナル、セバスチャン、そしてイリスと共に、初めての王都ヴェルナードへ足を踏み入れた。


 高くそびえる城壁をくぐった瞬間、目の前に広がった景色に息を呑む。


 石畳を埋め尽くすほど行き交う人々、すれ違う馬車の数、露店の活気。どれもがエルダスやグレナティスとは比べものにならない規模と熱気だった。道の幅も、扱う商品の数も、そして何より行き交う人の数も、全てがグレナティスやエルダスの数倍はあるだろう。


「す、すごい……」


 あっちにもこっちにも、目新しいものばかりで思わずボクは視線が泳いでしまう。


「もう、田舎者丸出しね」


 イリスが呆れたように言い放つ。けれど、その表情はどこか誇らしげで、凛とした足取りはさすが名家の令嬢という風格を漂わせていた。


(やっぱり……育ちが違うなぁ)


 そんなことを思いながら歩いていると、門兵に案内され王宮へと通された。広大な中庭を抜け、豪奢な応接室へ。


「今回は騎士団長様から直々に褒美を授けるとのことです」


 そう告げられ、しばし待つとやがて扉が開き、赤茶色の髪を一つに結んだ、真新しい鎧で身を包んだ騎士団長レオンハルトが入ってきた。


 (騎士団長なのに、全く傷が付いていない鎧……全然戦場に出てないってことか……)


 ボクはそんなことを思っていると、アグナルはすぐに立ち上がり、恭しく礼をした。


「此度はお声掛けいただき、光栄にございます」


 セバスチャンも続き、イリスもそれにならう。慌ててボクもぎこちなく頭を下げた。


「まぁ、掛けてください」


 年齢的にはアグナルの方が少し上のように見えるが、騎士団長と辺境の領主をやっている騎士では階級的には騎士団長の方が上のため、お互いが少し気を使ったしゃべり方をしている。


 レオンハルトは満足げに頷き、全員を座らせる。ボクは椅子の柔らかさに驚き、思わず体が後ろへ沈み込む。危うく転げそうになった瞬間、レオンハルトの目が細められた。


「君が……黒の器、だな?」


 突然の呼び名に、胸の奥がちくりと痛んだ。直接的ではないにしろ「黒の器」は「忌み子」なのだ。初対面の人に「黒の器」と呼ばれると、過去の忌み子と呼ばれ続けた過去が、瞬時に蘇る。


「は、はい……」


 かろうじてボクは声を絞り出すと、レオンハルトは何事もなかったように視線をアグナルへ移した。


「フェン村防衛の働き、誠にご苦労でございました」


 机の上に置かれた革袋がずしりと音を立てる。中には硬貨がはいっているのだろう。革袋の中で金属同士がぶつかる重い音が響く。


 アグナルはそれを両手で受け取り、「有り難く頂戴します」と深々と頭を下げる。セバスチャン、イリスも同じく頭を垂れ、ボクも遅れて慌てて倣った。


(こんな人にまで頭を下げないといけないなんて……アグナルさんたちは、本当に大変だ)


 内心でぼやきながら顔を上げると、レオンハルトが鋭い視線をこちらに向けていた。


「さて――つまらない話はこれくらいにしましょう。せっかくヴェルナードに来てもらったんです。アグナル卿には、兵の練兵の様子をぜひご覧いただいて、評価をいただけませんか?」


 そう言って立ち上がり、部屋の外へと向かう。

 アグナルは頷き、セバスチャンも静かに従う。イリスはちらりとボクを振り返り、小さく頷いた。


(……ここからが本番、か)


 兵士たちの実力をこの目で見られるという期待と、何か仕組まれているのではないかという不安とが、胸の中で入り混じる。


 何より、ボクはこのレオンハルトからにじみ出る「嫌な匂い」がどうにも気になった。


 ボクはその複雑な思いを抱えたまま、王宮の外へと歩を進めた。


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