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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第8章 王都、動乱

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リゼの過去

 王宮を出た夜、赤い旋風の二つ名のきっかけにもなった真っ赤な長い髪が冷たい風に吹かれながら、ふと昔を思い返した。


 両親は若くして他界し、身寄りのなかった私は村の剣術道場で拾われるように暮らした。

 やることもなく、ただ暇つぶしに木刀を振るっているうちに、いつの間にか周りがついて来られなくなった。十歳を過ぎる頃には、道場の誰も私の相手を務められなかった。褒められこそすれ、どこか恐れられている――そんな空気を、子ども心にも感じていた。


 だからだろう。師範から「王宮の騎士団が募集している。推薦しよう」と告げられたときは、誇らしい反面、寂しさもあった。この道場もまた、私の居場所ではなくなったのだと悟ったからだ。


 騎士団の入団試験には合格したものの、平民出身の私は当然のように雑兵扱いだった。剣を握らされるより荷を運ばされる日々。だが、そこで気の扱いを身につけたことで、剣技と相乗し、私は戦場で頭角を現した。


 功績を重ね、兵士長、騎士見習い、そして正式に騎士へとトントン拍子に上がっていった。この頃からだろう、赤い旋風なんて恥ずかしい二つ名で呼ばれるようになったのは。


 血を吐くような年月を経て、副団長を経由し、気づけば騎士団長の椅子に座っていた。


 ただ、平民上がりの騎士団長は前代未聞だった。騎士団は元来、貴族の舞台だ。平民からの入団も受け付けていたが、多くは兵士止まりで良くて兵士長だった。だからだろう。私の出世を快く思わない者は多く、会議の場では幾度となく冷たい視線を浴びた。ただ、当時の騎士団長だけは私のことを認めてくれて、後任はお前ならこの騎士団を変えられるかもしれないと言ってくれ加齢で引退する元騎士団長の替わりに私が勤めることになったのだ。


 そして私が騎士団長に上がる頃、貴族の名門グレイス家から入団してきたのがレオンハルトだった。若くして権勢を笠に着て、上手く立ち回り、出世街道をすいすい登っていった。実力よりも家柄と人脈――私とは対照的なやり方だった。


 そして忘れもしない、とある任務の日。邪鬼が発生したと聞き、駆けつけた村は既に壊滅していた。焼け焦げた家屋と倒れた村人。血の匂いが立ち込める中で、ただ一人、そこに少年がうずくまっていた。


 ――黒い瞳と黒い髪を持つ少年、それがヴァルだった。


 騎士団の中でめざとい連中は彼がすぐに伝承にある黒の器だと気がつき、口々に「利用できる」と囁いた。王宮への報告、派閥争い。多くの騎士はヴァルを人扱いせず、ただの兵器として捉え、そして権力争いの道具にしようとする様が、胸糞悪かった。


 私も黒の器の伝承は聞いていた。たしかに、全属性を使え、膨大な命気を有するのは魅力的だ。しかし、それが御せなかった場合のリスクも同時に計り知れないことを私は感じていた。


 ましてや、身内の無残な死を見た後だ。暴走するリスクも非常に高い状態だったと思う。


 だからある日、私はヴァルを無理矢理兵器として鍛えようとする騎士どもにいよいよ我慢ならず剣を抜いた。近くにいた騎士団員たちが色めき立つが私はヴァルの肩にそっと手を置き、睨み据えながら言った。


 「この子の面倒は、私が見る。誰の道具にもさせない」


 団長であった私を止める者はいなかった。むしろ「扱いづらい目の上の瘤が勝手に出て行ってくれた」と安堵した者すらいたろう。そうして私はヴァルを連れ、騎士団を去った。

 その後のことは、一部の騎士団の人間は知っている通りだった。


 私はヴァルを育てようとしたが、彼はやがて邪鬼となった。師でありながら救えなかった過去。それを背負ったまま、私は放浪を続け、今に至る。


 ……あれから10年以上経っていた。再び私は、騎士団に力を貸そうとしている。


 (本当に皮肉なもんだ。あの頃、反吐が出ると背を向けた場所に、自ら足を運ぶ日が来るとはな)


 夜空に浮かぶ月を仰ぎ、私は息を吐いた。


 「頼むぞ、コウ。お前はヴァルの二の舞にはなるな」


 ***


 王宮の一角。煌びやかな調度品で飾られた部屋の中で、レオンハルトは椅子に深く腰掛けていた。窓の外には夜の帳が降り、ランプの火が揺らめく。報告を終えた兵士が姿勢を正している。


 「なるほど。じゃあやっぱり、ザイレム帝国の狙いは黒の器ってことか」

 「はい。戦闘開始前に敵兵がそう口にしておりましたので、間違いないかと」


 レオンハルトは指先で机を軽く叩きながらうなずいた。その瞳は、妙な光を帯びている。


 「それで? その場に黒の器はいたんだろう? ヴァルティア家はどうした?」


 兵士は言葉を選びつつ、報告を続ける。


 「は……ヴァルティア家としても黒の器を戦に参加させていたようですが、肝心の扱いについては相変わらず“様子見”を決め込んでいるようで……」

 「そっか。――んじゃ、そろそろヴァルティア家にも、黒の器をこっちに連れてきてもらおうかな。僕もそろそろこの目でこの時代の黒の器を見てみたいんだよね」


 軽く言い放たれた一言に、兵士の顔色が変わった。口ごもりながらも、思わず声をあげる。


 「で、ですが……リゼ様とのお約束が――」

 「何言ってるの?」


 レオンハルトの声色が急に冷たくなる。兵士は背筋を正すしかなかった。


 「僕が指示したんじゃない。アグナルさんが“自主的に”黒の器を連れてくるだけだよ。僕は何も命じてない。……そうだろう?」

 「は、仰る通りにございます」

 「上手くやっておいてくれよ。それが君たちの仕事なんだから」


 鋭い視線を浴びせられ、兵士は慌てて深く頭を下げた。その背中は緊張で強張り、やがて足早に部屋を辞していく。残されたレオンハルトは一人、静まり返った室内で独り言を漏らした。


 「黒の器を手元に置ければ、この国はもっともっと軍事力を高められる。そうすれば、さらに富が……名誉が……権利が……そして女が、僕の物に。そして、陛下からの覚えも、より確かなものになる」


 欲望を噛みしめるように言葉を繰り返し、やがてその唇が歪む。


 「フフフ……フフフフフ……フハハハハハ!」


 王宮の夜を震わせるレオンハルトは、まるで欲という悪魔に取り憑かれたかのようだった。胸元のペンダントは、九割方黒く染まっていた。


 ***


 フェン村での戦が終わって数日後。グレナティス領主館の執務室に、王宮からの封書が届けられた。厚い蝋で封がされ、金の紋章がきらめいている。アグナルは机に腰を下ろし、無言でそれを開いた。


 「……」


 文面に目を通した途端、彼の表情が険しくなる。苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、深いため息を吐いた。


 「前回の戦の褒美を渡したい、その際に貴君らが黒の器との親睦を深めるためにも、黒の器も王宮に招待する――か」


 声に苛立ちがにじんでいた。アグナルはそのまま手紙を隣に控えていたセバスチャンへ差し出す。老騎士は目を細めながら受け取り、静かに読み上げた。


 「……なるほど。表向きは『連れてきてもよい』としておりますが、現実的には『同行させよ』という指示ですな。ついにコウ様に来いと、そう言ってきましたか」


 アグナルは黙って頷く。その姿に、セバスチャンもまた重々しく息を吐いた。二人の間に、言葉にならない重苦しい空気が広がる。


 「いよいよ、囲いきれなくなってきた……」


 アグナルのつぶやきは、執務室の壁に沈み込むように響いた。


 王宮からの招待。それは褒美という飾りの裏に、黒の器を王の手に収めようとする意志が透けて見える。重くのしかかる現実に、二人はただ黙り込むしかなかった。


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