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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第8章 王都、動乱

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黒の器調査

 結局、私はレオンハルトからの要望を受けることにした。


 (毒を食らわば皿までってな。どうにもこの国全体に不穏な空気が漂ってる。その実情を掴むには、いっそ少しばかりこの腐った器に自分も浸かってみるほうが早い)


 名目は「黒の器の捜索」。とはいうものの実質は王国の動きを探る旅だ。コウを探すフリをしつつ、どこの誰が、何が“怪しい”か、それを指示しているのが誰か。この辺りを探ることで、病巣の原因を突き止めることができる。


 それから私は、セレフィア王国内のあっちこっちを回った。兵士からは「この辺りを探ってほしい」「次はあの村」と細切れの指示が飛んでくる。王国内の街での聞き込みをメインに、街道沿いの関所、駐屯地の酒場。聞き込みは続けたが、「黒目黒髪の十五歳前後の男」なんて特徴だけで当たりを引けるほど、この国は狭くないし、誰もそんな細かいことを覚えちゃいない。大半は噂話の尾ひれで終わる。ギルドにも調査はかけているらしいが、エルダスにコウを預ける前に調査があってもコウのことは口外するな、とギルバードに念を押しておいたからおそらくそこからわかることはないだろう。


 唯一、私が知らないところでコウの足跡を掴んだのは “吸穢の祠”に足を運んだときだ。ここは古くから穢気が溜まりやすい。私はこれまでもここは定期的に見回って、邪鬼になりかけの魔物を掃除してきた。


 だが、その日は様子が違った。

 洞内の空気が、軽い。気のざわめきが薄い。魔物の数も目に見えて少ない。最深部の水晶――穢気を溜める器のはずのそれが、前回数年前に来た時よりも透明度を上げていた。


 (この水晶から穢気が減るのは、この水晶より“ふさわしい器”が近くを通った時だけ。ってことは……コウ。お前、ここに来ていたのか)


 私は気を研ぎ澄まし、祠に残った“痕”をなぞる。岩肌に触れ、呼吸を整え、目を閉じる。

 ――いた。ほんのかすかな、白く澄んだ気を感じる。


 「ふっ……がんばってるみたいだな」


 思わず口元が緩む。もしコウが穢気に飲まれていたら、ここら一帯は大騒ぎになっているはずだ。それがないということは、うまく対処したということ。あいつは、私の手を離れても前に進めている。


 数ヶ月のあいだに、弟子が自分の手の届かないところで成長している。その事実が、自分のこと以上に嬉しかった。もう少し傍で育てたほうがよいか、と迷った時期もあったが、外に出す判断は間違っていなかったらしい。

 もちろん、このことは国には報告しない。胸の内に沈めておく。


 祠を出た私は、調査を平行して続けた。黒の器に関する情報は元より限られた者にしか知らされていない。だから、現場の兵の大半は「黒目黒髪の少年を探せ」という大ざっぱな方針だけで動いている。つまり指示の大元はもっと上流で、レオンハルトの近辺か、あるいはそれ以上の権力でまとめられている。


 (気になるのは――王宮全体の“匂い”だ。前にいた頃より、はるかに濃い。穢気が蔓延してやがる。どこかにいる、黒幕が)


 私は黒の器探索と平行して、各所で聞き込みを続ける。そうして耳にするのは、至る所で溢れる王宮内の不祥事や権利者にとって都合の良い反発者の不審死。そして、レオンハルトが権力を笠に好き勝手やってる噂。


 私は部屋に戻り思考をまとめる。


 (やはり、この国の中枢に病巣がある。それも、病魔の影響範囲が広い……)


 そこまで思案し、私は一つの仮説に行き当たる。


(もしや……王族が……?)


 ランプの火が小さく揺れる。窓を開けると、都の夜気がするりと入ってきた。

 私は縁台に腰掛け、空を見上げる。


「生きてろよ、コウ。こっちはこっちで、やるべきことをやる」


 ***


 しばらくして、私はまたレオンハルトに呼び出された。相変わらず趣味の悪い応接室に通され、少し遅れて当人が現れる。


 「忙しいところをわざわざ、騎士団長様直々の対応、申し訳ないね」

 「いえいえ。部下のため、国のために身を粉にするのは、上に立つ者の当然の心構えですから」


 嫌みのつもりでいったのだが、嫌味を真に受ける才能は相変わらずだ。この神経の図太さというか鈍感力がこいつをここまで押し上げたのかもしれない。


 私は背もたれに身体を預け、天井を眺める。


 「それで、黒の器の調査は?」

 「いやぁ、からっきしだ。かすりもしねぇ」


 いつものやり取り――のはずだった。だが今日は、レオンハルトの目線が一瞬だけ硬くなる。


 「そうですか……」


 レオンハルトはそう口にすると、大きくため息をついて言葉を続ける。


 「いや、実はですね。こちらで並行して調査したところ、黒目黒髪の少年がグレナティスで世話になっているらしい、という話がありまして」

 「グレナティスか、それで?」

 「その少年、“コウ”という名前らしいんですけどリゼさん、心当たりないですか?」


 背中に冷や汗が一筋、落ちたのが自分でもわかる。


 「さぁ、記憶にないな。で、そいつは黒の器なのか?」

 「どうでしょうね。ただ、グレナティスの領主のヴァルティア家でお世話になっているとのこと。さらに、領主曰く、そのコウという少年はリゼさんという方から修行を受け、なかなか腕が立つとか」


 そこまで言われれば、しらばっくれるのも芸がない。私は息を吐き、レオンハルトを真正面から見据える。


 「そこまでわかってるなら話は早い。――で、お前はどうしたいんだ」

 「助かります。僕、こう見えて忙しいので」


 レオンハルトは唇だけで笑う、薄い笑みを浮かべた。


 「黒の器に、師匠であるあなたから声をかけてください。穏便な形で、この国の力になってもらえるように」


 私は顔を上げ、じっとレオンハルトの目を見て聞き返す。


 「断る、と言ったら?」

「そうですね……黒の器ほどではないにしろ、リゼさんの戦力は今のセレフィア王国にとって非常に貴重です。昔のように、その力を国のために振るっていただけると――」


 レオンハルトはわずかに肩をすくめながら続ける。


 「別に、無理にとは申しませんよ。黒の器をヴァルティア家から“丁寧に”お連れする手もあります。もちろん、前の子のようになる危険はありますけどね。いっそ邪鬼化させて、今の邪鬼王にぶつける――そういう使い方も、なくはないかもしれませんね」


 私は立ち上がっていた。椅子の脚が床を鳴らす。


 こいつは、やっぱり――。


 胸の奥で火がついた。私は一歩踏み出し、テーブルに片手をついた。


 「いいか、レオン。黒の器なんて呼び方であいつを呼ぶな。あいつには“コウ”っていうちゃんとした名前があるんだ。お前らが好き勝手に戦力としてみなすようなただの武器でも兵器でもないんだよっ!」


 レオンハルトは肩越しに窓の外を眺め、ゆっくりとこちらに振り返る。


 「昔から変わりませんね、リゼさん。綺麗事をやめてもっと貪欲になればこの国はあなたの思いのままにできたかもしれないのに」

 「それが嫌だから私はこの国に仕えるのが嫌になったんだよ! コウをお前らの良いように使ってみろ。そのときお前らがどうなるのか、わかってんだろうな……?」


 私はレオンハルトを睨み付けるがこいつには暖簾に腕押しのようだ。


 「まぁそう、熱くならないでください。リゼさんがこの国に力を貸してくれれば」


 そこまでレオンハルトが言ったのを聞いて私は口を挟む。


 「……あぁ、貸してやるよ。私の力を。だがな、万が一コウに手を出したら覚悟しておけよ」


 右手に気を集める。掌が気で満ちると、赤い炎が一瞬だけ立ち上がる。部屋の空気がわずかに震え、壁の装飾がチリ、と鳴った。

 レオンハルトは片手を胸に当て、薄く会釈した。


 「承知しました。騎士団長レオンハルトが、黒の器に対して直接関与しないことを、ここに誓いましょう」


 “直接”。私はその一語を心の中で転がす。


 (言葉は綺麗だが、抜け道はいくらでも作れる。だからこそ、私が“見て”おく)


 「で、次は?」


 私は椅子に座り直すと、レオンハルトは顎に指を当てて考える素振りを見せた。


 「おそらく近いうちに、ザイレム帝国との戦が本格化します。小競り合いにあなたを使うつもりはありませんが、王都が危機に瀕した際には、その力を」

 「いいだろう。何かあれば呼べ」

 「その際は、ぜひ」


 私は立ち上がり、踵を返して部屋をでる。


 (……今回、話し方こそいつもと同じだったが、レオンからいつも以上に穢気の匂いがした。まさかあいつ自身が黒幕……なわけないか)


 振り返りはしない。今はまだ、断片を積む時期だ。

 廊下に出ると、王宮の空気はやっぱり甘く、重い。香の匂いで誤魔化された何かがここにある。


 王宮の石段を降りながら、私は息を整える。


 (生きろよ、コウ。国がどうであれ、お前はお前らしくいろ。お前らしくいられるように、師匠の私が、なんとか道を切り開いてやる)


 私は王宮を後にした。外の風はまだ冷たく、しかし、遠くで鳥が鳴いていた。次の嵐までの短い間隙――私が動くには、十分だ。


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