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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第8章 王都、動乱

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コウの修行後

 時は少し遡る。

 ユグ山でコウに最後の修行を付け終え、彼がエルダスに向かった日の夜のことだった。


 「ふぅ……なかなかにじゃじゃ馬だったが、あれくらいの実力があればゴールドランク程度のクエストなら苦労はするかもしれないが、死にゃしないだろ」


 私――リゼは、コウと二人で暮らしていた山小屋を片付けながらそう呟いた。積み上げた薪の束、所々地面に残る刀傷、そして炉端で焼いた干し肉の匂い。どれもが、コウと過ごした日々を思い出させる。


 戸口に立ち、最後にもう一度だけ振り返った。小さな影があったはずの場所は空っぽで、風がひゅうと吹き抜ける。


 私の見ている風景の中に、二人の少年がそれぞれいた。一人は、つい今朝まで修行を付けていたコウ。そして、もう一人は、コウと出会う10年近く前に同じように黒の器として見つけ育て、そして邪鬼になり果てたヴァル。


 「頼むぞ、コウ。……ヴァルを、止めてやってくれ」


 口からこぼれた声は、我ながら情けないくらいに掠れていた。だがそれは確かに、師匠としての願いだった。


 ***


 それからしばらく、私は敢えてコウの近くにいないようにした。あいつは一人で歩き出したのだ。近くにいるとどうしても手助けをしたくなってしまう。ならば、私は私でやるべきことをやらねばならない。向かった先は、最近きな臭さを感じる王都ヴェルナード。


 「何年ぶりかな、ここに戻ってくるのは」


 門をくぐった瞬間、思わず口に出してしまう。石畳の通りはかつてよりも整備され、人々は華やかな衣を身にまとい、往来は活気づいていた。――どうやら、私の知らぬ間に国は平和を謳歌しているらしい。


 都心から少し外れた宿に腰を落ち着け、そこで生活を始めた。適当にその辺の魔物を狩り、魔石を売れば生活はいくらでもできた。


 そんなある日、魔石を販売して宿の近くにある馴染みの酒場に立ち寄った。いつもの窓際、外が見える席に腰を落ち着ける。食事をしながらグラスを傾けていると、不意に背後から声をかけられた。


 「リゼ様、ですね……?」

 「っち……」


 思わず舌打ちが漏れる。


 (ヴェルナードを出てから十年以上経っているというのに……どうしてまだ気づかれるんだよ)


 「人違いじゃないか?」


 私は軽く受け流す。だが相手は諦める気配を見せない。むしろ声を大きくして――


 「元王国騎士団長、“赤い旋風”のリゼ様ですよね?」


 周囲の客がざわめいた。


「え、赤い旋風って……あの赤い旋風か……?」


 瞬く間に酒場内に声が広がる。

 私は額を押さえ、深いため息をついた。


「そうだが……?」


 観念して答えると、兵士は直立し直し、恭しく告げる。


 「騎士団長が、ぜひリゼ様にお目にかかりたいと申しておりまして」

 「……レオンも偉くなったもんだな。私に出向けとは」


 鼻で笑いながら呟く。今の王国騎士団長――レオンハルト・グレイスは、かつての私の部下だった。昔から調子のいいやつで、風の噂で騎士団長に就いたと耳にしていたが、まさか本人から招かれるとは思わなかった。


 「あいつは赤茶の髪、まだ伸ばしてるのか?」

 「は、はぁ……」


 兵士は困惑気味に頷く。


 「ふん、いくら私の真似をしたって、技術が真似できるわけじゃない。そんなところに気を使う暇があったら、少しでも剣の鍛錬でもしたらどうだって……お前も思うだろ?」


 兵士はしどろもどろになり、生返事しかできない。私は肩をすくめて笑った。


 「まぁ、困らせても仕方ないか。悪かったな。……よし、行ってやるよ。騎士団長様のお呼びとあらば、断る理由もないだろう」


 そう言って立ち上がり会計を済ますと周囲の客のざわめきがさらに広がった。私はグラスを飲み干し、酒場を後にする。


 (はぁ、この店の料理、上手かったんだけどもう来れないな)


 私は口の中に残る鶏肉のローストの味をしっかりと味わいながら店を出ると、胸の奥で、妙な胸騒ぎが広がっていた。


 ***


 兵士に連れられ、私は王都の中心へと足を進めた。てっきり詰め所に案内されるものと思っていたが、兵士はそこを素通りし、王宮の門へと向かった。


 「おい、レオンのところに行くんじゃないのか?」

 「はい。騎士団長は現在、王宮にお部屋をお持ちですので」

 「はぁ? あいつ、王宮に部屋持ってんの!?」


 思わず大声を上げると、兵士はばつが悪そうに黙って頷いた。


 「ったく……騎士団長が王宮に引き籠もってどうするんだよ。いーねぇ、平和な世の中の騎士団長様は」


 王宮内で騎士団長の皮肉を吐き捨てると、横を歩く兵士はますます縮こまってしまった。

 やがて案内されたのは、王宮の応接室だった。


 「騎士団長を呼んで参ります。こちらでお待ちください」


 そう言い残し、兵士はそそくさと退室する。余程、私と一緒にいるのが居心地悪かったのだろう。


 「全く……無駄に豪華な部屋だな」


 壁には豪奢な絵画、棚には磨き上げられた壺や皿。腰を下ろした椅子は身体をすっぽりと包み込み、背もたれに頭を預けると、眠気が押し寄せてくるほどだった。私は頭の後ろに手を組み、天井を仰ぐ。


 しばらく待つと、廊下から鎧の音が近づいてくる。カチャ、カチャ、と規則正しい足音。そしてノックの後、扉が開かれた。


 「お待たせしました、リゼさん」


 姿を現したのは、赤茶の髪を後ろでまとめ、傷一つない鎧を着込んだ男だった。胸元に飾られた装飾は、いかにも「権威」を誇示するためのものに見える。


 彼――レオンハルトは私にそのまま歩み寄り、手を差し出してきた。私は仕方なくその手を握り返す。……その瞬間、驚愕した。


 「お前……全く剣を握ってないだろ」


 剣士ならば必ず残るはずの、固いタコがなかった。柔らかすぎる掌に、思わず力を込めて握り返す。


 レオンハルトは微笑み、軽口を叩いた。


 「リゼさんの手は、相変わらずですね。近頃は関係各署の調整に追われましてね。剣を握るより、ペンを握る方が多いんですよ。困ったものです」

 「ふん……それで騎士団長だと? この国も随分と平和になったもんだな」


 嫌味を込めて吐き捨てると、レオンハルトは涼しい顔で返す。


 「えぇ。これで“邪鬼の国”さえなければ、もっと平和だったんですがね」


 胸の奥がちくりと痛む。私は唇を噛み、言葉を失った。


 (胸くそ悪いやつだぜ……)


 心の中でそう呟きながら、さっさと用件だけ聞いて帰ると決めた。


 「で、用件はなんだ?」

 「まぁまぁ、そう急がないでくださいよ。折角十数年ぶりにお会いしたんですから」

 「あいにく、貧乏暇無しで騎士団長様ほどお金がないもんでね、働かないと喰っていけないんだよ」


 私が本当に嫌そうな顔をするのでレオンハルトは少し残念そうな顔をしながらもしょうがないか、と諦め本題を切り出す。


 「リゼさん、新しい黒の器、知りませんか?」

 「さぁな。その件はもう前回の失敗でこりごりだ」


 私はこの質問を想定していたため、予め準備した内容を答える。


 (やはりその件か。だが、ユグ山にいた時に誰にも見られなかったはずだからばれることはないと思うんだが)


 「そうですか……リゼさん、もし本当にお金に困ってるなら、騎士団からの依頼として黒の器を探すの、手伝ってくれません? 色々と各国が攻め込もうとしてるので兵士の数が足りて無くて」

 「各国が攻め込もうとしてるんじゃなくて、うちの国が他国に侵略しようとしてるからきな臭いことになってるんだろ」


 そう言いながら、私は頭の中で考える。


 (上手く入り込めば、今の王国内の状況をこれまでよりも把握ができるかもしれない……か)


 「まるでうちの国が悪いことしてるみたいな言い草じゃないですか、リゼさん」

 「だってそうだろう? まぁいい。その件はちょっと考えさせてくれ」


 そう言って席を立つとレオンハルトは「良いお返事、期待してますよ」と一言添えて、私をおとなしく見送った。


 (さぁて、どうしたもんかな)


 私は頭の中で色んなことを天秤にかけながら自分の今後の身の振り方を考えていた。

新章、スタートです!ここから一気に国の争いにコウが巻き込まれていきます!

あと2話、リゼ視点での物語が続きますがしばらくお付き合いください!


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