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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第7章 狙われたフェン村

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接触

 戦場全体を見渡せば、セレフィア側が優勢に押していた。イリス達小隊の働きもあって、敵は三方を囲まれつつあり、ザイレム側の防衛線は少しずつ後退している。剣戟と怒号の響く戦場の中で、ボクはイリスから離れすぎないよう注意しながら、戦場全体を見渡していると、妙な気配を感じる。


 (なんだ……?)


 最初は些細な違和感だった。でも、感覚をその違和感の方に集中していくと違和感の原因を見つける。


 ――あれだ。


 人の気とは違う、ひどく重たい“何か”が森の奥から漂っている。戦争の只中だというのに、戦場の中心から外れた場所から発せられていた。


(人の気じゃない……? 戦いとは関係ない……?)


 この戦況をひっくり返すためのザイレム側の秘策か、はたまた全く関係ないのか。ただ、あまり良い感じの気ではないため、できることなら確認しておきたい。


 イリスの様子に目をやると、何やら腕の立ちそうな人と連携をしているから大丈夫そうだ。それに、選挙区全体もこちらが窮地に立たされているわけではない。


(少し確かめに行くくらいなら、なんとかなりそうだ)


 そう判断して、ボクは敵兵の槍をすり抜けながら気配の方向へと足を向けた。


 森に入ると、木々の切れ目に小さな空間が開けていた。そこに、一人の白髪の男が抜き身の剣を抱えて座り込んでいる。ボクの気配に気づいたのか、男は静かに立ち上がり、剣を構えた。


 (この気は……やっぱり邪鬼? でも見た目は普通の人だよな……)


 邪鬼の特徴である黒い気に覆われこそしているものの、その身からは、欲望の塊のようなものが感じられない。ただ、無理やり力を絞り出しているような苦しさが滲み出ている。

 その時、背後から朱色の髪の女性が現れた。


 「やはり現れたわね。――あいつが黒の器よ」


 女が囁くと、白髪の男は土を踏み砕きながら一気に距離を詰めてきた。


 「っ!」


 咄嗟に剣を構える。横一線の斬撃を受け止めたものの、勢いに耐えきれず後方に弾き飛ばされた。肺が押し潰されるような衝撃に呻きながらも、必死に体を立て直す。


 (速さも力も、これまでの邪鬼以上……でも、人の指示を聞いてる? やっぱり邪鬼じゃない)


 白髪の男は苦悶の表情を浮かべたまま再び迫る。


 (出し惜しみをしてる場合じゃ……ない!)


 迫る相手の剣を身体強化で迎え撃つ。白と黒の気が火花のように弾け飛んだ。


 身体強化を使ってようやく拮抗できるが、鍔迫り合いになれば押し負ける。


 (単純な力比べじゃ勝てない……!)


 蒼玲流の技を思い出し、相手の剣をいなし、なんとか隙を作ろうとする。


 相手からの横一線を上手く上方向に剣を滑らせ軌道を変えて、相手の胴ががら空きになる。しかしそこから踏み込んでこちらが踏み込もうとしたときには既に相手の剣が受けの体勢をつくれてしまっている。


 確かに隙はできる。だが、圧倒的な速度と力の前には無力だった。今度は上段からの相手の斬り降ろしを躱して反撃に出ようとした瞬間――


 「なっ……!」


 相手は袈裟斬りの勢いを利用して一回転したと思うと、そのままその回転を利用した横薙ぎが飛んできた。辛うじて斬り上げかけた剣で受け止めるが、そのまま二度目の衝撃で吹き飛ばされた。


 地面を転がりながら立ち上がる。


(……身体強化をしても対等にやれるのは、セバスチャンとの試合ぶりかな)


 唇を噛んで前を睨むと、先ほどの朱色の女性が男とボクの間に割って入った。


 「流石ね、このセルギスと互角にやり合うなんて」


 (セルギス……どこかで名前を聞いたような気が……)


 セルギス――そう呼ばれた男は、なお苦しそうに肩を上下させている。その背後から、もう一人の女性が姿を見せた。巫女装束に身を包み、片方の女性と同じ朱色の髪。ボクは見覚えがあった。


 「……カレンさん……?」


 思わず名を呼ぶと、彼女は剣を鞘に収めながら静かに頷いた。


 「カレン、やはりあなたの言った通りだったわ。彼が黒の器……私が帝都にいた時に出会えていれば、無駄な侵攻は避けられたのにね」


 ボクは状況がわからずカレンともう一人の女性を交互に見ているともう一人の女性は妖艶にうっすらと笑みを浮かべる。


 「あぁ、自己紹介がまだだったわね。私はユエン。カレンの母親よ。あなたが帝都でカレンから受けた治療は、私の教えがあってこそよ? ちょっとは感謝してほしいものだわ」

 「そ、そうだったのですね。ありがとうございます」


 ボクは警戒しながらも礼を言いながら少しだけ頭を下げる。


 女――ユエンはさらりと髪をかき上げる。その姿はどこか大人びた艶を帯びていた。

 ボクは気になっていたことを改めて確認する。


 「それで……フェン村にわざわざ来たのは……」

 「えぇ。あなたを呼び寄せるためよ」

 「でも、黒の器って忌み子じゃ……」

 「平和なセレフィアは羨ましいわね。黒の器を忌み子、だなんて嫌う余裕があるのだから」


 意味が掴めず唖然とするボクを前に、ユエンは続けた。


 「あなたの力――もっと安定して使いたいなら、私のもとへ来なさい。今よりも自在に扱えるようにしてあげるわ」

 「……どういう、こと……?」


 問いかけかけた瞬間、カレンが声を上げる。


 「お母様、そろそろ……セルギス様が」

 「そうね。目的は果たしたもの。……コウ君、だったかしら。よかったらザイレムへ来なさい。その時はゆっくり話をしましょう。ただし――それまで邪気に飲まれなければ、だけどね」


 挑発めいた笑みを残し、ユエンとカレン、セルギスの三人は森の奥へと消えていった。

 残されたボクは剣を握りしめたまま、しばらく立ち尽くしていた。


 (この力を、もっと安定して使えることができるようになる……)


 ユエンから言われた言葉がボクの頭の中で何度も繰り返されていた。


 ***


 ボクが自陣に戻る頃には、ザイレム帝国は完全に撤退を決めこみ、戦線を下げていた。ザイレムにとって、不利な状況ではあるものの明らかな作戦変更がセレフィア側からも見て取れた。元々、防衛のための戦だったこと、相手の罠の疑いもあったことから、セレフィア側も深追いはやめ、相手の撤退を静かに見届ける形となった。


 完全に相手が撤退することを確認すると、アグナルは前線に現れる。


 「貴君らの活躍により、フェン村からザイレム帝国は撤退した! よくやってくれた!」


 アグナルは剣を掲げて、防衛戦の終了を告げると、周辺の兵士も剣を天に突き上げて呼応し雄叫びを上げる。


 久しぶりの外国との戦での勝利は、大いに兵士を興奮させていた。それが、束の間の勝利だということをこのときは兵士の誰もが思いもしなかっただろう。

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