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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第7章 狙われたフェン村

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開戦準備

 フェン村は騒然としていた。


 いつもは牛の鳴き声と子どもたちのはしゃぐ声しか聞こえない村に、避難の指示を急ぐ張り詰めた声や慌ただしい足音が満ちている。


 ことの発端は、その朝だった。セレフィア王国の副騎士団長が、村長のもとを訪れたのだ。普段、王都の役人どころか地方の兵士ですらほとんど顔を見せたことがないこの村に、副騎士団長が直々に足を運ぶなど、誰一人として予想していなかった。


 「……この地で戦争が起こる可能性がある」


 副騎士団長がそう切り出した瞬間、村長は目を丸くした。


 「な、なんでこんな辺鄙な村を……」


 副騎士団長は表情を変えずに答える。


 「理由は私にもわかりません。ただ、確かな情報です。ですので、明日中には避難の準備を」


 村長は渋い顔をして顎を撫で、しばらく黙っていたが、やがて観念したように頷いた。


 「……わかった。そういうことなら」


 副騎士団長は村長と協力して村人たちを集め、指示を飛ばした。交戦は基本的に村の外で行う予定だが、どこから敵が流れ込むかわからない。だから村人は極力、一つの建物に集まることを指示した。といっても、フェン村は大きな街ではないため、村の中で一番大きな集会所に村の一堂が集まることになった。


 広場では母親がいつもと違う様子に泣き始める子どもを抱きかかえ、必死に慰めながらも不安げに空を見上げていた。老人たちは震える手で荷物をまとめ、家畜をどうするかで言い争っていた。普段から村人同士の関係がそこまではよくないことが、この状況を混沌とさせるのに拍車をかけた。その姿は、まるで見知らぬ影に怯える獣の群れのようだ。


 一通り村人が移動をはじめてあとは時間をかければなんとかなることを確認すると、副騎士団長は改めて村長に向き直った。


 「最後にもしご存じであれば教えて下さい。私どもも、なぜザイレム帝国から王都を通り過ぎたこのフェン村に敢えて攻め入ろうとしているのか疑問があります。もし、特に守った方が良い人や何かがあるのであれば、優先してこの王国騎士団が守りますが思い当たることはありますか?」


 村長はしばし顎を摩り、口を開いた。


 「……そうだねぇ。本当にこの村は土地も痩せて、名産と呼べるものもないからなぁ。むしろ、この村には“忌み子”と呼ばれる存在はいたがこの村の特徴といえばその程度さ。そんな守らなきゃいけないものがあるなら、儂たちが教えて欲しいくらいさね」


 あっけらかんとした口調に、副騎士団長は一瞬眉をひそめたが、すぐに無表情に戻る。


 「そうでしたか。それは確かに、他国が攻め入る理由にはならなそうですな。ただ、だからといってこの村の皆様もセレフィア王国の大切な国民です。この騎士団が責任を持ってお守りしますのでご安心を」


 そう言い残し、村長に一礼して去っていった。


 村を後にした副騎士団長は、街道に出るや否や早馬を呼び寄せ、急ぎ手紙をしたためる。

 その文面は、簡潔でありながら緊張感に満ちていた。


 ――ザイレム帝国の狙いは黒の器の可能性有り。

 ――アグナル氏と連携を取り、黒の器の現況を確認。

 ――黒の器をセレフィア王国の戦力として死守すべし。

 封を閉じ、使者に託した副騎士団長の眼差しには、静かな決意が宿っていた。


 ***


 ボクたちがフェン村の近郊に到着したのは、ザイレム帝国軍が侵攻してくると予想していた二日ほど前の夜だった。

 野営地にはすでに数百のテントが張り巡らされ、夜闇の中で揺らめく篝火の明かりが幻想的に広がっていた。戦争の前夜だというのに、満天の星空の下に浮かぶ数多の篝火の明かりはどこか趣のある光景だった。


 到着したその夜、アグナルとイリスは各部隊の団長との軍議に出席していた。そのため、ボクは一人、落ち着かない気分でテントを抜け出して、なんとなく村の方へ足を伸ばす。


 テントの脇には兵士がちらほら見え隠れし、見慣れた村の外れに、これほどの兵が集まっている姿は、異様としか言いようがなかった。


 (久しぶりに……戻ってきた)


 小さな明かりが点々と並ぶ遠くに村を眺めながら、誰に聞かせるでもなく呟く。夜風が頬を撫で、懐かしいようで遠いような香りと感覚が胸をかすめた。

 昔を思い出しながらしばらく夜風にあたる。大自然の中で一人立ちすくんでいると、人は改めてちっぽけな存在なんだと虚無感に包まれる。


 (ここが、戦場になるのか……)


 改めて村のほうに目をやると、かつて自分が生まれ育った村がたしかにそこにはあった。だが、不思議なほど胸に熱いものは湧いてこない。


 ここに来る前までは、生まれ故郷を前にすれば「この村を守りたい」と自然に思えるのではないかと、少しは期待していた。けれど、やはり何も感じなかった。未練は欠片もない――そう、改めて思い知るだけだった。


 「まぁ、それがわかったっていうのも、大事なことだよね」


 そう自分に言い聞かせ、ボクは野営地へ戻った。

 テントの中からイリスたちの話し声がする。どうやら、イリス達も軍議から戻ってきているようだ。テントをくぐり中に入ると、アグナルとセバスチャン、そしてイリスが神妙な顔で話しているのが目に入った。ボクがテントの中に入ると、3人は少し驚いたような顔をしてこちらを見る。


 「何か……ありましたか?」


 ボクは尋ねると、アグナルは首を横に振った。


 「いや、何でもない」


 (あ、ちょっと聞かない方が良かったやつかもね)


 ボクはなんとなくだけどそんな風に思いながら、気にはなるもののこれ以上踏み込むのもなんだか悪い気がした。そんな様子をアグナルも察してくれたのかアグナルも姿勢を正し、「コウ君も、ちょっときいておいてもらえるかな?」と手元に広げた地図を指さして説明を始める。


 「詳細は明日、全体に伝えるが……」


 低い声が野営地の静けさに溶けていく。


 「斥候の報告によれば、ザイレム側の軍勢がここに到着するのは二日後の朝の見込み。こちらは予定通り三千を編成し、ヴァルティア軍は五百を率いる。配置は街道側、最前列の西端だ」


 アグナルの指が地図をなぞり説明を続ける。


 「この位置であれば、東側が敵と正面衝突している最中に、外から回り込んで挟撃できる可能性がある」


 イリスが息を呑み、やがて頷いた。


 「つまり、私たちに求められるのは機動力……ということですね」


 アグナルとセバスチャンも重々しく頷く。


 「もちろん、相手も挟撃に対応するためにある程度、陣を広げてくる可能性もある。ただ、もし実現できれば、陣形的にこちら側に大きなアドバンテージを持つことができる。イリス、危険な役割だが、傭兵団と一緒に先陣を切ってもらえるか」

 「えぇ、もちろんです」

 「コウ君、君は先陣には入らないが、少し後方から敵陣に怪しい動きがあれば支援ができるよう、準備をしておいてほしい」

 「わかりました」


 ボクとイリスは与えられた役割の重要性を理解し、お互いが目を合わせるとこくりと頷く。


 (ボクは、この戦いでイリスを守るんだ)


 こうしてボクたちは、避けようのない戦の夜に向けて、着々と準備を進めていった。

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