修行、そして師弟の絆
それから、2年の時が流れた。
気の剣を作り、素振りを繰り返す日々だった。だが、それと同時に剣術の基礎も教わった。
木刀を握り、リゼと打ち合いながら剣術としての立ち回りを体にたたき込まれた。ボクは何度も転び、何度も立ち上がった。剣筋を真っすぐに保つことがどれほど難しいか、身体で痛感した。
「腕で振るな、体の流れの中で剣がついてくるんだ」
「ほら、そんなところで寝転がってるとあっというまにあの世行きだぜ……!」
リゼの剣は、剣術であって剣術であらず。剣の間合いであれば剣で、それ以上に間合いに入り込めば体術で。まさに体全体で相手を追い込むような戦い方で、この戦い方が王道の剣術と遠く離れていることを知るのはまた後の話。
ある日、全身の疲労と打撲により、高熱で体中が痛み、ボクは寝込んだ。そのときリゼが作ってくれた薬湯の苦さと、そして温かさをボクはきっと忘れないだろう。薬湯を受取り口に含むと、その苦さと、うまくいかない悔しさと、リゼの優しさで、ボクは思わず涙が出そうになった。
「お前は本当によくやっているよ。私は胸を張ってお前を最高の弟子だと言えるよ」
散々打ちのめされた中で垣間見えるリゼの優しさが、胸に刺さった。
***
剣術の稽古の合間で気を身体に巡らせる修行も行った。
体中に気を張り巡らせ、筋肉の代わりのバネのイメージを持たせることで全身の動きを速くし、表面に硬さを持たせることで、打たれ強さを身につける。これも、最初は日常動作の中で気を流しながら量とイメージを調整していたが、これが難しい。
少し気の入れ方を間違えると、とんでもない力が発生してしまう。
「頭で考えなくても動かせるようになるまでは、徹底的に頭で考えろ」
「力は力じゃねぇ。流れだ。もっと繊細に扱え」
リゼの言葉を胸に、ボクは身体強化も少しずつ少しずつ感覚を掴んでいった。
***
ある夜、焚き火の前でリゼがぽつりと話した。
「昔のあたしはな、失敗ばっかりだった。考えるより感じろ、だろ? だから、よく怒鳴られて、殴られて、やっと剣を握れるようになった」
「リゼさんにも……そんな頃が?」
リゼはこくりとうなずき、少し照れくさそうに笑う。
「それに比べればお前は、少し命気の量が多いから扱いは難しそうに見えるが、格段に飲み込みが早い。素直なんだ」
「だからお前は、この私をどこかで越える日がくると思う。その日のために、私はここにいるんだ、とまで思うことすらある」
火を見つめるリゼは、どこか遠くを見据えているようだった。
「ま、そう簡単には越えられないけどな! さぁ、明日も早い、今日は寝るぞ」
立ち上がり、リゼが山小屋に戻っていくその背中を見て、ボクは心の中が心から満たされていくのを感じた。
***
気の剣を使った剣術、身体強化がある程度ものになってくると、次に待っていたのは五行の気を操る訓練だった。
(もう、この人どれだけ詰め込んだら気が済むんだよ……)
一つのことに慣れてきたら次から次へと新しいことを学ぶ。毎日がヘトヘトで、朝、寝床から起き上がれないこともしばしば。でも、毎日が本当に充実していた。生きてるって実感があった。
五行の気の操作の修行は多岐にわたった。木、火、土、金、水にあわせて、リゼは気の感じ方、発現の仕方を教えてくれた。そして、全ての気を操作できるようになったある日、リゼが肩を叩いてこういってくれた。
「これで五行を全て使えるようになったな。 これをできる人間は、この世界を探してもそう多くはない」
そう言われたボクは、どこか誇らしかった。だが、ボクはどうやら甘かったようだ。誇らしくなった自分を正してやりたい。
「ここからが本番だな」
そういってリゼが向かったのは小屋の裏手に広がる訓練場だった。リゼが剣を構える。
「いくぞ、コウ。仕上げだ。五行の“相克”を制す修行だ」
対峙するボクは、右手に気の剣、左手には五行の気を帯びさせた気塊を作りながら、深く息を吸い込んだ。
リゼの声と同時に、炎の気が込められた一閃が迫る。
ボクはとっさに水の気を左手に集め、霧のような気を放ってそれを中和する。炎の軌跡が蒸気に変わり、空気を白く染めた。
「上出来だ。だが次はどうだ!」
今度は金の気を宿したリゼの剣が突き出される。ボクは無意識で木の気を盾に変えて受けたが、金は木を断つ。弾かれるように後退した。
「木で金を受けるな。弱点で受ければ、破られるのが当然だ」
息を切らしながら体勢を整える。
(リゼの気、密度が違う……でも、負けるわけにはいかない)
ボクは身体を強化し、再び斬りかかる。気の剣は火の気を纏い、リゼの火の剣とぶつかる。火花とともに、剣の周囲が焼け焦げた。
「その意識だ! 気はただの力じゃない。想いが形を持ったものだ!」
リゼの声が重く響く。
最後の一手、ボクは身体強化をかけながら剣に水の気を纏わせて放つ。流れるような一撃はリゼの防御をかすめ、裾を切り裂いた。
リゼは目を細め、ニッと笑った。
「合格だ。ここまでくればどこにいってもそこそこ戦えるだろう」
呼吸を整えながら、ボクは剣を下ろした。
(ようやく……ここまで来た)
その日の夜、リゼとたき火を囲んで話をしていた。
「五行の気は相生と相克。これを知ることで、世界の仕組みも見えてくる」
リゼは穏やかに語った。
「大きな力を持つ者は、その力に責任を持たなければいけない。そのうち、お前は選ばされることになるだろう。……力をどう使うか、誰のために振るうか」
「力を上手く使えば、金や栄誉、名声が手に入る。それが悪いとは言わない。だがな、それで本当に自分自身が満足しているのか。それは常に自分に問い続けろ。それが力を持つ者の使命だ」
「そして、お前がもし、私の正義に仇なす存在となったときは、師の責任として……」
リゼは一呼吸間を置き、そしていつになく真剣な顔をしてボクを見てきっぱりと言い放つ。
「……弟子であってもお前を討つ。これが私の正義だ」
一瞬の静寂が訪れる。情報量が多すぎて頭がパンクしそうだった。
「ま、お前は魂量の修行をちゃんとやってるから、大丈夫だと信じているけどな!」
リゼはどこか遠くを見つめながら、リゼ自身の迷いをごまかすかのように笑ってみせた。
胸に引っかかりが残ったけれど、ボクは必死で修行に打ち込んだ。
***
そこから更に修行を続けた2年後、リゼは焚き火の前で言った。
「よし、そろそろ仕上げだ」
「仕上げ……?」
「山の主――ここを縄張りにしている魔物を倒しに行く」
「山の主って、どんな魔物なんですか……?」
「伝承によると、百年以上前からこの山を支配してきた獣だそうだ。夜になると咆哮が響き、森をさまよう者を食らう。昔は山神と呼ばれていたが、いまはただの暴君さ」
胸が高鳴った。不安もあった。でも、それ以上にこれまでの自分が培ってきたモノをぶつけられることが楽しみでもあった。
「これまでの積み重ね、全部ぶつけてこい」
リゼは笑った。その笑顔を見て、ボクは強く頷いた。
(ボクはもう、逃げない。自分を殺さない。リゼがくれたこの時間と、この力で、証明してみせるんだ)
その日の夜、ボクは目をつぶりながらもなかなか寝付けないボクは、幼い自分と対話していた。
「いよいよ明日、これまでの修行の成果を試すときがきたんだ」
出会った当初より、少し成長した、それでも幼いボクは目を輝かせる。
「そうなんだ! お兄ちゃん、これまで傷まみれになってがんばってたもんね! ボク、ここからずっと見てたよ!」
いつもは励ましている幼いボクから今度はボク自身が励まされた。でも、それがとても心地よかった。
「いつも、お兄ちゃんはボクを勇気づけてくれていた。 だから、今度はボクがお兄ちゃんのことを勇気づける番!」
そういって、幼いボクはボクの手を握る。
「お兄ちゃんなら、絶対大丈夫! だから、心配しないで! ボク、応援してる!」
そしてボクの意識は薄れ、気がついたら眠りに落ちていた。
夜風が吹き、焚き火の炎が揺れる。ボクの心の奥に宿った光は、これまでで一番強く、温かかった。
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