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セレフィア王国、潜入

 コウとイリスが帝都に滞在していたころ、ザイレム帝国の幹部ユエンとカグロウは、すでに国境を越えてエルダスの地を踏んでいた。

 二人の目的は、「気の滞留地域の調査による黒の器の探索」と、今後発生するであろうセレフィア王国との戦争に向けて、内乱のきっかけを作り出すことだった。


 二人が向かったのは地図上で気が滞留しやすそうな地形であるユグ山の西側だった。ただ、大凡の場所はわかるもののそこに何があるかわからないため、情報収集を兼ねて立ち寄ったのがエルダスだった。

 エルダスで二人は旅人のフリをしながら、穢気の溜まりやすそうな場所に関する情報を酒場で集めた。しかしながら、どうやらこの国では穢気という概念があまり知られていない様子で「穢気……? なんだそれ?」と言われる始末。

 そんな中でユエンは少し機転を利かせて「このあたりに村とかはない?」とユグ山の西あたりを指で指しながら少し前屈みになって胸元をちらつかせながら上目遣いで聞くと、鼻の下を伸ばした男が「ちょっと待ってろ」とエルダス周辺の詳細を示した地図を持ってきてくれた。

 カグロウはため息をついているがユエンは得意げな顔で「男ってバカばっかりね」と鼻で笑う。


 色仕掛けで釣られた男が持ってきてもらった地図を見ると、ユエンが指さしたあたりには「フェン村」という名前が書かれていた。それ以外に村らしい村は地図には載っていなかったことからユエンはカグロウと目を合わせる。


 「とりあえず、ここにいってみるしかなさそうね」

 「あぁ、行く宛てがない。行ってみる他ないだろう」


 カグロウが頷いた。


 そして翌朝、二人はフェン村へと足を運ぶ。のどかな農村。だが、その土地に足を踏み入れると、空気の淀みが肌にまとわりつく。ユエンは目を細め、低く呟いた。


 「やはり……この場所、気が滞りやすそうね。それに、ザイレムの穢気とはまたちょっと雰囲気が違うわね」

 「あぁ。俺にもわかる。重さはないが……その分量が多いな」


 二人は村に足を踏み入れる。するとエルダスとは異なり、珍しいよそ者を目の前に、フェン村の人々はユエンとカグロウに警戒の眼を向けていた。


 「なんだか、あまり歓迎されていない様子ね」


 ユエンが言うとカグロウは頷いた。


 「あぁ。 元々人の出入りが少ない、排他的な村なのだろう」


 そんな中、旅の人間を装いながらユエンとカグロウは住人に声をかける。すると一人目から大当たりだった。


 黒い髪と眼の子供の話をした瞬間、元々警戒をしていた村人が更に顔色を変え、眉をひそめ、唇を歪める。


 「そんなやつは何年も前にこの村を追い出したよ。とっくに野垂れ死んでるんじゃないかね」


 吐き捨てるような言葉。冷笑と嫌悪が混じった視線。


 ユエンとカグロウはそれだけを確認すると、これ以上長居は不要と判断しフェン村を後にした。


 エルダスに戻る道すがら、カグロウが口を開く。


 「黒の器は、確かにこの地にいた。だが今、生きているかどうか……」

 「わからないわね。でも痕跡があるだけでも収穫よ」


 沈黙が落ち、二人は歩を進める。やがてカグロウが小声で問う。


 「これから、どうする?」


 ユエンは少し考え込み、やがて唇を吊り上げて答える。


 「上手くいくかはわからないけど……誘い出してみるのはどうかしら」

 「誘い出す?」

 「ええ。隠れているなら、表に出させればいい。その方法はいくらでもあるもの」


 ユエンの囁きに、カグロウは目を細めて笑った。


 「それがいいな。本国には、その方向で一報を挙げておこう」


 ***


 数日後。ユエンとカグロウの姿は王都ヴェルナードにあった。

 石造りの城壁に囲まれた街並みは整っているものの、どこか活気がない。人々は下を向き、声を潜め、笑い声は少ない。


 「街並みは悪くないけど……ここには住みたくないわね」


 ユエンが肩をすくめる。


 「俺も同感だ」


 カグロウは短く応じた。


 二人の狙いは一つ。この国の騎士団長――権勢を振るい、好き勝手に振る舞っているという男を“取り込む”ことだった。邪鬼化の対象としては理想的な存在に思えた。

 だが、数日間街で噂を集めてみても、具体的な手がかりは得られない。


 「らちがあかないな。いっそ騎士団に直接潜り込んでみるか」

 「傭兵として、ね。……でももう少し待ちなさい」


 ユエンが制す。

 そのとき、立ち寄った酒場で耳にした会話が二人を立ち止まらせた。


 「海浜亭のウェイトレス、騎士団長に目をつけられて困ってるらしいぜ」


 「注意したら斬られる、だとか。前にも別の店で同じようなトラブルを起こしてたって話だ」


 ユエンとカグロウは顔を見合わせ、頷く。


 「……行ってみましょうか」


 海浜亭。王都では珍しい魚介を扱う繁盛店だった。扉を開けると、明るい声で迎えられる。赤と白のチェックの制服に加え、頭に大きなリボンをつけたウェイトレスたちが、この店の華だった。客層は圧倒的に男ばかりである。


 席につくと、ひときわ目を引く娘がいた。ブロンズの髪を腰まで伸ばし、大きな栗色の瞳に小動物のような可憐さを持つ女性。


 カグロウはユエンに目配せしながら囁いた。


 「目を付けられているとしたら、あの子だな、きっと」

 「あら、カグロウはああいう子が好みなの?」


 ユエンが唇を尖らせる。


 「……違う」

 「ふふ、いいわ。大人の色気ってやつを教えてあげる」


 そんな軽口を叩いていて食事に舌鼓を打っていた。


「うん。まぁまぁね」


 海産物の多いザイレム帝国では魚介類の食事が日常茶飯事。そのためどうしても魚介類の料理には辛口となる二人だったが、その二人をも満足させる料理だった。


「今日のところは、一度帰りましょうか」


 一通り食事をすませてもお望みの騎士団長と思われる人物の来る気配がなかったため、店を出ようかと思ったそのときだった。


 店の扉が勢いよく開くと空気が一瞬で張り詰める。


 「っと思ったら、どうやらもう少し長居してもよさそうね。良かったわね、まだあの子のことを見ていられそうよ」


 思い直したユエンの言葉にカグロウが「くだらん」と言いながらも小さく呟く。


 赤茶色の長髪をなびかせ、磨き抜かれた傷一つ無い鎧をカチャリと鳴らして中年の男が入ってきた。背後には取り巻きの兵士たち。彼の登場と同時に店の中がしんと静まり返ったこの様子から察するに、彼こそ噂の騎士団長だろう。


 「流石に、素人ではなさそうだな」


 カグロウは騎士団長の立ち振る舞いを横目で観察する。


 「思ったよりいい男だわね」

「あんな男がタイプなのか?」

「まさか」


 ユエンは鼻で笑いカグロウをあしらう。


 やがてカグロウが見惚れていた例のブロンズ髪の娘が注文を取りに向かい、愛想笑いを浮かべる。接客業の鏡だわね、とユエンは皮肉交じりに呟いた。

 取り巻きの兵と騎士団長のブロンズ髪の娘への視線はいやらしかったが、周囲の客はただ黙って息を潜めるだけだった。

 そして、料理を運ぶのは決まって最初に接客をしたその娘だった。他の娘が特別に忙しく、その娘が暇だったわけではなかったため、あの騎士団長の相手をするのはあの娘だという決まりになっているのだろう。

 料理が運ばれ、酒が注がれる。そして、次第に酒が進み、酔いが回るにつれ騎士団長の手は娘の腰へ、さらにその下へと伸びていく。だが誰も止められない。店全体が息を殺して見て見ぬ振りを貫いていた。


 「自国だったら即座に斬り伏せてるところだ」


 カグロウの声は低い。


 「取り入るには格好の相手ね。でも……こんな相手に媚びなきゃならないと思うと反吐が出るけども」


 ユエンが吐き捨てる。


 いつ、周りの客の誰かが騎士団長の愚行を止めに行くのか、あるいは好き放題触られている娘の我慢の限界がやってくるのが先なのか、なんともいえない緊張感が店全体をしばらく包み込んでいた。


 そんな中、やがて騎士団長が席を立ち、手洗いへと向かう。解放された娘が安堵の表情を浮かべたそのとき、ユエンも静かに席を立った。


 「さあ……ここからが本番よ。 適当に部屋に戻っておいて」


 ユエンは待ちわびた獲物を狙う眼をして、騎士団長の後を追っていった。

第7章、スタートです!


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