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浄化の祠

 帝都を出て、イリスと並んで川沿いの街道を歩いた。昨日までは体がだるくて周囲を見渡す余裕もなかったけど、こうして少し調子が戻った今、あらためて辺りの景色に目を向けてみると、いろんなものが目に入ってきた。


 道の脇に立つ木造の小さな社や、祈りの札のようなものが吊るされた石碑。セレフィア王国ではあまり見かけなかった建物の形に、ちょっとした異国感を覚える。


 「……なんだか、空気も違うな」


 ボクがぽつりとつぶやくと、隣で歩いていたイリスがちらりとこっちを見た。何か言いたげだったけど、結局、なにも言わなかった。


 帝都の宿を出るときに宿屋の店主に「浄化の祠に行くつもりです」と伝えると、相手はすぐにその場所を知っていた。


 「あぁ、あそこは有名さねぇ。体調崩した人が行くと、だいぶ楽になるって評判なんだ。カレン様に診てもらったって聞いたけど、念のため行っとくといいよ。効果は人それぞれだから、気休めかもしれないけどね、安心できるってのは、大事なことさ」


 店主はそう言って、ボクの背中を軽く押してくれた。


 再び歩き出した道すがら、イリスは何度もボクの様子をうかがった。


 「体調、大丈夫なの?」

 「無理してない? ……べ、別にあんたのことが心配なわけじゃないのよ。ただ、また前みたいにあんたが倒れたら、私が困るから言ってるだけなんだからねっ」


 言い方は相変わらずだったけど、それでもその言葉が、どこかあたたかく、不思議と心地がよかった。


 けれど、少しずつ、また体に重みが戻ってきているのを感じていた。歩けないほどじゃない。けど、心の奥がざわつくような、薄い靄が体の内側に広がっていくような、そんな感覚。ちょうどザイレム帝国に入る直前も同じような感じだった。


 (言うべきか、言わないべきか)


 以前のボクなら、きっと黙ってた。誰にも頼らず、迷惑をかけず、自分の力だけでなんとかしようとしていた。でも、それでイリスに負担をかけたのが前回だった。


 だから、今度は、言葉にする。


 「……また、少しだけ、けだるさが戻ってきたかも」


 イリスの顔に影が差した。けれどすぐに、強くまっすぐな声で言った。


 「そう。じゃあ、尚更、浄化の祠に急がなきゃね。それに、何かあったら、私が担いででもカレン様のところまで戻るわ。その代わり、悪くなる前に言いなさいよ!」


 ボクは、うんと頷いた。その言葉に、ボクの胸は少しだけ軽くなった気がした。


 そして、歩くこと半日。ようやく目的地にたどり着くと空の最も高いところで太陽は輝いていた。


 浄化の祠は、小高い山の中腹にあった。緩やかな石段を登った先に、鳥居のような木の門。その奥に、岩をくり抜いて作られた洞窟が口を開けている。周囲には社や手水場もあり、人が頻繁に訪れていることを感じさせた。


 静かだけど、ただの静寂じゃない。肌に触れる空気が、どこか澄んでいて――それでいて、奥に何かが潜んでいるような、不思議な場所だった。


 ボクは、洞窟の奥へと目を向けた。


 (ここには、何かがある――そんな気がする)


 そんな風に何かを感じながら、ボク達は浄化の祠に足を踏み入れた。


 ***


 祠の中に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのを感じた。外界とはまるで雰囲気が違う、肌にひんやりとまとわりつく大気がそこにはあった。


 足元には石畳、両脇の壁には明かりが灯されていて、思ったより整備されていた。でも、それ以上に――空間そのものが、まるで何かを秘めて息をひそめているようだった。


 「……ここ、ぞくっとするな」


 思わず口に出すと、イリスがこちらを振り返った。


 「何かあった?」

 「ううん。なんていうか……前にも、似たような感じをどこかで……いや、思い出せないけど」


 体の奥に広がっていたざわつきが、祠に入ってから急に濃くなったように思えた。どこか引っ張られるような、でも押し返されるような感覚。言葉にできない違和感が、皮膚の内側をなぞっていく。


 「戻る?」とイリスが聞いた。

 その言葉には、正直心が揺れた。でも――


 「……いや。このまま進もう。ここには、何かがある気がするんだ」


 イリスはほんの一瞬だけ眉をひそめたけれど、すぐに口元を引き締めてうなずいた。


 「わかったわ。あんたが言うなら、付き合ってあげる」


 一本道だが、入り口の光が遠く向こうに見えるか見えないか進んだ先には、両開きの木の扉があった。苔むして古びていたけれど、彫り込まれた文様はまだしっかり残っていた。きっと、昔から祈りの場所として大切にされてきたんだろう。


 「この先が祠……?」

 

 ボクは一度立ち止まり、その上で恐る恐るその扉に手をあてる。


「いくわよ」


 イリスの声に頷き、ボクはそのまま扉をゆっくりと押し開ける。


 これまでの通路よりも少し明るめに調光された扉の先には、小さな祭壇があった。石を組んで作られたそれは、簡素だけれどどこか雰囲気を感じた。 また、周囲には花や果物、護符や布など――多くの“願い”が置かれていた。


 「……ボクたちも、何か持ってくるべきだったかも」


 そう呟くと、イリスは小さく頷いた。


 「そうね。でも、気持ちがあれば、神様はちゃんと見てるわよ」


 そう言って、イリスは静かに手を組んで目を閉じた。目を閉じたイリスの横顔は、凜としていて綺麗だった。


 (ちゃんと見てる、か……)


 ボクも同じように手を組んで、目を閉じた。

 その瞬間だった。


 ――ビリッ。


 空気がはじけたような感覚。さっきまでの違和感が一気に濃くなって、胸の奥を突き上げてきた。


 「イリス!」


 思わず叫んで彼女の手を掴み、後ろへ引っ張る。


 「え、なに?」


 突然手をひかれたイリスは驚いてボクの方を向くが祭壇の奥から人の気配を感じると正面を向く。


 祭壇の奥――何もなかったはずの空間に、ゆらりと人影が立ち現れる。


 「そんなに警戒しなくても、取って食いはしないよ、“黒の器”様」


 低く、枯れたような声。

 現れたのは、くすんだ外套をまとった老騎士だった。白髪を後ろに束ね、片目は傷で閉じている。その姿は朽ちかけているのに、背負っている気配は鋭く、強く……ただの人間じゃないとすぐにわかる。


 「誰……?」


 警戒を解けないまま、ボクは剣に手を掛けながら一歩だけ前に出た。イリスが横で身構えている。


 「まさか、本当に存在しているとわ。 儂にもここにきてどうやら運が向いてきたようだ」


 そういってニヤリと笑うその顔は欲にまみれていた。


 「ど、どういうこと? あなたは一体?」


 質問を投げるイリスに気がついた老騎士はつまらなそうな顔をする。


 「どうやら、鼠が一匹紛れ込んでいるようだ。それにしても、なぜ器様が人間の小娘なんかと一緒に? だがまぁ、若気の至りは誰にでもあるか」


 心底わからないといった顔で警戒する様子も、悪びれる様子もなくこちらに近づいてくる。そして、目の前の老騎士が近づいてくれば来るほど、ボクの中の違和感が大きくなっていった。


 そして、ボクは思い出した。この感覚を。あのときだ。


 (リゼと最後の修行で戦ったあのとき。山の主が邪鬼化したときだ)


 「お前は……邪鬼なのか……」


 ボクは息苦しさを覚えながら声を振り絞ると、老騎士はニヤリと笑う。 そして、ボクを選ぶかの様に目の前で跪いた。

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