気の剣
翌朝、ボクは昨日に引き続きリゼから気の使い方を教わっていた。
「昨日渡した腕輪を付けた状態で、気を取り込んでみろ。気を取り込む量に気をつけながら、な」
「気をつけるって、どうやって……?」
「そうだな、こないだ気を失った時は何も考えずに全身から丹田に気を集めただろ? それを、片方の手のひらからだけ集めるイメージを持つんだ」
「手のひらから、丹田へ……」
ボクは目を閉じ、左手を丹田にあて右手を胸の前に広げて集中する。すると、左手を当てたあたりがジンワリと温かくなってくるのを感じる。
「わっ…… 温かい」
「それが気の力だ。 よくやったな、一歩前進だ」
ボクは目を開け、集中するのをやめると温かさはどこかへフッと消えてなくなった。
「まずは暴走することなく気を集めることはできたな。 次は、実際に気を使ってみるんだ。ちょっと見てろ」
そういってリゼは両手を腰のあたりに広げ、そして左手に赤く光った塊を作ってみせる。
「今、お前と同じように右手から気を吸収し、そして丹田に入れた後左手に集めて放出してる。まずはこれをできるようになれ」
ボクはリゼと同じように構え、そして真似をしてみる。すると、左手に白い光が灯る。しかし、その光はすぐに消えてしまう。
リゼは何食わぬ顔して、喋りながら簡単そうにやっていたけど、すごく難しい。右手、丹田、左手に全てに均一に意識をしていないとバランスが乱れてしまうのだ。
「これ、難しいですね……」
「あぁ、そんな簡単にできたら誰も苦労はしないさ。 だが、練習すればお前ならできるようになる」
ボクは、やりたいことができないもどかしさを感じつつ、一方でこのできそうでできない感覚にどこかワクワクしていた。
(何かに挑戦するって、楽しい…… それに、リゼに認めてもらいたい。褒めてもらいたい!)
「はい、やってみます!」
ボクの良い返事に腕を組みうんうんと頷き、満足した様子のリゼは続ける。
***
あれから、半月が経った。
最初の頃は、ボクの左手に集めた気の光は小さく明滅するだけで、まるで壊れかけの灯火みたいだった。けれど、今では小さな白い光が球を形作り、しっかりと点灯している。
「よし、いいぞコウ」
リゼは少し離れた場所から腕を組んで頷く。
「ここまでできれば、吸収と放出は一区切りだ。この短期間でよくこれだけ仕上げたな、たいしたものだ」
ボクはストレートなリゼの褒め言葉に、ついつい気が乱れて白い球は霧散してしまった。
「あはは、やっぱりまだまだだったかな」
リゼはからかうように笑うと続ける。
「冗談だ。さて、そろそろ次の段階に移ろう。気の形を変化させ、そしてお前が思い描く武器に変えてみろ」
「……武器に……?」
「そうだ。武器といっても、形は問わない。剣でもいい、弓でもいいかもしれない。お前が一番しっくりくる形に変えてみろ」
ボクは目を閉じ、集中する。小さな白い光をイメージし、心の中で形を探る。武器といったら、やっぱり剣だろう。剣のイメージを頭の中で描きながら気に乗せていく。
そっと目を開けると、球状だった気は、1本の白く光り輝く剣を形作っていた。それを見ていたリゼは微笑んでいる。
「いい形だな、コウ。試しにこれを斬ってみろ」
そういってリゼはその辺から小枝を拾ってボクに突き出した枝に向かって思いっきり気でできた剣を振り下ろす。
「っん……?」
手応えがまるでない。まるで空気を斬ったみたいだ。
そして、リゼが持っている枝を見ると、そこには先程と何も変わらない木の枝があった。
「あっはっは……! あぁ、すまない! あまりにも得意げな顔をしているからついついからかっちまった!」
リゼが大笑いしているのを横目に、ボクはきっと自体が飲み込めずに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていただろう。
「気っていうのは、属性の話はあるんだけど、基本的には本人が思った通りになるんだ。逆に言うと、本人が思わなければ何にもならない」
リゼは試しにボクと同じように気の剣を作り、そしてリゼ自身の手に当ててみる。すると、何事もないようにするりと通り抜ける。
「今わたしはな、剣の形だけを作っただけなんだ。だから私の手は斬れない。まぁ正確に言うと、今回の場合は潜在意識があるからあえて”斬れない形だけの剣”を作ったんだがな」
(あのとき微笑んだ顔はどこか悪い顔をしてると思ったけど、そういうことだったのか……)
「嵌めましたね……リゼさん!」
ボクは少しムキになってリゼに問い掛かるが、リゼはパタパタと手を振って「悪い悪い」と言いながら、それでも笑いをかみ殺していた。
「もう一度、お願いします!」
ボクは新たに気を集め、そして今度は形だけではなくその気に振れたものがぱっさりと斬れるイメージを一緒に注ぎ込む。すると、先程までの気の剣とは違って、剣の周囲がよりシャープになり鋭利さを感じた。
「ほぅ……」
リゼは関心した様子で改めて小枝を構えるのかと思ったら、小屋に立てかけてあった使い込まれた金属の剣を代わりに構える。
「こいつで、試してみろ。もしこいつが斬れたら、お前の要望を一つだけ聞いてやる」
ボクはこくりと頷き、上段に構えられたリゼの剣に向かって、ボクは大きく踏み込んで袈裟斬りを放つ。そして、次の瞬間。
…キンッ……
甲高い音を立ててリゼの剣とボクの気の剣がぶつかると、リゼの剣が途中からすっぱりと切り落とされていた。
「流石だな」
ぽつりとそう言ったリゼは切り取られた剣の面を指で撫でながら少し物思いにふけっているようだった。
一方ボクは、リゼの気持ちはどこ吹く風、これまでの修行の成果が目に見える形で露わになり、手応えを感じていた。
「……これで、ちょっとだけ成長できたかもな……」
ボクは、自分の手を見つめながら小さく笑った。
***
その日の夜、焚き火のそばでボクは瞑想に入った。
魂量の修行だ。
目を閉じると、例の暗い空間に、また幼いボクがいた。小さなボクは、いつもと同じように膝を抱えていた。
「……やぁ、元気かい?」
声をかけると、幼いボクははっとしたように顔を上げる。
「今日も来てくれたんだね、お兄ちゃん」
ボクはこくりと頷くと、幼い自分と肩が触れあうくらいの位置に座る。ここで幼い自分自身と会うのも何度目だろうか。まだおどおどしている様子は見え隠れするが、最初に比べると少し打ち解けた気がする。
「キミはさ、いつも膝を抱えてじっとしているけど、もしよかったら理由を教えてくれないかな?」
幼いボクはこちらを向き、一瞬黙る。
「あ、無理にとは言わないんだ。でもね、ボク、キミのこともっと色々知りたいなと思って」
「うん……」
幼いボクは少し短く返事をした後、何かを恐れながら、一言一言、言葉を絞り出すかのようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ボクはね……望まれていないんだ……誰からも」
「ちゃんとね、上手くやらないといけないんだ…… 望まれていないから…… 少しでも役に立たないと、生きている価値がないんだ……」
「だからボクは…… いつも誰の邪魔にならないように…… こうやって小さくなっていれば…… 誰の目にも写らないように…… 誰の迷惑にもならないように……」
幼いボクの言葉が胸に突き刺さる。
(そうだ、ボクはずっと、ずっと、こうやって自分を押し殺してきたんだ……ボクのことはリゼが救ってくれた。今度は、ボクがこの子を救ってあげるんだ)
「……大丈夫だよ」
ボクは幼い自分の肩にそっと手を伸ばした。触れた瞬間、幼いボクの肩はびくりと震えるが次第にその手を受け入れ始める。
「ボクは、いつでもキミと一緒だ。そして、ボクはキミのことが大切なんだよ、何よりも」
すると、幼いボクの肩は震え、目から涙があふれ出した。
「……さみしかった……」
「……知ってるよ」
ボクは幼いボクをぎゅっと抱きしめた。
温かさが、胸の奥から溢れてきた。
(これが、魂量……ボクの心の器……自分を大切にできるのは、他でもない……ボク自身なんだ)
***
瞑想から戻ると、焚き火のそばに座っていたリゼがこちらを見た。
「顔がすっきりしてるな。何か、あったか?」
「……少しだけ、自分のことがわかった気がする」
リゼは満足そうに頷く。
「よし、じゃあ明日からは実戦形式の修行に入るぞ」
ボクは目を見開いた。
「……実戦……」
「そうだ。動きながら気を使い、相手の気を読む。今までの修行の集大成だ」
胸が高鳴った。
(ボクは、ここまで来たんだ……!)
冷たい夜風が、焚き火の炎を揺らした。けれど、ボクの胸の中は、これまでで一番温かかった。
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