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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
第4章 燻る戦火

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決意

 涙が頬を伝っているのを感じながら、私はセリナの視線を正面から受け止めていた。


 「……ありがとう、セリナさん」


 私の声は、思っていたよりもかすれていた。セリナは静かに頷くと、ふっと優しい笑みを浮かべて言った。


 「真実って、何かしらね? そして“正しさ”って……何なんだろうね」


 彼女の言葉は、どこか遠くを見ているようだった。


 「冒険者ギルドで受付をしているとね、たまにいるのよ。“明らかに無謀”なクエストを受けたがる冒険者たちが」


 セリナは窓の外を見つめながら語り始めた。


 「ギルドとしては、それを止めなきゃいけない。だって、私たちが仲介した依頼で誰かが死ぬなんて、そんなの絶対に嫌でしょう?それが、ギルドとしての“正義”。」


 少しだけ間を置いて、セリナは続けた。


 「でもね、当の本人――冒険者にとっては、自分のやりたいことを誰かに先を越される前にやりきることとか、全力を出し切ることの方が、 “死よりも大切な正義”である場合もあるみたいなの」


 私は黙って聞いていた。セリナは、昔話の続きを語ってくれる。


 「ある日ね、私どうしたらいいかわかんなくなっちゃって、困りに困った挙げ句にギルド長に相談したの。 “止めるべきですか? どうするのが正解なんですか”って。そうしたら、こう言われたの。“お前の信念に従え”って」


 その言葉を噛みしめるように、セリナは言葉を重ねていく。


 「組織にはルールがある。そのルールが自分の信念と一致してるなら、従えばいい。でも、もし一致していないなら……組織を抜けるか、ルールを変えるしかない。そういうことなんだって。それとね、今は、冒険者を止めなければいけないというルールは存在していないから、組織の信念と照らし合わせたときに導き出される行動がこの組織における正解になるんだって」


 私は静かに頷いた。セリナの話は、すっと心に入ってきた。


 「私、それまで考えたこともなかったの。ギルドが何のためにあるのか、何を大切にしているのか、なんてね。けどね、そのとき思ったの。“ギルドはこの世界を、人以外の脅威から守るためにある”と同時に、“冒険者に夢を与えるために存在する”んじゃないかって」


 セリナは少し笑って続ける。


 「だからね、それ以来、もちろん私は警告するよ。“この依頼は危険ですよ”って。でも、“夢を妨げるようなこと”をギルドがしちゃいけないとも思ってるの。それが組織にとっても、私にとっても正解だって。正解なんだって思うようにしたの」


 私はその言葉を、心のどこかに書き留めるように聞いていた。


 「イリスさんも、まずは自分が何を大切にしたいか、考えてみるといいかもしれないね。もっと感覚的なところでいいの。何が“好き”で、何が“嫌い”か……そういうレベルで」


 私はふっと目を伏せた。自分が、何を“好き”なのか――考えたことがなかった。


 「それが見えてくるとね、“信念に関係ない部分”については、他人がどう言おうが、案外どうでもよくなるのよ。それが、自分の中での“正しさ”であり、“真実”になっていくんじゃないかな?」


 セリナの声が、とても暖かかった。


 気づけば、涙はもう止まっていた。


 「……ありがとう、セリナさん。少し、考えてみる」


 私がそう言うと、セリナは満足そうに笑った。


 「うん。じゃあまた、体調が戻ったらギルドに顔を出してね? それと――」


 セリナはくすっと笑いながら私の顔を覗き込む。


 「飲みすぎ、要注意よ? 特に好きな男の子の前では、ね?」

 「ち、ちがうっ…… コウはそんなんじゃ……」


 そう私が言いかけている間にセリナは扉から出て行くとニヤリとしながらこちらを振り返る。


 「あれ、私、コウ君のこととは一言もいってないけどなー。それじゃ、またね」


 部屋に一人で残された私は、きっと顔が真っ赤だったに違いない。それはきっと、昨日のお酒が残っているせいだと思うことにした。


 ***


 懇親会の翌日、イリスは結局一日中宿でぐったりしていたらしい。


 (まぁあれだけ酔っ払えばそりゃね……)


 ボクは納得と呆れを同時に感じながら、懇親会の翌々日の朝、荷物を整えたボクとイリスは、エルダスを発つ前にギルドに立ち寄った。


 まだ朝早い時間だったが、すでにいくつかの冒険者が集まって依頼を眺めている。ギルドのカウンターには、やはりいつものようにセリナが立っていた。


 「あら、もう出発するの?」


 ボクたちの姿を見つけたセリナは、少し寂しそうに笑った。


 「はい。先日は本当にありがとうございました。おかげで、いい思い出になりました」


 ボクが頭を下げると、イリスも軽く会釈をする。


 「ふふっ、こちらこそ楽しかったわ。……特にイリスさんの酔いっぷりは、なかなか見ものだったしね」


 「うっ……。それは……忘れてって言ったでしょう……!」


 イリスが頬を赤く染めて視線を逸らす。セリナはいたずらっぽく笑う。


 「道中、気をつけてね。次に戻ってきた時は、またお祝いできるような“報告”を待ってるわよ?」


 「もちろん。でも、そのときは、経費じゃなくてちゃんと支払いますから」


 ボクがからかうと、セリナは肩をすくめて笑った。


 「そうね、今度はお願いしようかしら。調子に乗ってるとギルド長に怒られるんだから。でも、期待してる。二人なら、きっとどこまでも行けるわ」


 イリスも少し照れたように微笑む。


 「ありがとう、セリナさん。 また来るわ」

 「ええ、待ってる。 でもあまり無理しちゃダメよ、二人とも」


 ボクとイリスは頷くと、ギルドを出る。


 エルダスのギルドを背にして、ボクたちは再び歩き出した。風は少し冷たかったけれど、どこか心があたたかい気がしていた。


 ***


 馬車で半日ほど揺られ、グレナティスに戻ると、イリスはふいにボクに言った。


 「ちょっと、屋敷に戻る前に寄りたい場所があるの。一緒に来てくれる?」

 「うん、いいよ」


 (珍しいな、アグナルさんに報告する前に寄り道だなんて)


 ボクはそんなことを思いながらグレナティスの街の中に入る。


 すると、歩いているとすぐに人々が声をかけてくる。


 「お、戻ってきたんですね、イリス様!」

 「また一段と綺麗になられて!」

 「イリス様、最近いつもそいつと一緒にいますね……もしかして彼氏ですか?」


 ボクは思わず咳き込んでしまったが、イリスは綺麗になったと言われたときこそ「何言ってんのよ」と照れくさそうに笑っていた。でも、最後の言葉のときだけ、むっとしながらその言葉を放ったおっさんを蹴り飛ばしていた。


 そんなやりとりを見聞きしながら、街を抜けてイリスがボクを連れてきたのは、グレナティスを一望できる高台だった。


 夕陽が街全体を赤く染めていて、風が頬をなでる。


 「こないだね、セリナさんに言われたの。“今後のこと、自分で決めたら?”って。 それから、いろいろ考えてたの」


 そう言って、イリスはゆっくりと話し始めた。


 彼女は、自分の幼少期のこと、父との関係、母のこと――そして、ヴァルティア家の長女としての義務と誇りについて語った。


 ボクには、正確にはその気持ちは分からない。親との関係も、育ってきた環境も、まったく違うから。

 でも、だからこそ、イリスがどれだけ悩んでいたのかが、言葉の端々から伝わってきた。


 「この場所ね、私のお気に入りの場所なの。辛いときとか、大変なときとか、この場所で夕日を見ているとなんか落ち着くの。それでね、わかったんだ。私ね、なんだかんだ、この街が好きなんだ。この街の人たちが、好きなの。お父様とお母様が命をかけて守ったこの場所が」


 イリスは、目の前に広がる街を見つめながらそう言った。


 「今までは、領主の娘だからって、義務感で動いてた。でも……違った。私は、最初からこの街が好きだったんだって気づいたの。だから、決めたの」


 彼女はボクの方を振り返り、しっかりと目を見て言った。


 「もっと強くなる。この街を、町の人の笑顔を、守れるように。それが、今の私の信念で、やりたいこと」


 イリスの青い瞳に夕日が反射して、きらきらと光っていた。

 その表情は、どこまでも晴れやかで――とても綺麗だった。


 「……応援するよ、イリス」


 ボクがそう言うと、イリスはにやけた顔で笑った。


 「その言葉、聞いたわよ」


 イリスは人差し指を立てながら、前のめりに迫ってくる。


 「応援してくれるなら、これからもあんたの力を私に貸しなさいよね!あんたのその実力、代わりなんて簡単に見つからないんだから!」

 「わ、わかったよ!うん、だからちょっと……近いって!」


 あまりにぐいぐい迫ってくるイリスの距離が近くて、思わずボクは一歩下がった。イリスははっとして顔をそらし、ぷいっと背を向ける。


 「とにかく、そういうことだから。これからも頼んだわよ、コウ」

 「……こちらこそ、よろしく、イリス」


 ボクも微笑み返して、その言葉に頷いた。


 そうして二人並んで歩き出す。

 夕日が、二人の背を静かに押していた。


 言葉はなかったけれど、その歩調は自然と揃っていた。


 まだ何が正しいのかなんて、わからない。

 この先、どんな未来が待っているのかも、わからない。

 でもきっと――この一歩一歩の先に、ボクたちの“答え”がある。

 その答えは、もしかしたら一緒かもしれないし、違うかもしれない。でも今はまだわからない。でもそれでいいんだ、とそんな気がした。


 そうしてボクとイリスは、まだ見ぬ明日へと、静かに歩き出した。

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