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更なる成長を求めて

 朝の道場。窓から差し込む光が床に斜めの影を落としている中、セバスチャンは木刀を静かに納め、背筋を正した。


 「コウ様……いえ、今は“コウ殿”とお呼びすべきかもしれませんな」

 「いえいえ、そんな。 むしろコウと呼び捨てにしてもらいたいくらいです」


 そう言ってから、いつものように微笑む。だが、その表情にはわずかに名残惜しさが混ざっていた。


 「蒼玲流としては、まだ教えられることはあります。ただ、ここから先は、一気に成長速度が落ちるでしょうな。――おそらくは、蒼玲流を掘り下げるよりも、他の流派や型を学ばれた方が、コウ様の“剣”の向上に繋がるかと存じます」


 ボクは黙って頷いた。セバスチャンが今回の手番で何を試し、何を見極めようとしていたのかは、痛いほど伝わっていたから。


 「まだまだ蒼玲流からも学ぶことは多い、とも思いますが」


 ボクはそこまで言って一呼吸を置くと続ける。


「でも、いつまでもセバスチャンさんのお世話になるのもよくありません。……今まで、ありがとうございました。セバスチャンさんのおかげで、ボクは本当に変われたと思います」


 頭を下げると、セバスチャンは穏やかにうなずいた。


 「それは何より。……またグレナティスに立ち寄られることがあれば、ぜひお手合わせをさせてください。そのときには一人の剣士として楽しませていただきますので」

 「はい、喜んでお願いします」


 そのやりとりで話が締まりかけたかに見えたが、セバスチャンはふと、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべて付け加えた。


 「あ、それと。たまには剣以外にも、そうですな……お茶のお相手でもしていただきたいものですな」

 「えっ……は、はい……!」


 どこまで本気なのかわからないが、思わずうろたえてしまう。


 「まだまだ、脇が甘いようですな」


 慌てるボクを見てセバスチャンはくすりと笑った。


 ***


 セバスチャンはその足でアグナルの執務室へと向かう。短く整えられたノックの音に「入れ」と声が返る。


 「――戻りました」

 「うむ。 どうだった、コウ君は」


 アグナルは手元の書類を脇に寄せ、セバスチャンに視線を向ける。


 「……影穿を、破られました」


 言葉が落ちると同時に、部屋に一瞬、静寂が満ちた。


 「……あの影穿を……か」


 アグナルの低く絞られた声には、驚愕ではなく、どこか納得の色が混ざっていた。


 「元・師範代であるお前が、打ち負かされる日が来るとはな……。いつかは、と思っていたが、正直もっと時間がかかると踏んでいた」


 セバスチャンは小さく頷く。


 「良い剣筋でした。蒼玲流の型を踏まえた上で、あの子自身の“剣”をしっかり持っていた。何より、あの“白い気”――」


 セバスチャンの目が鋭くなる。


 「あれは、非常に剣術と相性が良い。 一般的な五行の気はそれぞれ攻守に型や得手不得手がありますが、あの白い気は反応速度、動作精度を全般的に格上げします。……これから先、恐ろしい存在になるやもしれません」


 アグナルは椅子に身を預け、天井を見上げる。


 「……あの力が、今の王国に渡るのは――危険すぎるな。ましてや、そこで邪鬼化でもされたら……国としては、詰むやもしれん」


 窓の外には、少し高度を上げた静かな陽光が差し込んでいた。しかしその光は、帝国と王国の間に迫る暗雲を照らし出すには、あまりにも穏やかすぎた。


 ***


 セバスチャンとの試合から数日後、ボク達は準備をしてグレナティスを出た。


 馬車の揺れが心地よく、ボクはぼんやりと窓の外を眺めていた。グレナティスからエルダスまでは、道が整備されているとはいえ半日はかかる長旅だ。そんな時間の中、イリスがぽつりとつぶやいた。


 「あんた、この数ヶ月で本当に上手くなったわよね」


 不意に褒められて、ボクは少し照れくさくなった。


 「そうかな……? でも、セバスチャンさんのおかげだよ。蒼玲流の技だけじゃなくて、これまで自己流で振ってた剣と、流派の剣が、点から線で繋がった気がする。どっちもあったから、今の自分の剣になったっていうか……」

 「ふうん。ついこないだまでは私が型を教えてたのに、もう蒼玲流は学ばないんでしょ?」


 少し拗ねたようなイリスの声に、ボクは慌てて首を振った。


 「いや、違うよ。イリスさえよければ、だけどこれからもぜひ教えてほしい。蒼玲流の中には、まだ開いていない“扉”がある気がするんだ。……それに、あのセバスチャンさんの最後の技――たしか、“影穿”って言ってたっけ? あれをいつか、ボクも使えるようになりたい。そのためには、もっと蒼玲流の基本を積まないとって思ってる」


 イリスは横を向いたまま「……ふん」と鼻を鳴らす。


 「あんたがそこまで言うなら、教えてあげても良いわよ。その代わり……」

 「その代わり……?」

 「前みたいにあんたの剣を教えなさいよね。交換条件よ!」


 ビシッと人差し指を突き出すがほんの少しだけ、その頬が緩んでいるのが見えた気がする。

 しばらくは何も話さず、心地よい馬車の揺れと、道端を駆ける風の音だけが響いていた。


 ***


 ようやく辿り着いたエルダスの街は、相変わらずにぎやかだった。懐かしさが胸に広がる中、ギルドの建物が見えてくる。

 そして――


 「コウ君っ!」


 ギルドに入ると同時に、セリナが、受付のカウンターから一直線に駆け寄ってくる。


 「へっ……うわっ!」


 ボクの胸に勢いよく飛び込んでくるセリナ。完全に不意を突かれたボクはその場でたじろぎ、ぐらりと後ろに重心を取られた。


 「もぉ……ずっと連絡もしないで! 心配してたんだから!」


 (ちょ、ちょっと……セリナさん、あたってますけども……)


 柔らかくて、あたたかい。何が、とは言わない。けれど、それ以上に背後から感じる“気配”が……怖い。


 「あんた……いつからそんなに社交的になったのかしらね?」


 後ろに立つイリスの声が、氷のように冷たかった。


 「ち、違うんだイリス! ほら、久しぶりだからセリナさんも嬉しかっただけで――」


 「ふーん、あ、そう」


 イリスはこちらを値踏みするかのようにジロジロと見ている。


 「はいはい。だったらギルドの受付でも覚えたら? ちょうど教えてくれる人もいることだし」


 ぷいっと顔を背けたイリスの横で、セリナが苦笑して言う。


 「お帰りなさい、イリスさん。コウくんの相手をしてくれて、ありがとう」

 「……ふん。別に、付き合いで一緒にいただけよ」


 そう言って、イリスは腕を組んでぷいっと横を向いている。その様子を見たセリナは相変わらずね、と笑顔を見せた。


 「それじゃ、積もる話は色々あるけども、二人が付いたら案内するようにって言われてるの。ギルド長が二人を待ってるから、案内するね」


 そのままギルド奥の部屋に通され、久しぶりにギルバードと対面する。


 「久しいな、コウ。そしてイリス」


 ギルバードは少しだけボクらの顔を見ると、少し驚いた様子で言葉を続ける。


「……二人とも、いろいろあったようだな」


 ギルバードはそう言って微笑むと、手元の書類に目を落としながら続けた。


 「さて、二人に改めてきてもらったのは他でもない、昇格クエストの件だ。本来であれば、各々のギルドで昇格クエストを決めることもできるんだが、ちょっと今回は訳ありでな」

「訳あり……?」


 ボクが聞き返すとギルバードが頷く。


「……今回は特別任務になる。本来なら、シルバーランクに昇格する際に課されるべき、ゴールドランク相当の魔物の討伐――“金剛猿”だ」

 「ゴ、ゴールド相当!?」


ボクが驚くと、セリナが補足するように説明を始めた。


 「金剛猿は、周囲の魔物を集めて組織化する習性があるのよ。今のところ発見されたばかりで、それほど群れは形成されてないと思うけど……いずれこの街の脅威になると判断されたの。だから先手を打つ必要があるわ」


 ギルバードが静かに頷く。


 「本来であれば、お前たちにはまだ早い。だが……最近は国が破格の条件で傭兵を雇っていて、上位ランクの冒険者たちがみんな引き抜かれて出払っているのが現状だ」


 戦争の準備。その言葉は出なかったが、誰の胸にもそれは明白だった。


 (ここにも、戦争に向けた準備の影響が……)


 日常生活では「ちょっと物の値段が上がってきたかな?」程度でそこまで影響はしていないものの、やはり戦争はいろんなところに影響をしているのだと改めて実感した。


 「もちろん、断ることもできる。強制はしない」


 ギルバードの真剣なまなざしに、ボクはイリスと目を合わせた。

 互いに、無言で頷く。


 「……もちろん、受けさせて頂きます」


 ボクの言葉に続いて、イリスも強くうなずいた。


 「ふたりなら、きっと乗り越えられると信じてる。気をつけて行ってきて」


 セリナの言葉に背を押されながら、ボクたちはギルドを後にした。

 ――目指すは、金剛猿の討伐。

 戦いの気配は、すぐそこまで迫っていた。

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