受けの剣の神髄
訓練場には、ボクとセバスチャンの息づかいだけが響いていた。
ボクは踏み込みと同時に、斬撃――その木刀をセバスチャンの左肩を狙って振り下ろす。
しかしセバスチャンは、その斬撃が届く寸前の“呼吸の変化”を読んでいた。
ガンッ、と木刀の腹で受け流すようにいなし、最小限の足捌きで体を半歩引いてかわすと――
「っ!」
コウの懐にすかさず木刀を滑り込ませ、逆手で鋭く振り上げた。
(速い……!)
寸でのところでボクは左腕を引いてその一撃をかわすが、わずかに袖をかすめる。
ボクは躱した勢いを使ってそのまま水平斬りを打ち込むがセバスチャンはあえて受け止めず、軌道をずらして滑らせたあと、剣先をひとひねりして刃筋を崩し――そのまま間髪入れずに袈裟斬りを叩き込んでくる。
(力に頼んだ攻めじゃ通らない。……全部、“読まれてる”!)
打ち合いは剛と柔。コウの一撃が熱を帯びるほど、セバスチャンの剣は冷静さと正確さを増していく。
まるで“水の流れが岩を穿つ”ような、しなやかで強靭な剣筋だった。
セバスチャンは涼しい顔のまま、木刀を受け、いなし、誘導していく。
(このままじゃ……抜けない)
ボクは足を引いて一瞬距離を取ると、深く息を吸い込んだ。
「……やはり、このままじゃ一太刀も浴びせられないのですね」
単純な剣の打ち合いではどうにもこうにもセバスチャンに一太刀を浴びせることができないことを悟るとボクは次の手を打つことを決める。
ボクは一呼吸を置いて気を練ると白い気が全身を包み込む。
流れるような気の循環が、今までになくスムーズだとコウは自分でも感じた。
身体の反応速度が上がり、踏み込みも深くなる。
「それでは私も」
セバスチャンも、水の気を練りながら対応を始める。
全身に白い気をまとったボクは、地を滑るように踏み込む。
音を置き去りにする速度で前へ、横へ、角度を変えながら間断なく斬撃を放つ。おそらく、受けているセバスチャンから見ると五人、十人が一斉に襲いかかってくるかのようだろう。
だが、セバスチャンも水の気で応戦する
水の気が全身に循環し、彼の体はまるで“波”のようにしなやかに動いていた。
ボクの連撃をセバスチャンは真正面から受けるのではなく、大気中に張り巡らせた水の気で剣先の角度と気の流れを巧みに変え、まるで水面を滑らせるように受け流す。
その動きにボクの剣を止める程の“力”はない。しかし、ボクの剣は“止めらない”。
「くっ……!」
斬っても斬っても、ボクの刃が“すり抜けていく”。まるで斬り結んでいるのは“剣”ではなく、“水”そのものだった。
(防いでるんじゃない……流してる……!)
その瞬間、セバスチャンの木刀が逆流するように伸びてきた。
一歩引いたかと思えば、足を滑らせるように踏み出し、コウの死角に潜り込む。
上段からくるかに見えた斬撃が、回転と共に下段へ切り替わる。
だが、気をまとったボクの身体強化はそれを読み、反応した。
「まだっ!」
ボクは咄嗟に地を蹴り、半身を捻るようにして木刀を叩きつけ、相手の剣筋を強引に打ち払う。
両者の気が衝突し、木刀と木刀が火花のように激しく鳴った。
斬って、受けて、滑らせて、跳ね返す――
剣技の応酬は、もはや“型”ではなく“流れ”そのものだった。
ボクは身体強化により五感と反応速度を極限まで引き上げ、セバスチャンの水の剣筋を読みながら追い詰める。
しかしセバスチャンは、その剣速を真正面から受け止めようとはしない。
彼の木刀が、水面を弾くような軌道でコウの斬撃を滑らせ、逆にその刃の軌道を利用してコウの構えを崩す。
「……くっ!」
ボクは咄嗟に膝を落としてなんとか体勢を立て直すと、その隙を見てセバスチャンが踏み込む。
刃筋に揺らぎを乗せた連続突き――鋭いのに柔らかく、重ねられれば確実に気を削られる型。
ボクはそのすべての突きに対して、なんとか身をよじらせて紙一重で回避しながら、剣戟の合間を見て一歩踏み込んで振り下ろす。
「はああッ!」
気を纏った木刀が空気を切り裂く。
だがセバスチャンはそれを予見していたかのように、わずかに角度を変えて跳躍し、逆にコウの背中を狙って着地する。
(――やる……)
すかさず反転したコウが背後からの斬撃を受け止めると、衝突の衝撃で二人の身体が自然に押し離された。
呼吸が重なり、気の残滓が空気を震わせる。
間合いが――開いた。
(数を打ってもだめだ。全部躱される。相手が躱しきれない最速を一点集中でいくしかない)
ボクは今の自分の全身全霊をかけて、全身の気を一点に集中させ、地を蹴る。今までよりも圧倒的な速さでセバスチャンに剣を振り下ろす。
するとセバスチャンは、ボクの剣を刃で受け流しながらセバスチャン自身がボクの方に向かって肉薄してくる。
(これ……見たことある。前に一度、やられた時……)
自分自身の見えている世界がスローになる。切り込んだ剣にあわせて飛び込んでくるセバスチャンと一瞬、目が合ったような気がした。
(前回と同じようには……)
切り抜けたセバスチャンが背後から斬りかかってくるのを感じ、ボクはそのまま斬りかかった勢いで後ろを向き迫り来るセバスチャンの木剣を斬り上げて弾き飛ばす。
ガンッ!
鋭い打撃音とともに、セバスチャンの木刀が宙に舞う。その様子に、見ていた誰もが息を飲んだ。
「……!」
セバスチャンが目を見開いた。
「まさか……影穿を破るとは……!」
静寂の中、セバスチャンが両手を挙げる。
「降参です。お見事でした、コウ様。この強さがあれば……アイアンクラスの昇格クエストなど、問題ないでしょう」
「……ありがとう、セバスチャン」
息を整えながら、コウは自然と笑っていた。
自分の成長を――ほんの少しだけ、自分で誇ってもいい気がした。
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