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思わぬ誘い

 セレフィア王国グレナティス――イリスの実家であるヴァルティア家の屋敷に視点は戻る。


 アグナルはここ最近、王都での軍議に呼ばれる機会が増えていた。戦争の気配がいよいよ現実味を帯びてきた今、その剣技と家格を持つヴァルティア家が軍議に顔を出すのは当然の流れだった。

 

「お父様、また不在なのね……」


 頭では理解していても、やはり戦争の準備で父親が不在がちになるというのは娘からするといい気はしないだろう。廊下を歩くイリスの表情には、どこか影が差していた。

 横を歩くボクは、黙って彼女に歩調を合わせていた。


 吸穢の祠から戻った後、アグナルからの依頼で「イリスがシルバーランクに昇格するまではもしよかったら一緒にパーティを組んでやってほしい」と頼まれていた。もちろん、その間の屋敷での生活は面倒を見てくれるし、これまで同様、蒼玲流を指導してくれるという条件付きであったため、ボクに取っては断る理由がどこにもなかったし、むしろ有り難い話だった。


 その言葉通り、ボクはグレナティスを拠点に、朝はセバスチャンとの稽古、それ以外はイリスとギルドクエストをこなしていた。ブロンズランクの依頼だったが、簡単な素材採取や魔物の討伐依頼。どれもイリスとボクには今や難なくこなせる内容だった。


 一方で、セバスチャンとの稽古は、そう簡単ではなかった。


 淡々と木刀を振るうセバスチャンに、ボクはなんとか歯を食いしばりながら必死に喰らいついていた。

 蒼玲流と呼ばれる独特の流れるような剣筋。習い始めた頃は“なにが起きてるのかすら分からない”レベルだったが、今はその動きの意図が少しずつ見えてきた。


 (剣の道は、奥が深い……でも、少しずつ何かが掴めてきてる気がする)


 そんなことを日々思いながら、ボクは鍛錬に励んでいた。


 そしてある日の夕刻、ギルドから戻り魔導具でそれぞれ測定をする。


 ――名前:コウ

 ――種族:人

 ――五行適性:無

 ――命気:0

 ――魂量:62

 ――ランク:アイアン(仮)


 ――名前:イリス=ヴァルティア

 ――種族:人

 ――五行適性:水

 ――命気:398

 ――魂量:95

 ――ランク:アイアン(仮)


 前回のクエストから大きく数値の変動はなかったが、昇格クエストを受けられる目安と言われてる(仮)の文字がランクの欄に浮かび上がっていた。


 それを見たギルドの受付が声をかけてきた。


 「イリス様、コウ君、おめでとうございます。 ブロンズランクでの実績が評価され、アイアンランク昇格の条件を満たされました」

 「やっと、だわね……」

 「うん、そうだね。 ここのところギルドのクエスト、ちょっと物足りなかったもんね」


 ブロンズの昇格試験も大概だったが、吸穢の祠もなかなかにしんどいものがあった。それに比べれば、ブロンズランクのクエストは難易度がかなり低いのだ。


 「それと、ですね。実はエルダスからこちらのギルドに連絡が来ておりまして、昇格試験を受けるタイミングになったら一度エルダスに顔をだしてほしい、とのことでした」

 「……エルダスか」


 コウの脳裏に、冒険を始めた頃のことが浮かんだ。


 (そういえば、最近すっかり顔を出してなかったな。セリナさん、元気かな?)


 「ねぇコウ。 あんた今、エルダスの名前を聞いてセリナのこと思い浮かべてたでしょ?」

 「えっ、え? そ、そんなことないよ?」

 「まったく。クエスト中には背後に気をつけることね」


 そんなやりとりを見ていたギルドの受付はボク達を生暖かい目でみていた。


 ***


 数日後。アグナルが屋敷に戻ってきたタイミングで、ボク達は昇格クエストの件をアグナルに伝え、イリスと共にエルダスへ向かうことを伝える。


 「そうか。アイアンランクか……順調だな」


 アグナルは短く言っただけだったが、その目にはしっかりとした信頼の色があった。

 そして――その会話を背後で聞いていたセバスチャンが一歩前に出る。


 「それでは、私から一つお願いがございます」

 「……ん?」

 「アイアンランク昇格に向けての確認を兼ねて、明朝。わたくしと一度、全力での立ち合いをお願いできますか?」

 「全力……?」

 「これまでコウ様には蒼玲流の基礎を覚えてもらうため、私と打ち合うときは蒼玲流の技のみを使っていただいておりました。ですが今回は、あえて流派の技に縛らず――今の“コウ様ご自身の全力”でぶつかってきていただきたいのです」


 セバスチャンの真っ直ぐな視線に、ボクもまた真剣な眼差しで応じる。


 「……わかりました。全力でやらせてもらいます」


 こうして、ボクとセバスチャンの真剣勝負が約束された。


 ***


 翌朝、屋敷の道場にて。

 いつもと変わらぬ場所、だが空気だけが明らかに違っていた。


 セバスチャンは無言のまま、静かに木刀を手にしている。その立ち姿からは、いつもの穏やかな使用人の気配も、いつも蒼玲流を教えてくれていた剣の師匠としての気配も消えていた。


 「……本気、ですね」

 「はい。コウ様がアイアンランクと……それにイリス様の横に立つにふさわしい“実力”をお持ちかどうか、しかと拝見させていただきます」


 ボクもまた木刀をぎゅっと握り直す。その手には迷いはなかった。


 「では、参りますっ!」


 声と同時に、ボクは気を練らず、セバスチャンに正面から向かった。

 セバスチャンはうっすらと微笑んだように見えた。


 次の瞬間、二人の木刀が激しくぶつかり合う。

 乾いた打撃音が、庭に響いた。


 (……速い!)


 これまでの稽古よりも格段に速い剣速。だが、身体は追いついていた。

 蒼玲流を習い始めてから、しばらくの間、クエストの中でも蒼玲流のみを使うように意識していた。そのため、いざ「好きに剣を振って良い」と言われても少々戸惑った。


 が、その戸惑いは一瞬だった。蒼玲流の型にない剣を二度、三度振るうと、そこから先はこれまでの自分の体に染みこんだ剣としての現時点における最適解が勝手に繰り出される。


 そしてこれまでは半ば強制的に蒼玲流の剣を使う、と意識をすることで幅を狭めていた考えが、その制約を外され一気に広がり逆にコウの集中力を高めていた。


 (剣の道は奥が深い……一つの型を学ぶことで、幅も、深さもどちらも広く、鋭くなっていって全てが繋がっていく)


 蒼玲流で培った“流れ”の中で剣を振るうという基本姿勢が、今までの自己流の剣筋に新たな鋭さとなめらかさを加えていた。


 セバスチャンとの打ち合いの中で、ボクは成長を確かに実感していた。

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