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宰相ビロス

 セレフィア王国の王都ヴェルナード。

 眩く磨かれた大理石の廊下を、カグロウは無言で歩いていた。今回、王都に来るのは初めてだった。見慣れぬ情景と、これから会う相手への腹立たしさを押しとどめることができるかの緊張で、背筋は伸びているが、その気配は常にピンと張り詰めていた。


 カグロウが案内されたのは、王都ヴェルナードの来賓室。足元には金糸を織り交ぜた緋色の絨毯が敷かれ、壁には王族の肖像画や西方風の油彩画がずらりと並ぶ。

 天井から吊るされたガラス細工のシャンデリアには、魔導灯が複雑な配列で埋め込まれており、昼間でも過剰なほどに明るい。

 すべてが“見せるため”に整えられた空間だったが、その豪奢さは、どこか押しつけがましい不快さを伴っていた。


 そしてその室内の奥には、ひときわ目を引く男が腰掛けていた。


 深紫に金糸をふんだんにあしらった上衣に、宝石のボタンが十個も並んだ飾り袖。胸元には王家の紋章を象った大振りなブローチが輝き、足元には艶やかな黒革の靴が違和感なく敷かれた絨毯と同化していた。

 すべてが権威の象徴であり、己がそれをまとうに“ふさわしい”と信じて疑わぬ顔つきだった。そういう意味では、この男は、この部屋に非常にマッチしていた。


 カグロウを目の前にするとグラスを手にしながら、男はわざとらしく目を細める。


 「ほう……ずいぶん静かなもんだな、帝国の使者というのは」


 先に部屋にいた男が、薄く笑みを浮かべていた。

 セレフィア王国宰相――ビロス=エルカート。

 見た目こそ整った貴族然とした風貌だが、その奥に滲む傲慢さは隠そうともしない。


 「我が国の部屋にしては、この部屋はいささか地味で申し訳ない。もっとも……お前たちには贅沢すぎるかもしれんがね」


 言葉に刺さるような棘を含ませながら、ワイングラスを軽く揺らす。


 「長旅ご苦労。まぁ座ってくれ」


 カグロウは表情ひとつ変えずに腰を下ろした。


 「ご配慮、痛み入る。……陛下より命を受け、貴国から頂いた書状に関する返答状況の準備のご説明のため参上いたしました」

 「“属国になる”決断はついたか?」

 「いえ……国内では現在、意見が割れておりまして。貴国の庇護を受けることを快く思わぬ者もおり、先々の混乱を防ぐため、慎重に調整を重ねております」


 口調は丁寧だが、芯は決して折れていない。

 ビロスは嘲るように笑った。


 「ふん。 何を悩むことがあるのだ。このセレフィア王国の子供にしてやるんだぞ。偉大なる親の子供になれることに何を躊躇しているのだ」

 「仰る通りにございます。ただ、子供は子供なりに自分たちの好きにやりたいという思いも一部ではありますようで」


 わざとらしく足を組み直し、ビロスはばさりと上着をはためかせる。


 「まったく……国も小さければ、器も小さい。そんな連中すらまとめられないとは、“帝王”とは名ばかりだな」


 その瞬間、カグロウは思わず目の前の男に殺意を覚える。ただ、その場にいるのは武芸の道からも切った貼ったの駆け引きをする商いの道からも遠く離れた、ただ権力の上にのさばる宰相だったためカグロウの殺意に気がつかなかったようだ。


 カグロウは思わず懐に隠した小剣を手に取ろうかと思った――だが、寸前で止めた。


 (ここで斬れば、カイエン様の計画に泥を塗ることになる……)


 奥歯で苛立ちをかみ殺しながら拳を握り締め、静かに息を吐くと、低く頭を下げた。


 「……もう少々、お時間を頂戴いただきたく存じます」

 「ふん、さっさとしろよ。お前らなんぞが属国にならずとも、いくらでも代わりはいるんだからな」


 イスにふんぞり返っていうビロスに頭を下げながら、カグロウは自身の感情を押し殺して応える。


 「ご進言、深謝致します。何卒、しばしお待ち頂きますよう、ご容赦願います」


 その様子を満足そうに見つめるビロスには、おそらくカグロウの腹の内は微塵にも見えていなかった。


 ***


 「――以上が、王都ヴェルナードでのやり取りとなります」


 カグロウがヴェルナードから戻り、カイエンへの報告が終わると、部屋に重たい沈黙が落ちた。

 ザイレム帝国の帝都にある会議室。そこにはカイエン、ユエン、そして報告を終えたカグロウの三人が集まっていた。


 「……ずいぶんと、舐められたものだな。カグロウよ、よく、耐えてくれた」


 カイエンは腕を組んだまま、低くつぶやいた。


 「有り難きお言葉。その言葉で小生、報われます」


 「さて、どうしたものかしらね」


 ユエンが問うとカグロウは口を開く。


 「王国宰相・ビロス。話術は巧妙だが、実に底が浅い。……だが問題は、ビロスという存在がどうこうというよりも王国全体の“動き”です」


 カグロウは地図の上を指差しながら、さらに口を開いた。


 「セレフィア王国は現在、軍備を急速に拡大中とのことです。周辺諸国に“属国になれ”と声をかけており、その中には――ノイエルの名も含まれているそうです」


 その名に、ユエンが眉をひそめる。


 「ノイエルは中立国だからそう簡単にはセレフィア王国の属国になるとは思えないけど……でも、万が一そこを押さえられたら、交易路がほぼ封鎖される。……外に敵をつくりながら、国内の求心力を保とうとしてるのね」

 「ええ。セレフィアの街の様子を見る限り、景観も生活水準も申し分ない。だが……活気がない。民は、どこか虚ろでした」

 「……不満が溜まってるのか」

 「はい。国内でも王に不信感を持つ声や、細かな話ですが騎士団長が権力を振りかざしている、などの噂が街中で広がっているようです」


 カイエンはしばらく沈黙し、ふとつぶやいた。


 「……それだけの不満が渦巻いていながら、なぜ邪鬼が発生しない?」


 ユエンが、傍らの古地図に目を落としながら口を開く。


 「セレフィア王国の地形は、地脈の“流れ”が素直で、穢気が停滞しにくい。 元々、国の中心は“うちみたいな事情”がない限り、そういった穢気が流れやすく溜まりにくいところに興りやすいのよ」

「そうはいっても、流れていった穢気が勝手にどっかに行ってなくなる、なんてことはないだろう?」

「そうね。 おそらくだけど、きっとこのあたりは溜まりやすいはずだわ」


 指差された地図の先。それはヴェルナードの北西にあるユグ山から更に西にいったあたりだった。


 「……なるほど。たしかに、このあたりなら邪鬼が発生しても山を隔てているから王都にはさして影響がないってことか」

 「ええ、そうね」


 ユエンはそう答えながら、顎に手を当てて少し考える。


 「むしろ、セレフィア王国ほどの人口で穢気が溜まり続けたら……“黒の器”の発生もありえるかも……」


 黒の器という単語に、カイエンもカグロウもハッと顔を上げユエンを見る。


「ザイレム帝国以外にも、“黒の器”が現れてもおかしくないということか?」


 カイエンの問いに、ユエンは静かに頷く。


 「黒の器は元々、うちの国だけに発生し得るものではないわ。穢気が集まるところにはどこでも発生する可能性がある。人の数や都市の規模が違うし、気の淀み具合がわからないから断言はできないけど……その可能性はある。むしろ、この条件なら“もう現れている”と見る方が自然」

 「黒の器……」


 カイエンは目を細める。


 「……もし王国がすでにそれを手にしていれば、我らにとっては最悪の脅威。だが――もし確保できれば?」

 「もちろん、黒の器の制御はリスクもある。それが邪鬼化すればセレフィア王国以上の脅威になるわ。でも、もしうまく制御できればセルギスに、これ以上の重荷を背負わせずに済むわ」


 ユエンの言葉は、冷静な分析でありながら、わずかに揺れていた。

 しばらく沈黙が続いたのち、カイエンが口を開いた。


 「決めた。まず――ノイエルと同盟を結ぶ。あの国が我らの背を支えるなら、王国への牽制になる。ノイエルとの同盟締結は、今後我が国の発展にも大きなメリットになる。短期的にはこちらが多少不利になっても友好的な関係を築けるようにしよう」

「相手は小さな島国。自国で採取ができない魔導石の取引価格や量を融通すれば、悪くない関係が構築できるはずよ」


 ユエンの提案にカイエンは頷く。


 「そして、同盟に向けた調整と平行して――“黒の器”の有無の確認と、もしいた場合の確保に向けて動き出せるよう、準備を始めておけ」

 「次回、セレフィア王国に行く際はユエンとともに穢気が滞留する地方に赴きます」

 「頼む。そしてそれまでは、カグロウ。苦労を掛けるがなんとか交渉を長引かせろ。ビロスの傲慢さを逆手に取る」

 「御意に」

 カイエンの静かな語気の中に、確かな意志が宿っていた。


 揺れる世界情勢の中――帝国は静かに、次なる一手を打ち始めていた。

ザイレム帝国のお話はここまでです!

次から再びコウ達のいるセレフィア王国に舞台は戻ります!


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