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ザイレム帝国

 舞台は、コウ達がいるセレフィア王国から中立国のノイエルよりさらに東にいったザイレム王国。


 木の香りがわずかに漂う、厳かで静謐な空間。その中央に、一際目を引く男が鎮座していた。


 背筋は真っ直ぐに伸び、漆黒の長髪を後ろで束ねた大柄な身体。顎に整った口ひげをたくわえたその男――ザイレム帝国の帝王、カイエンである。

 その左右には、それぞれ全く異なる気配を持つ側近たちが控えていた。

 右手に座るのは、身の丈は小柄ながら、丸く刈り上げた短髪に研ぎ澄まされた眼光を宿す武人、カグロウ。

 左手には、淡い赤の髪を肩に流し、妖艶という言葉が似合いすぎる女参謀、ユエン。

 そして、カイエンの正面に座しているのは、白髪の大柄な青年――その瞳は虚ろに揺れていた。彼の名はセルギス。カイエンの実の息子にして、帝国最大の“秘宝”である。


 「……全く、低く見られたものね」


 ユエンが艶やかに口を開いた。


 「属国になれ、だなんて。 冗談もたいがいにしてほしいわ」


 ユエンは手にしたセレフィア王国の王印が押された書状をテーブルの真ん中に投げ捨てる。

 それに同意するように、カグロウが鼻を鳴らす。


 「セレフィア王国の属国になれとは、笑止千万」


 カイエンは苦笑し、深く背もたれに身体を預けた。


 「……動乱が続いていたとはいえ、俺が帝王としてこの国を治めて十年になる。国がようやく一つにまとまりかけた、この時期に“従え”とはな……」


 視線を少し上げ、どこか遠い記憶をたどるように言葉を続ける。


 「もうあと五年、早かったら…… 考え方も、少しは違っていたかもしれんがな」


 カイエンは、視線を横に向ける。


 「……ユエン。国力の観点で見て、我らと王国との差は?」


 ユエンはしなやかに腕を組みながら、冷静に口を開いた。


 「人口はおよそ十倍、国土は五倍。それよりも乖離が大きいのは国家予算でしょうね。兵士の数は向こうが二倍くらい、ってとこかしら。でも……兵力の練度なら、うちが上。十年前まで戦の絶えなかった国に、ぬるま湯で育った兵が太刀打ちできるかしら?」


 そして、ゆっくりとセルギスの方へ視線を移す。


 「それに……私たちには“ザイレムの秘宝”があるもの」


 カイエンは少しだけ眉をひそめ、視線を正面へ戻す。


 「動乱の渦中で、不穏分子は全て斬り捨てた。俺を頂点に据え、国を一つにまとめた今、民はようやく“国”という形の中で生き始めている。まだ裕福とはいえんが、それでも……街にようやく笑顔が戻りつつある」


 言葉に、苦味と誇りが混ざる。


 「そんな場所に、土足で踏み込んできて“明け渡せ”と来たんだ。はは、言ってくれるじゃねぇか」


 ユエンは肩をすくめ、ため息をついた。


 「対等な立場で、双方に利益があるって内容なら、話は別だったのに。同盟の名のもとに一方的に我が国に軍事協力を求める? その上でふざけた関税? どこをどう見ても、あちらに都合の良すぎる話よ」


 ユエンは続ける。


 「例えば、だけど。軍事協力は行わない。けれど、互いの関税を撤廃することで、経済的な結びつきだけを作る。その程度の“友好同盟”であれば手を結んでもいいかもしれないわ」


 カグロウが黙って頷く。カイエンは一拍置き、静かに口を開いた。


 「……そう簡単に片がつく話ではないな。火種は火種だ。こっちも無傷では済まん。だが今は――まだ時機じゃない。この件、しばらく時間をかけて、慎重に処すとしよう」


 会談の場が静かに、だが重々しく閉じられた。


 ***


 夜の帳が静かに降りて帝の屋敷周囲にはぽつぽつと明かりが灯る頃、帝の屋敷の最上階近くにある一室に、重たい気配が満ち始めていた。


 そこは他の部屋とは異なり、壁や柱の一本一本にまで特殊な気が巡る結界が張られている。

 中央には、黒曜石のような大きな水晶の柱――その周囲を囲むように、四方の隅にも中央の柱より更に大きな材質の柱が立ち並んでいた。


 その中央に、白髪の青年――セルギスが静かに歩み寄り、そして恐る恐る、水晶へと手を伸ばす。


 「……っ」


 指先が水晶に触れた瞬間、部屋の結界が音もなく震えた。


 四方に配置された柱の内部から、黒い霧がごう、と音もなく渦を巻いて立ち昇り、中心の柱へ吸い寄せられたかと思うと、すぐさまその黒い霧はセルギスの身体を包み込む。


 「が、ああああ……っ!」


 セルギスはその場に膝をつき、頭をかきむしった。

 その声は、苦悶と獣の呻きが混じり合ったように低く、耳を裂くようだった。


 穢気――かつて動乱の時代に、様々な人の欲が、憎しみが、怒りが、悲しみのなれの果て。そして、今なお動乱を再発させようとする禍々しい気。


 セルギスは、その穢気を己の身で“飲み込み”、制御し、そして時には武力とする依り代。選ばれた存在。

 だが、それは常に彼の心と命を削る行為でもある。


 「セルギス様……!」


 セルギスのうめき声を聞いて慌てて部屋に駆け込んできたのは、巫女装束に身を包んだひとりの女性だった。

 淡い赤の髪を持ち、どこかユエンと面差しの似た――その娘、カレンはセルギスのそばにひざまずき、彼女は紅を帯びた髪を揺らしながら、懐から古びた数珠を取り出す。

 光を吸い込むような深い黒珠の一つ一つには、と、かすかに淡く光る“祈祷文”が刻まれていた。


 「……穢れを和らげる風よ、命のうねりよ――清めの道へと戻れ……」


 カレンは静かに祈りを捧げ、数珠を両手に巻きつけながらセルギスの丹田に掌を重ねる。


 小さく、祈るように唱えられた言葉とともに、淡い黄色に光った気は彼女の両手を伝ってセルギスの丹田へと柔らかく流れ込む。

 やがて、渦巻いていた穢気は徐々に静まり、そしてセルギスの様子も額に脂汗を浮かべながら荒い息をしているものの、様子が落ち着く。


 「あ……う……」


 セルギスの身体から力が抜けていくのが見て取れた。


 「セルギス様、大丈夫ですか……?」


 カレンが手を取ると、セルギスは少しだけ力なく微笑んだ。


 「……カレン……いつもありがとう」

 「いつでも、お傍におります」


 そう言って、カレンはセルギスの手を両手で包み、自らの額に当てた。

 まるで、魂と魂を繋ぐように。


 そして彼女は、もう一度懐に手を伸ばし、小さな瓶を取り出す。


 「今日の分です。どうか、お飲みください」


 セルギスはそれを黙って受け取り、液体を喉へ流し込むとその苦みから顔をゆがめるとそのまま全ての力を使い果たしたかのように目を閉じた。


 その様子を、廊下の陰から静かに見つめる人影があった。

 黒い羽織を肩にかけたまま、静かに腕を組む――帝王カイエンだった。


 「……内乱が終わって、十年が経つ。……それでも、この穢気の量か……」


 低く、誰にも聞こえぬような声でそう呟くと、カイエンはゆっくりと背を向け、静かに闇へと歩み去っていった。

第四章、スタートです!


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