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新たな使命

 グレナティスでの新しい生活が始まって、数日が経った。


 街の中心に位置する冒険者ギルドは、思っていたよりも大きく、エルダスのものと引けを取らない規模だった。依頼の数も種類も多く、受付の対応も丁寧だ。セリナがいないギルドには少し違和感があるが――こっちはこっちで悪くない。


 「よし、今日もやるわよ。今日は西の林道で素材回収依頼ね」

 「うん、任せて。荷物運ぶのは得意だから」


 ボクは荷物を背負うフリをすると、思わぬカウンターが飛んできた。


 「前が見えないふりして、ぶつかって押し倒してくるのとか、ほんとやめてよね」

 「はい…… すみません」


 (余計なこと言うんじゃなかった)


 イリスの冷静な突っ込みにボクは謝るしかなかったが冗談でこの話題を出せるくらい、関係は進展したのかもしれない。うん、そう思うことにしよう。


 そんなイリスとの共闘も、もう自然になってきた。前は肩を並べて歩くのにも緊張してたのに、今は隣を歩いてることが当たり前になっている。


 2日に1回は道場でセバスチャンに剣を見てもらい、昼からはクエストをこなしていた。セバスチャンからは実戦に応じた“動く中での応用”を、逆にイリスからは道中や待機中の時間を使って“基本の型”を繰り返し教わっている。


 「ほら、足の向きが違うわ。そこ、重心が外に逃げてる」

 「わ、ほんとだ……これだと打ち込んだ後に剣が止まるのか」


 剣筋には正解がない。生まれ持った体格や重心位置、利き手、利き足、利き目などが絡み合い、極論を言えば同じ剣筋はこの世に一つとない。だが、この剣筋を身体的な個性に関わらず極力統一するのが型の習得だ。歴史がある流派ほど、この型に試行錯誤が練り込まれていて、無意識にやるとばらつきやすい所作を型の中で強制することで流派としての剣筋を作り上げる。特に蒼玲流の剣は、一太刀一太刀に重きを置くよりも、連続性を意識した剣だった。


 イリスが銀色の髪をなびかせ、白く光る汗を輝かせながら踊るようにひとつひとつ型の動きをなぞっていく。その剣の軌道は、まるで空気を縫う糸のように、真っすぐで、しなやかだった。


 「……やっぱり……きれいだな」


 ボクはぽつりとつぶやくと、イリスは剣を止めて顔を真っ赤にしている。


 「な……っ、な、なに言ってんのよ、いきなり!」


 イリスが顔を真っ赤にして、剣を構えたまま硬直している。


 「えっ、あ、いや……あの、その、動きが整ってて……」

 「う、うるさいっ! もうちょっと黙って型やってなさいよ、まったく……!」


 ツンと顔を背けた彼女は、でもその耳の先まで真っ赤だった。

 そんな、なんでもないような日常が、ボクにはすごく大切に思えた。


***


 「イリス、ちょっとこの後時間あるか?」

 

 コウとクエストをこなして戻ったある日のこと、父親のアグナルと廊下ですれ違った際に突然呼び止められた。こうやって呼び止められるときは何かあるときだ。


 ノックの音に続いて執務室の扉を開けると、父――アグナルが書類を片付けながら顔を上げた。


「来たか、イリス。 こちらに戻ってきてから少し経ったが落ち着いたか?」

「はい、コウとクエストを受けにいく、という点ではこれまでの生活と異なる部分もありますが、順調かと思います。」

「ならよかった。コウ君はどうだ? 上手く馴染んでいるか?」

「はい、その点も大きな問題はありません」


(相変わらず自己犠牲気味なところはあるから危なっかしいけど、ね)


 私はそんなことを思いながら父親と他愛もない話をしながら話の核はどこにあるのか様子を探る。


「ふむ。あの少年、礼儀も素直さも備えている。……そういえば、彼はあの剣をどこで学んだんだろうか?」


 父の問い方には、どこか探るような空気が混じっていた。


(これが聞きたかったことの本命ね……)


「なんでも、住んでいた村を追い出されたときに、近くを通りがかった「リゼ」という方に助けてもらい、その後面倒を見てもらったと聞いています」

「リゼ……? たしかにそう言っていたのか?」


 “リゼ”という単語に父は息を呑んだ。珍しく動揺している気がする。


「ええ、確かにそう聞いていたかと。赤髪で、炎の気を上手く使う師匠だったとコウからは聞いています」


「そう……か」


 父は一度目を閉じ、一瞬考え込んでいたが何かを決めたようにこちらを見据えていた。


「イリス、ここからの話は他言無用で頼む」


 私は無言で頷くと父は続けた。


「黒の器、という言葉を聞いたことはないか?」


 その単語を聞いたとき、なぜか私の心臓はトクンと脈打った。そして、父の知りたかったことがわかった。


「はい、コウから。そして、コウがその黒の器だということも」


 父は小さく頷き、窓の外に視線を向けたまま、しばらく黙っていたが重い口を開く。


「今、王都では“黒の器”の動向について密かに情報を集めている。十五年前の地脈の乱れと、これまでの黒の器に関する伝承を元にな」

「……王都が、ですか……?」

「王は、ああいう存在を“力”として扱いたいと考えている。訓練し、制御し、そして最後には……戦場に立たせる」


 静かに、けれど重く告げられたその言葉に、私は目を伏せた。


「お父様は……コウのことを王国に……?」


 しばらくの沈黙が親子を包む。しかし帰ってきたのは思わぬ内容だった。


「それはな……お前に決めてもらおうと思ってるんだ、イリス」


 驚いて顔を上げると、父はまっすぐに私を見ていた。


「イリスも気がついているかもしれないが、王都の情勢は何やらきな臭いことになっている。国益のためと言って軍事強化を進め、他国との戦争も辞さない国の姿勢に私も思うところがないわけではない」

「一方で、王国に反旗を翻し、この領地に住む領民に辛酸をなめさせるわけにもいかない。今はまだそのときではないんだ」

「で、ではどうすれば……」


 父は微笑み、心配そうにしている私に優しく語りかけた。


「だから、国には娘が黒の器を発見し、懐柔しているとだけ伝えておく」

「つまり、時間稼ぎ……」

「そうだ。その間に、イリス。お前はこの国のこと、世界のこと、そしてコウ君のことを見た上で何をどうするのが最適なのかをしっかりと考えてほしいんだ」


 私は拳を握りしめ、頷く。

「……わかりました。しばらく、この国を、そして彼を見極めるための時間をください」

 アグナルは深く頷くと、やわらかく笑った。


 ***


 廊下に出てから、私はゆっくりと歩いた。

 遠くから、道場で響く剣の音が聞こえる。


(国の命、か……)


 国のために命をかけた母親のことが思い返された。母のことは、お父様からも表面上は戦死とだけ聞かされており詳しくは聞かされていない。ただ、国を裏切ったとされ、名誉を失った――その断片的な噂だけは、街中で耳にしていた。


(私は、誰かの言葉じゃなく、自分の目で決める)


 私が所属している国の命令だから、とか、黒の器だから、とか、力を持っているからといって、それが「正しさ」や「危うさ」には直結しない。

 私の目で、心で、この国を、コウという人間を見極める。それが、今の私にできる唯一のこと。

 私は心の中で、静かに覚悟を固めた。

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