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様々な思い

 執務室の窓から、柔らかな朝の光が差し込む。

 蒼玲流の道場での模擬戦を終え、アグナルは椅子に深く腰を沈めていた。目の前には、セバスチャンが静かに立っている。

 

 「……見事だったな。あれを使うとは思わなかった」

 「左様にございます。彼の剣は荒削りですが、実戦で叩き込まれた剣ですな。 少々、熱が入りました」


 セバスチャンの口元には、珍しくわずかな笑みが浮かんでいた。


 「それであの“影穿えいせん”――。現時点ではお前と私しか扱えぬ、蒼玲流の裏奥義。敵の攻撃に合わせ、意識の外から剣を通す……集団戦において、指揮官が最後の局面で生き残るために編み出された後の先の技」

 「はい。あの子の気の放ち方を見て、とっさに反応した結果でございます。あの技をださなければ、結果は逆になっていたやもしれません。……反応速度も、見えていた範囲も、凡庸ではありませんでした」


 アグナルは軽く頷き、顎に手を当てる。


 「白の気。そして、黒髪に黒目」

 「えぇ、ここに全属性への潜在適応と異常な命気を持つことが確認できれば黒の器。その条件がすべて揃っていますな」

 「コウが付けていた腕輪は、おそらく命気を抑えるためのものだろう。 明らかに気の流れがあの周りだけ異質だった。そこから考えられるのは、おそらく命気量は相当なのだろう」


 二人の間に、静寂が落ちた。


 「……まさか、こんな形で巡り会うとはな」


 アグナルの視線が、窓の外へ向けられる。


 「昨日、イリスがコウを連れてきたときは驚いたよ。食堂に入ってきたあの瞬間、思わず目を疑った。まるで、伝承からそのまま歩いてきたかのようだった」


 セバスチャンは頷き言葉を続ける。


 「でも彼は、噂で聞いていた“器”とはまったく印象が違いました」

 「あぁ、私もその印象に賛成だ。黒の器はその残虐さや非常さ、傲慢さが伝えられていたが……」


 アグナルの言葉にセバスチャンは続ける。


 「どこか、素直で、おとなしく、そして――優しい」

 「ああ。だからこそ、迷う」


 アグナルは立ち上がり、書棚の前で背を向けたまま言った。


 「黒の器が“戦力”として扱われることは、王国の思惑通りだろう。だが、私は……あの少年を、ただの駒として差し出す気にはなれんよ」

 「かといって、王都に報告をせねば我らが疑われます」

 「……分かっている。だから、しばらくは様子を見る。連絡は保留だ」


 アグナルの言葉に、セバスチャンは深く頷く。


 「イリス様には……?」


 アグナルは少し考え、そして応える。


 「この件は、私が時期を見て話そう」

 「御意に」


 静かな決意を込めたその声に、セバスチャンは静かに頷いた。

 外では、剣士たちの木剣の音が鳴り始めていた。


 新しい一日が始まる――その裏側で、大きな運命の歯車が、確かにゆっくりと動き出していた。


 ***


 「……完全にやられた」


 模擬戦の余熱がまだ残る道場の床に、ボクは腰を下ろしていた。

 汗がじっとりと背中に張り付いていて、息はもう落ち着いていたけど、心の中はまだざわざわしていた。


 「あのセバスチャンが、ここまでやるなんて私も知らなかったわ。あれは仕方ないわよ」


 隣に座ったイリスの声もどこか少し落ち込んでいるのか、いつもより少しだけ優しい口調だった。


 「それにしても、最後の技……あれ、私も見たことない。蒼玲流にあんな動き、あったかしら……」

 「……うん。気づいたら、剣が……首元にあって……」


 うまく言葉にできない。躱される可能性はもちろんあったと思うし、一撃で決まるとは思っていなかった。でも、逆にあのタイミングで逆に決められるとは思いもしなかった。

 しかし、結果は違った。気がついたらセバスチャンの剣はボクの意識をすり抜けて、首元に当てられていた。そして負けた。


 (――まだまだ、全然足りない)


 でも、不思議と悔しさだけじゃなかった。

 こんなふうに負けて、倒れて、でも――ボクを倒した相手からその剣を教わることができる。そう思うと、まだまだ強くなれる。


 「……もっと、強くなれるんだ……」


 ポツリとこぼれた言葉に、自分でも驚いた。

 それと同時に、ぽた、と頬を伝って一粒の雫が落ちた。

 

(……あれ? なんで)


 涙が、流れていた。

 悔しさなのか、安心なのか、嬉しさなのか、分からなかった。


 (強くなれるのは嬉しい……でも、やっぱり……悔しい)


 これまで自分が培ってきて、そして少し自信を持ち始めていた技術が通用しない。これはやっぱり悔しいんだ。


 でも、確かに今、ボクの中で何かが変わり始めていた。

 これまでは、毎日生きることに、そして人に叱られないことに精一杯だった。

 そして、次は人の役に立ちたいと思っていた。だから、自分を犠牲にしていた。

 しかし今は、自分自身のために、自分自身が自分のことを認めたいと思うがために強くなりたいと思っていた。

 悔しい、でもどこか前向きな悔しさだった。


 そんな重いの中、イリスはそれに気づいたか気づかないか、何も言わず、ただ隣に座っていてくれた。


 ***


 「――というわけで、父から正式に許可もらったわ」


 その日の昼過ぎ、イリスが嬉しそうにそう言った。


 「グレナティスを拠点にして、私たち二人で冒険者として活動するの。合間に蒼玲流の稽古も入れて、少しずつ力をつけていくっていう感じね」

 「……一緒に?」

 「当然でしょ。あんたひとりだと、また妙な依頼に首突っ込みそうだし」


 そう言って笑うイリスを、ボクはしばらく見つめた。

 ――強くなりたい。


 「……うん。 わかった。ここで、もっと強くなりたい」

 「そう、その意気よ。セバスチャンはあんたと違って暇じゃないわ。 2日に1回、今期模擬戦をやった時間に同じ場所で待つそうだわ」

 「なるほど。んじゃボクらは最大一晩までは泊まってクエストにいけるってことだね」

 「そうなるわね。このグレナティスにもエルダスほどではないけどギルドはあるわ。だからそこで募集している案件をこなす形になるわね」

 「そっか……んじゃしばらくはセリナさんとは会えないんだ……」


 これまでなんだかんだ面倒を見てくれていたセリナさんとしばらく会えないと思うと少し残念だったが、どうやら何か失言だったらしい。


「そ、そんなセリナが良いんだったら蒼玲流を学ぶの辞めてエルダスに戻ればいいじゃないっ!」


 イリスは腕を組んでぷいっと明後日の方を向いてしまう。


 「い、いや、蒼玲流をここで学びたいよ!」


 ボクは何に弁明しているのかよくわからないがとりあえず言い訳をする。


 「そ、それに……」

 「それに?」

 「また、イリスともクエストに行きたいなって思ってたんだ」


 その言葉にイリスは銀の髪をなびかせながらくるりときびすを返しこちらを向くとじっとこちらを見つめてくる。


 「え、な、何かな?」


 イリスの蒼い瞳に見つめられて思わずたじろいでしまったボクに、イリスはビシッと一刺し指を突き立てる。


 「ふ、ふん。あんたがそこまで言うなら一緒にクエストこなしてあげるわよ。それに、私だって蒼玲流、今のあんたにだったら教えられるんだから! 覚悟しなさいよねっ」

 「うん、わかった。改めてよろしくね、イリス」


 ボクは手を出すと、イリスは少し照れくさそうにしながらイリスはその手を握る。


 ギルドではなく、街道でもない。

 この街、グレナティスが、ボクにとっての“新しいスタート地点”になった気がした。

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