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束の間の別れ

 草原の風が吹き抜ける。

 剣を振るうと、魔物――猪型の獣《突猪》が呻き声を上げて倒れ込んだ。


 「……これで三体目か」


 小さく呟いた声に、誰も答えはしない。今回のクエストは、ブロンズランクでも上位の魔物討伐。森の外れに現れた《突猪》を五体仕留めてその魔石を持ち帰るという、ブロンズランクに上がったばかりのソロ冒険者ではとてもじゃないが普通にはこなせない任務だ。


 ただ、これまでグレーファングと一緒に、といってもほぼボク一人でこなしてたけど、アイアンランクのクエストを受けていたボクにはなんてことはない。そう、クエストの難易度自体が苦になることはない。それはそうなんだけど。


 (……やっぱり、なんか物足りないな)


 カッパーランクの頃に比べれば、確かに報酬もクエストの格も上がった。でも、それだけじゃない。戦っていても、心にどこか物足りなさを感じる。


 ――イリスがいないこと。


 リゼと一緒にいた時間を除けば、今まではずっと一人だった。

 一人でいることが当たり前で、気楽で、面倒ごとがなくて無縁でいいと思っていた。


 でも、イリスと一緒にクエストに出て、街道を歩いて、背中を預け合って。

 ――気づけば、隣にイリスがいることが普通になっていた。


 (……単純な寂しい、とはちょっと違う。なんだろうな)


 小さくため息をついて、コウは森の中を後にした。


 ***


 「おかえり、コウくん」


 ギルドに戻ると、受付にいたセリナがすぐに気づいた。

 優しく笑う彼女は、今日も忙しそうに資料を整理していたが、目が合うと手を止めてカウンターから身を乗り出す。


 「今日も無事で何より……って思ったけど……今日は、なんだかちょっと元気ないね?」

 「えっ、そ、そうですか?」


 ぎくりとする自分を誤魔化すように首を傾げるが、セリナの目はごまかせない。


 「あ、わかった。イリスとずっと一緒だったから、寂しんでしょー? もう、コウ君も隅におけないなぁまったく」

 「そ、そんなんじゃないですよ!」


 ボクは慌てて手を振って否定するがセリナは全く気にもとめていない様子だ。


 「模擬戦のあたりから、コウくんの名前も少しずつ知れ渡ってきてるのよ。そろそろ、どこかのパーティに入ってみるのもいい頃じゃない?」


 いきなりだったが思いも寄らない提案だった。


 (どこかの……パーティか……)


 今まで考えたこともなかった。

 確かに、仲間がいればもっと難しいクエストにもいけるし効率もいい。それに、誰かの役に立つこともできる上、危険も減る。いいことずくめじゃないか。ギルドの中にいる他の冒険者を見て、自分があの輪の中にいるイメージをする。


(でも……なんか、ちょっと違うかも?)


 特に何か明確な理由があるわけではなかった。でも、何かが違うと感じたボクはセリナの提案を丁重に断る。


 「……いや、やっぱりいいです。なんか、まだ一人でもいいかなって」


 セリナは驚いたように目を見開いたが、すぐに悪い笑顔を浮かべる。


 「ふぅーん、そーなんだ。まぁ、また気が変わったら相談してよ」


 そのときだった。

 ギルドの扉が開く。木の軋む音とともに入ってきたのは――


 「……あ」


 コウの目が見開かれる。


 「……アンタ、相変わらず暇そうね」


 すました顔で立っていたのは、見慣れた銀の髪。

 少しだけ表情の柔らかくなった、でも得意顔をしているイリスだった。


 ***


 イリスに事情を説明されて連れてこられたグレナティスの屋敷は、これまで入ったどの建物よりも豪華だった。

 石造りの広い中庭、整然と磨かれた廊下、そして何より――空気が、違う。


 「緊張しすぎよ。顔が固まってるわ」


 隣でイリスが呆れ顔で言う。だがその口調には、どこか楽しげな響きがあった。


 「……いや、だってさ。こんなところ初めて来たし……」


 なんだか廊下の真ん中を歩いてはいけないような気がするほど、整った廊下をイリスと二人で歩く。


 案内されたのは、来客用の食堂だった。その食卓の上には、見たことがない量の料理が綺麗に並べられていた。


「わぁ」


 ボクは思わず感嘆の声を上げてしまうと、その食卓の先にはイリスと同じ髮の色をした、威厳に満ちた男性が座っていた。一瞬、こちらを見て少しだけ驚いたような表情をしていたが気のせいだろうか。


「驚いてくれたようでなにより。ようこそ、我が家へ」


 一目見て、イリスの父親だとわかった。


「す、すみません。 あまりのご馳走で……」


 ボクは食事に目を奪われてこの屋敷の主に気がつかなかったことを恥じた。


「そう固くならないでくれ。改めまして、イリスの父親。アグナル・ヴァルティアだ」

「お招きいただきありがとうございます。コウです。」


 アグナルは立ち上がって手を差し出すとボクは慌てて両手でその手を握り返す。


(え、領主様との握手ってこんなんでいいんだっけ……)


 礼儀作法なんて習ったことがないし、そもそも領主がどれくらい偉いのかがわからないボクの頭の中はもうごちゃごちゃしていた。

 そんな様子を理解してか、アグナルはボクにイスを勧めてくれると自分も元の席に腰を掛ける。


 「コウ君、イリスから君の話は聞いているよ。……娘が世話になったね」

 「い、いえ。とんでもないです」

 「イリスがあまりにもキミの話をするからね、ちょっと私も君のことが気になってね」

 「ちょ、ちょっと…… お父様」


 イリスは顔を真っ赤にして父親を制するが当のアグナルはどこ吹く風だ。


 「キミからは色々と話を聞きたいところだが……せっかくの料理が冷める前に、いただこうか」


 そういって、アグナルがどうぞ、と手を広げた先には食欲をそそる料理が並ぶ。

 香ばしい肉のロースト、澄んだスープ、焼きたてのパンに色鮮やかな果物。これまで見たことのない“本物”の晩餐だった。


 「……いただきます……」


 隣に座るイリスが、ため息混じりに呟いた。


 「緊張しすぎよ。見てるこっちが食べる前から胃もたれしそうだわ」


 最初は遠慮がちに食事をとっていたものの、メイドさんがどんどんボクの皿に料理を盛ってくれるため、気がついたら調子に乗って食べ過ぎてしまった。

 食事はどれもこれまで食べたどんな料理よりも手が込んでいて、そして美味しかった。そしてしばらく食事に夢中になっていると、アグナルがナイフを置く音が聞こえる。

 そして、静かに口を開いた。


 「ところで、イリスは外ではどうだった? 無茶はしていなかったか?」

 「無茶……ですか……え、あ、えっと……そんなことは、なかった……ですかね?」

 「ほぅ。では、戦いぶりは? どういう状況で何を判断し、どう動いていた?」

 「えっ、そ、それは……うーんと……えっと……」

 「ちょ、ちょっとお父様っ! コウに何根掘り葉掘り聞いてるのんですか! もう、恥ずかしいからやめてください!」


 イリスが顔を真っ赤にして立ち上がりそうになるのを、アグナルは満足そうに目を細めて受け流した。


 「ふむ……まあ、娘も頑張ってくれていたようでよかった。 もっと色々と聞きたいが、あまり聞きすぎると叱られそうだ。これくらいにしておこうか」


 そう言って微笑むアグナルの表情は、とても柔らかく感じた。


 ***

 

 デザートまでしっかりと頂いて食後のお茶が運ばれてきた頃、ふいにアグナルが口を開く。


 「……蒼玲流を、学びたいと聞いた」


 ここに来る前に、イリスから「もしかしたら蒼玲流を学ばせてもらえるかも」と聞いていたため、すぐに話の趣旨は理解した。


 「はい。……イリスさんの剣を見て、すごいな、綺麗だって思ったんです」

 「ほう……でも、キミは既にイリスをうならせるほど剣は達者なんだろう?」


 ボクは思わぬ評価に大きくかぶりを振る。


 「そ、そんなことないです。ボクの剣は師匠仕込みではあるものの、実戦から学んだ剣なので……だから、ちゃんとした流派の剣ってやっぱりすごいなって改めてイリスさんの剣を見て感じたんです」


 アグナルは運ばれてきたお茶を口に運びボクの様子をうかがっていた。どうやらボクが何を言いたいのか聞いているようだ。


 「師匠から言われたんです。 『私が教えられるのは実戦に役に立つ剣だけだ。でも、どこかでちゃんと流派で学べばお前の剣はもっと輝く』って。だからボク、蒼玲流を学びたいんです」


 「キミはどうやら良い師匠を持ったみたいだね」


 そこまで言うとアグナルは静かに頷き告げた。


 「では、明朝。道場に来なさい。まずは実力を見せてもらおうか」


 ***


 翌朝、案内された道場の木造の広間に集まっていた。

 床は丁寧に磨かれ、壁には歴代の武具が並んでいた。

 ボクの他、アグナル、イリス以外にもう一人、ボクの目の前に剣を構えていた。


 「おはようございます、コウ様。お相手を務めさせていただきますセバスチャンでございます」


 そこにいたのは、昨日の食事の際にメイド達を取り仕切っていた執事だった。物腰の柔らかい、白髪で初老の男性だなと昨日までは思っていた。

 だが、剣を構えた彼の姿からは、一切の老いも気配も感じられなかった。


 (この人……やばい……)


 ボクは正面に木剣を構えながら背中に冷や汗が通るのを感じる。


 「これはキミの実力をみるための模擬戦だ。勝ち負けは関係ない。だが、実力を見せて欲しい」


 アグナルはそう告げるとボクとセバスチャンの間で始まりの合図を告げる。


 「はじめ!」


 セバスチャンが軽く踏み出す。ボクも構えをとり、様子を見る。

 最初の数合は互いに探り合い。木剣がカツリ、カツリと何度か交錯し、音を立てる。


 (……まるで隙がない)


 次の瞬間、コウは踏み込んだ。


 「せいっ!」


 渾身の踏み込み。だが――


 セバスチャンの木剣が、やわらかく軌道をずらし、そのまま受け流す。そしてそのまま、すっと間合いを詰めてくる。


 「こんなのは、どうですかな」

 「っ……!」


 (このタイミングで、逆に懐に入られた!?)


 セバスチャンを蹴って咄嗟に跳び退く。


 「なかなかに行儀が良い剣ですな」


 しかし、蹴ったのはセバスチャン自身ではなく、木剣だった。何をしても上手く防がれている。そして、その一連の動きが、まるで舞うように滑らかだった。


 (純粋な剣技じゃ……逆立ちしても勝てない)


 しばらく打ち合って、明らかに剣技は相手の方が上だと言うことを確信した。

 

 ならば――

 (実力を見せろといわれた。 隠し事はなしだ)


 ボクは深く息を吸い、足に白い気を流し込む。

 気の流れが筋肉に沿って加速し、身体が軽くなる。


 ――再び、間合いへ。


 鋭く踏み込んだ一撃が、空気を裂いた。

 しかし、届く寸前。

 セバスチャンの剣が静かに軌道をずらし、コウの一撃は空を斬った。

 そして気がつくと、首元にセバスチャンの木剣が当てられていた。


 「……参りました」


 (何が起きたか……全くわからなかった)


 肩で息をしながら、コウは頭を下げる。


 セバスチャンも丁寧に会釈をするとアグナルは口を開く。


 「しかと見届けさせてもらった。コウ君、是非しばらくうちの流派を学んでいってくれ。セバスチャン、おまえが直接指導してやれ」

 「御意に」


 ボクは完膚なきまでに叩きのめされた


 こうして、ボクの蒼玲流の会得と、そしてヴァルティア家での生活が始まった。

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