騎士の墓場
ギルドを出発して半日。イリスとボクは“騎士の墓場”と呼ばれる遺跡の入口にたどり着いていた。
かつて国に仕えた騎士たちが眠るこの地は、現在ではアンデッドが徘徊する危険地帯と化していた。
「ここが……騎士の墓場……」
「湿ってる空気……嫌な気配ね」
石畳の隙間から苔が這い、剣の欠片が散らばる朽ちた回廊。
イリスと並んで、ボクはゆっくりと奥へ進む。そこに――ガチャリ、と金属音。
「来るわよ!」
鎧に身を包んだ骸骨兵――“朽ち騎士”が現れた。目の奥で赤く光る魔力の灯火が不気味に揺れる。
(まずは一体……いや、二体か)
「ボクは左を!」
ボクは地面を蹴って朽ち騎士に向かって駆けると、イリスは自然と右側の騎士に向かって踏み込む。
短剣を手に持って間合いを詰め、姿勢を低くするとボクは骸骨兵の膝の間接を狙って斬り込む。
ガキィン!
骨の摩耗した関節に斬撃が入り、膝から下が分離した体がバランスを崩して崩れ落ちる。
「次っ!」
イリスの剣が唸り、対の騎士を貫く。蒼玲流の流れるような剣筋が美しく決まり、目に灯っていた魔力の灯火が霧散する。
だが、それはほんの序章だった。回廊の奥から、数十体の足音が響いてくる。
骸骨兵、霧騎士、魔法を使う詠唱兵まで……。
「囲まれたわね」
気がつくと、自分たちが歩いてきた方向にも同じように過去の亡霊が集まっていた。
「こうするつもりだった、ってわけね」
ボク達は背後を取られないように、イリスは入口側、ボクは奥側を向いて自然と背中をあわせる形になる。
「抜かれたら、容赦しないんだから」
「そっちこそ!」
そう言って、ボク達はお互いの正面にいる魔物達の殲滅に取りかかる。
ガシャン、ギィン、バキッ!
不思議なもので、お互いの攻撃のリズムが自然と揃ってくる。
数十体ほど倒した頃だろうか、少しだけ相手の攻撃の手が止んだところでボクは大きく域を吐き出して呼吸を整える。
すると、同じように一段落を付いたイリスの声が背中越しに聞こえた。
「……ふふ、あんた、息があがってきてるんじゃないの?」
「はは……ちょっとだけ、ね」
「ったく、まだまだこれからよ」
それでも、口調はどこか楽しそうだった。
ボク達は武器の柄を握り直しながら、次から次へと襲い来るアンデッドを斬り払っていった。
***
どれくらい続いていたのだろうか。こういうとき、移籍や建物の中は周りの様子がわからないから困る。
(終わりが見えない戦いは体力的にもしんどいが精神的にも結構くるものがあるな)
そんなことを思いながら、アンデッドたちを次々に斬り払っていたそのとき、不意に、回廊を満たしていた金属音がぴたりと止まった。
骸骨兵たちの目が、一斉に奥の闇に向けられる。――まるで、誰かの到来を迎えるかのように。
「……?」
「なに……この、空気……」
空気が張り詰め、ぬるりとした重圧がのしかかる。
やがて、奥の闇から現れたのは――巨大な黒鉄の鎧を纏った存在だった。
「……ついに……」
「忘却の騎士……!」
骸骨たちがその場で片膝をつき、無言の敬礼を捧げる。
上位の存在を前にした従者たちのように、全ての動きが彼に従属していた。
(あれが……今回の討伐対象か……)
光る両眼、肩にかけられた朽ちたマント、そして禍々しい双刃剣。
そのただ一体が、他の何十体よりもはるかに恐ろしく見えた。
(たしかに、ここまでの疲労に加えて、あんなのに出てこられたら二人で協力しないとちょっとしんどいね)
ボクはギルバードやセリナが最初からここにくるのを止めていた理由がよくわかった気がした。
そしてそれは、まるで重力を歪めるかのような威圧感を纏いながら、ぴたりと足を止める。
次の瞬間、忘却の騎士は無言のまま、手に持った漆黒の大剣を――天へと突き上げた。
鋼の剣が空気を裂き、鈍い光を浴びて鈍くきらめく。
「……っ!」
その動きに呼応するように、墓地のあちこちに倒れていたアンデッドたちがカタカタと音を立てて立ち上がる。
骨のきしむ音、錆びた鎧のこすれる音、乾いた武器の擦れる音。
そしてそれぞれが、自らの剣や槍、斧を――同じく天高く掲げた。
その瞬間、声なき声が周囲を満たした。
「な、に……これ……」
言葉にならない、嘆きとも怒りともつかない気配。
数百の無念が波となって押し寄せ、ボクとイリスの胸を締めつける。
(圧倒的すぎる……これが、“上位個体”――)
そして――忘却の騎士がゆっくりと剣を、こちらへ向けた。
まるで神が裁きを下すかのように、その剣先がボクたちを指したとき――
次の瞬間、アンデッドたちが一斉に吠えるように叫び、波のように襲いかかってきた。
「気を温存している余裕はなさそうね」
「うん、そうだね。 ここからは全力だ」
ボク達は一瞬だけ目を合わせこくりと頷きそして魔物の群れに目を向ける。
「来るわよ――!」
イリスが叫ぶと同時に、忘却の騎士は地を蹴った。
巨大な剣を片手に、轟音とともにイリスへ斬りかかる。
「なんでいつも最初は私なのよっ!」
イリスは悪態をつきながらも、鋭い反応で剣を受け止める。
「レディーファーストってやつじゃない?」
ボクは少しでも気を紛らわそうと冗談をいうが、どうやらイリスはそれどころではなかったらしい。
ガァン!と金属がぶつかる音が響き、剣圧でイリスの髪がふわりと舞った。
「イリス、そいつは任せる! その代わり、他のはボクが抑える!」
こうして、ボク達のそれぞれの戦いが始まった。
ブクマ、評価、感想をいただけると作者の励みになります!
お気軽にいただけるととても嬉しいです。