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内面の変化

 イリスとのクエストから戻ってきた日の夜、ボクは日課にしている魂量の修行をしていた。

 ベッドの上に腰掛け、ボクは深く息を吸って、目を閉じる。夜風が静かに木々を揺らしているのが遠くで聞こえる。


 「……」


 意識を内側へと沈めていくと、空間がぼやけて、そして――現れる。


 無言で焚き火を見つめる幼いボク自身がそこにいた。


(リゼと過ごしたあの山小屋。最初は何もない暗闇だったけど、ここのところ寒さをしのぐため、焚き火を囲んで話したあの夜が再現されるんだよな)


 「やぁ、お兄ちゃん」


 (今日は、少し元気がなさそうだ……)


 「おう、どうだい、調子は?」


 毎回、幼いボクは元気があったり、なかったり、落ち込んでいたり、時にはボク自身が励まされたり。その日にあったこと、悩んでいることの影響を受けて幼いボクは様子が変わっていた。

 とはいうものの、最初の頃は塞ぎ込むことが多かった彼も、最近はだいぶ落ち込むことが少なくなっていたように感じていた。


 ボクの問いに幼いボク自身は胸の内を教えてくれる。


 「今日さ、イリスにもっと自信をもっていいっていわれたでしょ?」

 「うん、そうだね。 それが気になってる?」

 「そうなんだ、だって、これまでボクはずっと他の人から『いないほうがいい』みたいに扱われてきたでしょ?」

 「たしかに、そうかもしれないね……」


 ボクは目の前の焚き火を近くの木の枝で突っつきながら幼いボク自身の声に耳を傾ける。


 「いない方がよい程度のボクなんだから、ボクなんかができることは、他の誰でもできるし、代わりなんてどこにでもいる。 ボクの価値なんてその程度なんだよ」

 「うん……気持ち、よくわかるよ」


 (そう、そうなんだよ。今までは、周囲の人から邪険に扱われてたから、人から頼りにされたこと、感謝されたことがなかった……)

 (――だから、人からいいように使われてしまっても役に立ててると思っちゃうし、それでいいと思っちゃってる)


 ボクは、リゼから昔言われたことを思い出しながら自分に言い聞かせるように幼いボク自身に伝える。


 「たしかに、ボク達の両親や村の人からは散々ひどいことをいわれたかもしれない。それは憎んで、憎みきればいい。」

 「憎み……きる……?」

 「そう。だって、あれだけひどいことをされたんだもの。 ありえないでしょ? 馬小屋に実の息子を追いやって、まともにご飯も与えず、挙げ句の果てに村を出て行けって」


 幼いボクは、焚き火を見つめコクコクと頷く。


 「たしかにボク達は忌み子としての性質を持って生まれてきたかもしれない。村の伝承があったかもしれない。でもね、例えそうであったとしても、あの扱いはやっぱりひどいと思うんだ。だから、ボク達は悪くないし、価値がないなんてことはない」


 ボクは一呼吸おいて、改めて幼いボク自身を見つめる。


「でもね、それと同時に、あの人たちはあの人たちの価値観でボク達を見ていた。ただそれだけのことなんだって。そう思ったらよいんじゃないかな、とも思うんだよね」

「あの人たちの価値観でみていただけのこと……?」

「そう。だってそうでしょ?本当かどうかわからない村の伝承に従ってボク達を忌み子だと思った。そしてそれを両親と、村の人たちは信じた。それが、両親と村の人たちの価値観だったんだ」


 幼いボクは、わかったような、わからないような難しそうな顔をしていた。


 「もちろん、そんな簡単に割り切れるものでもないとも思うんだけどね。 でも、そういうことなんだとも思う」

 「うん、なんとなく……わかった気もする……?」


 ふふふ、と笑ってボクは続ける。


 「うん、いまはそれでよいんじゃないかな? これからも一緒に両親を、そして村の人たちを憎みきろう」

 「でも、憎みきると同時にボク達は、これまでやってきたことをちゃんと思い返すんだ」


 フェン村を出てからのことを思い出してみる。

 リゼの厳しい修行に耐えぬいたこと。数々のクエストを乗り越えたこと。

 そして――簡単には斬れない水鱗蛇を、自分の力で倒したこと。


 イリスの言葉を思い返す。


  ――「あんたは自分の価値を低く見過ぎなのよ」

 

 あのとき、イリスは言ってくれた。


 (自分の価値っていうのは、人から認められたり、決められたりするものじゃない。自分自身で見つけるものなんだ)


 「ねぇ、キミはこれまでフェン村を出てからボクがどんなことをやってきたか、知ってるでしょ?」


 幼いボクに声を掛けるとこくりと頷く。


 「ちゃんと、やれてるんだ。やれてるんだよ、ボク達」

 「うん……そう……かもしれない」


 (すぐに自分に自信を持つなんてできるわけない。少しずつ、少しずつ、この子と一緒に自分のことを信じていけるようになればいいんだ)


 幼いボクを見ると、少し迷いながらも、少し顔に明るさが戻っているように感じたのは焚き火の明るさのせいだけではなかったと思う。


 ***


 イリスと一緒に水鱗蛇を倒した日を境に、イリスからブツブツと小言を言われながらもいくつかのクエストを一緒にこなすようになっていた。


 クエストは、日帰りのものもあれば、あれだけ最初は嫌がっていたのに、結局手頃なクエストがないと泊まりで遠方へ行くこともあった。荷物になるからとテントはひとつしか持っていかなかったのに「もっとあっちにいけ」とテントの端に追いやられたのに、朝起きると反対側にいるはずのイリスが真横でイリスの寝息を立てているのはこの道中でも最大の驚きだったかもしれない。


 クエストをこなしながら、約束していた剣技の稽古も日課のように続けていた。

 イリスは蒼玲流の型を中心に忠実な流麗な剣を教えてくれたし、ボクは一緒に打ち合いながら、自分がリゼから学んだ“直感”や“間合い”の取り方を伝えていた。


 「踏み込みがちょっと早いかな。 敵に見切られるよ」

 「……っ。これなら……どう!?」

 「うん、良い感じ!」


 スッ!


 イリスの木剣がボクの脇に突き刺さる寸前で止まる。


 「たしかに、これは読まれにくいかも……」

 「元々、蒼玲流の剣は流れるような動きで攻めるから、相手に動きを読まれにくいと思うんだよね。だからこそ、間の読み合いが上手くなれば、もっと相手に読まれにくくなるみたい」


 (流石に剣術をたたき込まれているだけあるな。伝えたことがすぐに実戦に移せるのはすごい……)


 そんなやりとりを続けていると、次第に息もぴったり合うようになってきた。

 戦い方だけじゃなく、日常のやりとりも気がつけば自然になっていた。


 そして数日後――


 夕暮れのギルドに戻ったボクたちを出迎えたのは、セリナだった。


 「おかえりなさい、二人とも。クエスト、順調だった?」

 「まぁ、問題なかったわ」

 「うん。ちょっと苦戦はしたけど……楽しかったよ」


 セリナは、そんなふたりを見て、ふふっと微笑む。


 「実はね、ギルドマスターから通達が来たの。 二人に――“昇格クエスト”の許可が下りたわ」


 その言葉に、ボクは思わず目を見開いた。


 「い、いよいよ……っ!?」

 「なにそんなに怯えてるのよ」

 「だって、昇格クエストだよ……?」


 イリスは呆れたようにため息をついた。


 「今、聞いたわよ。 なに今更ビビってるのよ」

 「いや、でもさ、やっぱり普通のクエストとは違うじゃん……?」

 「はあ…… ほんとに、なんでこんなビビりとパーティ組むことになったのかしら……」


 文句を言われるボクを見て、セリナが微笑みながら目を細めた。


 「ほんとに、仲良くなったわね」

 「なっ、仲良くなんてないわよっ!」

 「セリナさん、なんてこというんですか! ボク、こんなにいじめられてるのに」


 イリスの即答とボクの返しに、思わずセリナも笑いをこらえきれなかったようだった。


 「ま、その様子なら大丈夫そうね。 安心したわ」


 セリナはほっと一息つくと真顔になってボクらに声を掛ける。


 「ふたりとも、精一杯やってらっしゃい。でも無理は禁物よ」


 その言葉に、ボク達は大きく頷くのであった。


 ***


 そして翌朝――

 金色の朝日が差し込む中、ボクとイリスはギルド前に並んで立っていた。


 いよいよこの日がやってきた。昇格クエストの日だ。


 それは、この冒険者生活の中でひとつの節目となる大きな一歩。

 隣にはイリスがいる。少しも揺るがない、強いまなざし。


 「いくわよ、コウ」

 「うん――いこう、イリス!」

 ふたりの背を押すように、朝の風が街を駆け抜けていった。

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