約束
水鱗蛇の討伐を終えて、街へ戻る道。空は夕日に染まり始め、崖沿いの道は金色の光に包まれていた。
ボクとイリスは並んで歩いていたけれど、どちらも口を開かないままだった。
ふと、イリスが立ち止まり、ぽつりとつぶやく。
「ねえ、コウ。……ずっと気になってたんだけど」
「……はい?」
イリスはボクを見ずに、視線を前に向けたまま続けた。
「どうして、あなたは“気”を使わないの?」
その問いは、鋭いというよりも、どこか寂しげだった。責めているわけじゃない。けれど、どうしても知りたい――そんな気持ちが伝わってきた。
ボクは立ち止まり、答えに詰まる。けれど、一時的とはいえ彼女とはパーティを組むんだ。だから隠さない方がよい気がした。
「……ボクは、特別な体質で生まれたんだ」
イリスの目が、静かに揺れる。
「命気がおかしいくらい多くて、でもそのせいで制御が難しくて。 あと、五行の気を全て等しく使えるんだ」
口にするたび、どこか遠い場所に置き去りにしてきた自分を再確認するような、そんな気持ちになる。
ボクは短剣を取出し、そこに気を纏わせると、うっすらと白く光る。
「白い、気……?」
イリスが不思議そうに見つめる中ボクはこくりと頷く。
「そう。 そして、師匠に言われたんだ。 ……この“気”を使えば、いつかボクがおかしな存在だって、普通じゃない存在だって、誰かに思われるかもしれない。 だから、できる限り使うなって」
「……」
沈黙が流れた。風がイリスの銀髪をそっと揺らす。
「だから、気の力は極力使わないようにしてるんだ。もちろん、単純に剣技を磨くためっていうのもあるんだけどね」
イリスは黙っていた。でもその顔に浮かんでいたのは驚きと、おそらく戸惑いだっただろう。
「そう、だったのね……」
小さく、イリスが俯いた。
「それが、ボクが普段気を使わない理由。でも、なんで?」
彼女がそれを聞いてきた理由はなんとなくわかっていた。でも、できるだけ知らないフリをした。
イリスは少し考えながら、目を伏せて胸の内を明かす。
「先日の模擬戦から、あんたは気の力を全く使ってなかった。だから、私のことをバカにしてるんじゃないかって、見下してるんじゃないかって、そんな風に思ってた。でも、そんな事情があったなんて……」
「ボクもこれまで話してなくてごめん。伝えておけばよかったね」
そういうボクに、イリスは頭を振る。そして、何かを決意したように口を開く。
「今日の戦いで分かったの。私の力じゃまだ足りない。立ち回りとか含めて……全部あんたの方が上だった」
それは、イリスにとってはきっと悔しい言葉だったはずだ。でもその中に、真っ直ぐな誠意を感じた。
「いや、それは違…」
ボクがイリスの言葉を否定しかけたとき、イリスはかぶりを振ってボクの言葉にかぶせる。
「あんたが言いたいことはわかってる。私が標的になってて隙があったからできたっていうんでしょ?」
思っていたとおりのことを言われて、ボクは黙るしかなかった。
「でも……でもっ! 悔しいけど、私はあの鱗を気の力なしでは全く傷つけられる気がしなかったの」
イリスはそこまでいって肩を落としながら続ける。
「それくらい……記憶の限り剣を振り続けてきたからわかるのよ……」
「――そっか……」
思って見れば、こんな風に人の悩みを、思いを聞くのは初めてかもしれない。こんなとき、ボクはどうしたらよいのかわからなかった。
しばらく、沈黙が続く。沈黙を破ったのはイリスの言葉だった。
「だから……お願い。私にあんたが学んだ“戦い方”を教えて」
「えっ……!?」
(戦い方…… そんなもの、ボクが教えられるのか……?)
「もちろん、タダでとは言わないわ。私ができることであれば、相談にのるわよ!」
「交換条件……ってこと?」
「えぇ、そうよ! あ、でも、もちろん限度はあるわ」
そういってイリスは少し顔を赤らめ顔を伏せる。いや、彼女は一体ボクが何を交換条件に出してくると思っているんだ。
「んー……ボクが教えてもらった師匠は我流だって言ってたから、ボク自身、イリスさんにちゃんと教えられるかはわからないんだよね」
ボクはイリスの様子を見ながら、続ける。
「それでも……それでもよければ。 ボクで良ければ、教えられる……かな?」
「えぇ、それで十分よ。あんたの教え方が下手でも、私の実力で全てものにしてみせるわ!」
(そっか……教えるって、一方通行じゃないんだ。相手が自分から学んでくれるってこともあるんだな)
ボクはそんなことを思っていると、満足げなイリスは質問を続ける。
「それで、あんたは私に何を望むの?」
(何を望む……?こんなボクが誰かに教えて、その代償に何かをもらってよいのだろうか……?)
ボクが悩んでいるとイリスから思わぬ助け船が出された。
「あんた、私の剣が綺麗っていってたでしょ?」
「う、うん。 それが?」
「私が、直々にその剣を教えるっていうのはどう?」
「え、そ、そんな、いいの?だってボクの剣は我流でイリスさんの剣は蒼玲流って正当な流派だよね?」
イリスは大きくため息をつく。
「あんた……本当にそういうところよ」
「え…?」
「あんたは自分自身の価値を低く見過ぎなのよ」
ボクとイリスの間に風がながれる。
「水鱗蛇を貫けたあんたの剣と、貫けなかった私の剣。それは紛れもない事実でしょ?もっと自分に自信を持ってもよいと思うけど?」
(自分の価値……自分に自信を持つ……)
ボクは今ひとつ、イリスに言われたことが腹落ちしなかったが、何かとても大切なことを言われた気がした。何にせよ、イリスがここまで言ってくれてるんだ。そう思うと、ボクは決心が付いた。
「うん、わかった。んじゃボクはイリスさんに剣を教える。その代わり、ボクに蒼玲流を教えて? それでいいかな?」
「えぇ、それでいいわ。 改めてよろしくね、コウ」
そういってイリスから差し出された手をボクは握り返す。
「こちらこそよろしく、イリスさん」
そういったボクの手を、イリスは思いっきり握りしめる。
「イタタタタッ。って何するの?」
「これからは、イリスで良いわよ」
そういって笑うイリスの顔に思わず見惚れてしまう。
「うん、じゃ改めてよろしく、イリス」
この日が、ある意味本当のパーティの結成日だったのかもしれない。
金色の夕日が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
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