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衝突

 目を開けると、見覚えのない天井が目に入った。


 ……って、あれ? ここはどこだっけ。


 体を起こすと、分厚い毛布の感触と、部屋の隅に置かれた簡素な棚、それに木の窓から差し込むぼんやりとした朝の光が視界に入った。


 (ああ、そうだ。ギルドの仮眠室か)


 昨日は、グレーファングのクエストに参加したあと、イリスさんとの模擬戦までやって、さすがに疲れてたんだ。あのあと、気づいたらここに運ばれてたんだな……。


 カーテン越しに外を見ると、紫色の空が少しずつあかね色に染まり始めていく。もう朝、か。

 仮眠室を出てギルドの中を歩いていると、受付のあたりで誰かがこっちに気づいた。


 「おはよう、コウくん。ぐっすりだったみたいね」


 セリナさんだった。微笑みながら手を振ってくれる姿に、思わずこっちも笑みが浮かぶ。


 「すみません、気を失った後、そのまま寝ちゃったみたいですね……って、セリナさん、ずっと起きてたんですか?」

 「そんなわけないでしょ。睡眠不足は美容と健康の敵よ。ちょうど私も今来たところよ」


 まさか自分のせいで夜更かしをさせてしまったのかと思ったがそうでなかったようでよかった。


「昨日は色々と大変だったわね。まさか、あんな立派な模擬戦になるとは思わなかったわ」


 そう言って、セリナさんは感心したように目を細めた。


 「最初はちょっと頼りないのかなって思ってたの。でもね、イリス相手にあそこまで立ち回れるとは……正直、驚いたわ」

 「え、いや、あの……たまたま、というか……」


 お世辞でもそんなふうに言われると、背中がむずがゆい。


 「ふふ、謙遜しなくてもいいの。あの戦いを見て、ギルドでもあなたを見直す声が増えてるわよ」


 少し間を置いて、セリナさんは声のトーンを落とした。


 「でもね、ギルドマスターから伝言があって……これからは、イリスとのクエストを優先するためにグレーファングの人たちとのクエスト参加は禁止になるって」

 「そう……ですか」


 一緒に行かなくてもよいと思うとよかったと思う反面、今の自分にとっては、ああいう人たちと一緒に動けたことも大きな経験だし、結果的にこれだけ早いタイミングで昇格クエストが受けられるのは彼らのおかげだと思っていた。だから、なんだか喪失感というか、自分だけ得をしてしまったような思いが胸をかすめる。


 「代わりってわけじゃないけど……」


セリナさんは続けた。


 「昇格クエストまでに、イリスと一緒に何件か討伐系のクエストを受けて、連携を深めておくのがいいと思うわ。いきなり騎士の墓地のボスなんて無謀すぎるからね」

 「はい……分かりました」


 まだ寝ぼけた頭のままでうなずくと、セリナさんがにっこり笑った。


 「じゃあ、今日はイリスが来るのを待って、相談して決めてみて。私からも伝えておくから」


 ボクはギルドのカウンター近くの椅子に腰を下ろして、腕を組む。


 (イリスと、クエスト……か)


 初対面でわざとではないにしろあんなことがあったんだ。いまだに、どう接していいか分からない。けれど、それでも一緒に戦わなきゃいけない相手だ。

 ボクは小さく息をついて、イリスがギルドに来るのを待つことにした。


***


 待つこと、どれくらい経っただろう。

 ギルドの入り口から、靴音が一つ、まっすぐに響いてきた。


 「おはよう……」


 そう言って現れたのは、蒼銀の髪をなびかせるイリスだった。

 昨日と同じ服装――けれど、どこか表情が硬い。こっちを見てはいるけれど、目が合った瞬間、すぐに逸らされた。


 (……なんていうか、気まずい)


 あの模擬戦、ボクが負けたのになんでこんな気まずいんだろ。あの感じだと、「所詮その程度ね! 口ほどにもないわ!」みたいな感じで言ってくると思ったのに。


 「おはよう、イリスさん」


 思い切って声をかける。でも、返ってきたのは、


 「……ん」


 それだけだった。うぅ、なんだろう、昨日より距離を感じる……。

 そんな空気を察したのか、セリナが間に入ってきた。


 「二人とも揃ったわね。それじゃあ、コウ君にも伝えたけど、昇格クエストまでにいくつか討伐系クエストをこなしておきましょう」

 「……えぇ、わかったわ」


 イリスは渋々ながら、小さくうなずく。


 「どれにするかは、二人で決めて。掲示板には今朝いくつか新しい依頼も追加されたわ」


 セリナに促されて、イリスと並んで掲示板の前に立つ。


 でも――


 会話が、ない。

 目を合わせてもすぐ逸らされるし、こちらから話しかけても「……どっちでもいい」「任せる」の一言で終わってしまう。


 (どうしたらいいんだろう、これ)


 ボクだって、昨日のことでどう接していいか分からない。だからといって、黙ったままってわけにも……。


 「その、昨日のこと……」

 「……なに?」

 「色々、すみませんでした……」

 「……あんた、何に謝ってるの?」


 イリスさんの声が、ぴたりと冷たくなった。


 「何にって… えっと、その……」


 焦ってしどろもどろになる。


 「はいはい、ストップ!」


 セリナの手が、パン、と軽く音を立てて鳴らされた。


 (あぁ、よかった。 救いの手!)


 「二人とも、戦う前に大事なことを忘れてるんじゃない?」

 「……何を?」


 イリスが少しむっとした顔で振り向くと、セリナさんはにっこりと微笑んだ。


 「コミュニケーションよ。相手と信頼を築けなきゃ、連携なんて夢のまた夢。だから今日の午前中は――」


 セリナさんが、くるっと手のひらを返して指を差す。


 「コウ君、イリスに街を案内してあげて。クエストの備品でも買いに行けばいいわ」

 「……は?」

 「問答無用。これはギルド命令です♪」


 にっこりと、笑顔のまま強引なことを言い切るセリナに、イリスもボクも、揃って言葉を失った。


 そして数分後――

 ボクとイリスさんは、二人きりで街へ出ることになった。


***


 街の通りを、イリスとふたり並んで歩く。

 といっても、会話はない。どちらから話しかけるでもなく、ただ沈黙が続いている。


 (気まずい……というか、やっぱりなんか怒ってるよね、イリス)


 昨日の手の感触が脳裏から離れない。でも、ちゃんと謝らなきゃ。


 「あの、ほんっとうに昨日はごめんなさい……」


ボクは歩みを止め、イリスの方をむいてありったけの勇気を振り絞って謝罪をする。


 「ねぇ、さっきからあんた、私に謝ってるけど何を謝ってるの?」


イリスはどうやら聞く耳を持ってくれたらしい、ボクを無視して追い越していったと思ったら歩みを止めてくるりと振り返る。


 「えっと、その……イリスさんを押し倒して、その……触ってしまったことを……」

 「ふんっ、やっぱりあんたはバカね」


そういって再びイリスは前を向いて歩いて行ってしまった。どうやらそのことはもう彼女にとってはどうでも良さそうな様子だった。


(だったら、何をそんなに怒ってるんだろう……?)


ボクの頭の中は疑問で埋め尽くされていた。でも、きっとここで何を怒っているの?と聞くのはなんだかダメな気がした。


その調子で、ボクはイリスをつれてめぼしいポーション屋や防具店を何軒か回った。イリスはさすがに慣れていて、必要な物を迷いなく選んでいく。

ボクはというと、ただ前を歩いて店を案内するばかりで、気の利いた言葉も出てこなかった。

そんなときだった。

角を曲がった先の路地の出会い頭で、ちょうど人とぶつかってしまった。筋張った腕、汚れた上着、胡散臭い目つき。


「おい、どこ見て歩いてんだコラァ」


男はボクの胸ぐらを軽くつかんだ。周囲を見渡すと、他にも同じような男が二人、後ろに控えている。


(うわ……完全に、街のごろつきだ)


「す、すみません……前をよく見てなくて……」


反射的に謝ってしまう。別にボクが悪いわけじゃないのに。


「なぁんだ、謝れば許されると思ってんのか?」


ごろつきがぐっと拳を振り上げた、そのとき――

 

「ちょっと!」


イリスの声が飛んだ。

次の瞬間、彼女はごろつきの太ももあたりに膝蹴りをぶちかます。どうやらクリーンヒットをしたようで、ごろつきはその場で膝から崩れる。


「痛ぇっ!? なんだこの女ぁ!?」


ごろつきはこちらに向かって立ち向かってこようとしたところだった。

イリスの周りから冷気がほとばしる。


「凍り付きたいならいくらでも相手はするわよ。 その代わり、そいつと違って手は抜かないから」


他の二人も手を出そうとしたが、その様子を見て3人揃ってあっさり逃げていった。


「す、すみません……」


駆け寄ってきたボクを、イリスさんは睨みつけた。


「……あんた、なんで謝ったのよ」

「えっ?」


イリスの目は、怒っていると言うよりも、どこか悲しげな目をしているように感じた。


「初めて会ったときもそう。ボロッボロの格好で、あり得ないほど荷物持たされて……」


これまでの無言が嘘だったかのようにイリスの口から言葉が溢れる。


「今だって、あんたが悪いわけじゃないのにすぐに謝って……」


「それに昨日だって……気すら使わずに、私の技を受けて、負けたって……」


 ボクの襟元を掴んで迫り来るイリスの目には次第に涙がたまっていた。


「そうやって、いつも全部自分が我慢すれば丸く収まるって……あんた、そう思ってるでしょ!?」


ぐうの音もでなかった。ボクは返す言葉もなく唇を噛みしめる。


「私が最後の五連撃を放ったときも、あんたは避けずに受けた。それで丸く収まる?冗談じゃない。本気すら出してもらえなかったって、私の気持ち、あんたにわかる!?」


(イリスの……気持ち……)


「ごめん……なさい……」


声が詰まり、拳を握りしめる。でも、これだけは伝えなきゃいけない。


「でも……でも!イリスさんの奥義を受けたのは、本気を出していないからじゃないんだ!うまく言えないんだけど……」


ボクは言葉を振り絞る。


「イリスさんの剣が、ボクに対して『正面から受け止めて』って、そんなふうに言ってた気がするんだ」


その言葉に、イリスは驚いた顔をしてこれまで掴んでいた襟元からだらりと手をたらして後ずさる。


「……あんたなんかに、私の剣を真正面から受け止めるなんて100万年早いわよ」


そのまま、イリスはくるりと踵を返し、空を見上げる。


「それに……これ以上あんたが自己犠牲を払うなら、私があんたを許さないわ」


 (自己犠牲を……許さない、か……)


「うん、わかった。努力、してみる……」


 ボクのその言葉を聞くと、イリスは再び歩き出した。さっきまでとは違って、ほんの少しだけ、歩幅がゆっくりだった気がする。


 ボクは少し遅れてその背中を追いかける。


 (……努力、してみる)


 口にしたその言葉は、自分に向けた決意でもあった。


 仰ぎ見た空には、昼の陽が差しはじめていた。

 その光はどこか、冷たかった朝よりも、少しだけ温かい気がした。


ちょっとこのあたりの数話、長めで、ちょっと重めで申し訳ないです。。


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