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第8転 大神霊実流剣術

 先刻、俺が車の中で刀を離して置いたのは刃物が怖かったからだけではない。鞘から刃を完全に抜いてしまえば自分の中の何かが()()()と確信していたからだ。既に変化した自分がこれ以上、ただの高校生から離れていく事に忌避感を覚えたが故だ。


 その忌避感をここで俺は捨てた。生きる為に高校生の自分を終わらせる事にしたのだ。

 鋭い剣気が全身から噴き出ているのが自分でも分かる。触れれば斬れそうな裂帛の気迫だ。


「ハッ! 刀を握ったからといって何が変わるって言うのだ? 腰抜けが!」


 そんな俺の変化に気付かずにクリトが煽る。


「おれがどうして『武闘家』を選んだか分かるか? こいつが最も敏捷値が成長する職業(ジョブ)だからだ」


 クリトの(ベヒーモス)は一撃必殺。命中さえすれば如何なる物質も現象も破壊できる。そこに腕力は必要ない。故に素早さを極める事が至上となる。相手の攻撃に当たらずに相手に攻撃を当てる事こそが必勝のパターンなのだ。


「貴様が何をしようとおれには当たらん!」


 クリトが疾駆する。瞬く間に俺に肉薄し、音を置き去りにする拳が放たれる。

 ――その刹那、


「【大神霊実(おおかむづみ)流剣術】――【追儺(ついな)】」


 俺の刀が横一文字に閃いた。


 それこそ瞬きの間の出来事だった。クリトが気付いた時には俺は奴の後方五十メートル先にいた。刀を振り抜いた後の姿勢だった。クリトの腹部には深い刀傷が刻まれ、鮮血がスプリンクラーのように噴出していた。

 目にも留まらぬ速さ――否、目にも映らぬ速さで俺がクリトを斬ったのだ。


「え……?」

「ば、か、な……!?」


 一瞬、何が起きたのか理解できず竹が愕然とする。自身を上回る敏捷性にクリトが茫然自失とする。現実を否定するかのようにクリトが虚空に手を伸ばすが、掴めるものは何もない。意識が急速に暗闇に落ちていく。


(はや)すぎる……!」


 クリトが前のめりに倒れる。まだ息はあるが、意識は完全に失われていた。戦闘不能は明白だ。

 異世界転生者クリトは撃破した。異世界の兵士達も全滅した。俺と竹は生き残った。


 路上試合(ストリートファイト)は俺達二人の勝利に終わった。



◆  ◇  ◆



()くして『意地』と『大義』の戦いは、今回に限っては『意地』の方に軍配が上がりました、か……」


 数時間後、俺達三人は車道を歩いていた。


「獣月宮、何を言ってんだお前?」

「何でもないわよ。気にしないで、百地」


 俺は刀を左手に握り、竹はスマホを見ながら歩いている。そして、運転手だった男――不比等(ふひと)さんだっかか――がリムジンに残っていた荷物を背負っていた。今の混乱した社会ではタクシーも呼べないっていうかそもそも電話が使えないし、電車も走っていない。なので、徒歩で空港まで向かわなくてはならないのだ。

 空港には竹のプライベートジェットが待機している。フライト先は当然、空に浮かぶ漆黒の城――魔王城だ。


「言っておくが、俺は納得してお前らと一緒に行くんじゃないんだからな! 異世界転生軍からの追手がいると分かった以上、一人で逃げ回っているのは危ないと判断したから、お前らといるだけなんだからな!」

「何その中途半端にツンデレっぽい台詞。分かっているわよ。……まあ、そうやって私達と行動を共にして、行く先は敵の本拠地なんだけど」

ド畜生(ガッデム)!」


 結局、決闘には行かなくてはならないのか。どの道、俺は桃太郎としての宿業から逃げられないという訳が。なんてこった。


「それはそれとして、あんた体調悪そうだけど。どうしたのよ?」

「ああ、それは……今更ながら人を斬っちまったなあって」


 俺の額には脂汗が浮かんでいた。多分顔色も蒼くなっているだろう。


「俺、今生じゃあ刀どころかナイフすら握った事がなかったってのに。ナイフで斬られた事ならあるけど」

「斬られた事はあるんだ……そういえばあんた、中学時代は結構な喧嘩屋だったらしいわね」

「おうよ。真剣じゃなくて木刀なら使ってたぜ」


 俺の右手は若干震えていた。人の骨肉を斬った感触がまだ手に残っているのだ。

 あの後、クリト・ルリトールはまだ息があった。生命力の異常な高さは伊達に異世界転生者ではない。お陰で人殺しにならずに済んだが、それでも人斬りになった事には変わりなかった。

 なお、クリトはあの場に置いてきた。とどめを刺すには覚悟が足りなかったし、怪我人を連れていくには余裕がなかったからだ。一応、天界の者が回収してくれる手筈にはなっている。


「さっきまでの度胸はどこに行ったのよ」

「あんなん一時のテンションの気の迷いですぅ。人間そうそう変わるかよ」


 肩を竦めてお道化(どけ)てみせる。生来の気質は容易く変化するものではない。

 竹は「仕方がない」といった風に溜息を吐き、スマホから目を外して俺を見た。


「それじゃあ、やる気が出るように私が難題をあげるわ」

「難題?」

「ええ。かぐや姫からの難題よ。――試合に出てくれたら私があんたのカノジョになってあげる。試合に勝ったら結婚してあげるわ」

「うおっマジで? ……いやいやいや、結婚とかそういうのはもっと慎重に考えるべきだろ」


 一瞬、満更でもない反応をしてしまったが、すぐに却下した。学生に結婚云々は荷が重い。まだそういうのは考えられない。


「あら、それならカノジョになるのはいいのかしら?」

「そりゃあこちとら健全な男子高校生ですし。カノジョいない歴……いや、そうじゃなくて。自分を安売りするのはやめとけよ」

「何を今更。『竹取物語』ってのはそういう話よ」


 五人の求婚者に対してかぐや姫はそれぞれに難題を出し、その難題をクリアした者と結婚すると宣言した。『竹取物語』の一シーンだ。


「それは平安時代の話だろ。今はそういう時代じゃねえ」

「だったら、あんたならカノジョ作る時はどうするのよ?」

「そりゃあ素直に告白するよ。『お前の事が好きだから、お前にも俺の事も好きになって欲しい。付き合ってくれ!』って」


 俺が若干照れながら自身の例を掲示する。それを聞いた竹は、


「……ふ~ん」


 と少しにやけた。


「何だよ、そのリアクション」

「別に。何もないわよ。ま、いずれにしても生き残らないと話にならないわね。精々気張りなさいな」

「へいへい」

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