第60転 信仰された怪物
「会合の前に一つ、いいかね?」
そう挙手したのはヒゲの中年男性だった。顔の彫りの深さからすると生粋の西洋人だろう。一見すると中肉中背だが、服の下に重厚な筋肉があるのが気配で分かる。戦士の肉体だ。手には槍を握り、杖のように地面に突き立てていた。
「何だ、フィン・マックール?」
「彼らを信用していいのかね? 元異世界転生軍の人間に、神が二柱。席を外して貰った方がよいのでは?」
あのヒゲ男はフィン・マックールだったのか。
フィン・マックールはケルト神話の英雄だ。銀腕の神王の孫娘を母に持つ半人半神。フィアナ騎士団の団長であり、アイルランドを巡る数々の戦争で活躍した。最後は騎士団を裏切った上王によって戦死。彼の物語はアイルランドを代表する神話の一つとされている。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 拙僧が信用できないのは分かりますが、竹殿や波旬殿まで出ていけというのは意味が分かりませんぞ!」
「そうかね? 元はといえばこの戦争は神々が原因なのだぞ。その神々を疎んじるというのは自然だと思うのだがね?」
「神々が原因? 地球の澱みの話か?」
人間が死んだ際に排出される呪い――闇の元素。それを神々は地球の澱みとして異世界に廃棄した。具体的には不明だが、その闇が異世界に被害をもたらしているという。その話だろうか。
「無論、それもある。私が言っているのはそれ以外だ。今までいいように異世界を利用してきた神々が今度は輪廻転生者を利用して、力ずくで思い通りにしようとする姿勢が気に食わん」
「どういう事だ?」
「……よもや知らんのかね? それで神々と行動を共にしているね?」
そう言われても分からないものは分からない。地球の澱みを異世界に垂れ流している以外にも神々は異世界で何かしているのか。
「疑問に思わなかったのか? 何故異世界のスキルの名称に地球の神々の名が付けられているのか。チートスキルのみならず通常のスキルさえも神々の名が使われている。異世界であるにも拘らず何故、異世界の神々の名前ではいけないのか」
「それは、常々気にはなっていた」
例えば、【陸の王者】は旧約聖書の神獣と同名だ。【神命豪運】や【盗神の手】は二柱ともギリシア神話の神の名前。【雷鎚の化身】は北欧神話の武器名である。
勿論、【電脳伝令】や【情報改竄】といった神話も何も関係ないスキル名もある。しかし、確かに地球上の神々の名を冠するスキルが多いのも事実だ。
魔法世界カールフターランドは創世から地球とは異なる世界線だ。本来であれば地球の事柄など知る由もない。だというのに、何故地球由来の名前が使われているのか。
「それを教えるのにはまず『神々とは何か?』って話をしなきゃいけないわね」
「神々が?」
「ええ、そうよ。……ねえ、吉備之介。神は何をもってして神なんだと思う?」
「え? うーん、何だろうな……?」
言われて考えてみるが、そんなにすぐには思い浮かばない。俺にとって最も身近な神といえば意富加牟豆美命だが、彼の神にしたって「父親か本体のような存在で、何か偉い人」というイメージしかない。
神と神ではないもの。その境界線は一体何によって引かれているのか。
「正解は『信仰されているか否か』だ」
見かねた波旬が助け舟を出した。
「闇の元素――呪いは負の感情が物質化したものだが、何も物質化するのは負の感情だけじゃねえ。信仰や祈りといった思念も形になるのさ。それは呪いと同様に向けた相手に届き、呪いと違って害を為さず、対象の血肉となる」
「どれだけ強大でも信仰されていなければ神じゃないという訳ね」
「逆に言うと、どれだけ弱小でも信仰されていれば神という訳だな。是非もなし」
即ち、神とは、
「『信仰された怪物』――それが神の正体だ」
波旬と竹の言葉をフィンが引き継ぐ。怪物呼ばわりされた二人がムッと顔をしかめるが、特に反論はしなかった。
「人を超越した力を持ち、されど神聖でも何でもない獣や偉人、人外種族や自然現象。それらが人々の信仰を受け、人々の想像通りの肉体を獲得したもの。後天的に神聖になったもの。それが神々なのだ」
「後天的に神聖……」
意富加牟豆美命を例にして言えば、まず破邪の仙桃があって、イザナギが冥府往還の際に黄泉の追手を足止めするのに使った。その時点ではまだ神ではなく、その逸話が人世に広まった事で神格を得た。そういう感じか。
「信仰を失えば元の怪物に戻るしかない。いや、怪物に戻るだけならまだいい。自然現象が元だった神々なら自我すら失ってしまう。神々にとって信仰されるかされないかは死活問題なのだよ。つまり……」
「つまり、神々が人間を守る理由は信仰を得る為って事」
成程。異世界転生軍による人類滅亡を神々が看過できなかったのは、そういう事情があったからか。人口が減れば信仰も比例して減少する。神は信仰されるからこその神であるならば、それは確かに死活問題だ。意富加牟豆美命の例で言えば、元の仙桃に戻ってしまうのだろう。そんな事情があったのであれば、輪廻転生者を送り込んで異世界転生軍を滅そうとするのも頷ける。
「であるな。だが、地球人類からの信仰心じゃ足りなかった。二〇〇〇年前を境に、地上と天上との繋がりは薄くなっちまったからな。代わりに信仰心を稼ぐ場に選ばれたのが――」
「――異世界カールフターランド?」
「であるな」
成程、そういう絡繰りか。つまり、魔法世界のあちこちに神々の名前が使われている理由は、名前を通じて魔法世界の住人から信仰を徴収する為なのだ。人々は何気なくスキルを使っているつもりでその裏腹、神々に使用料を支払っていたという訳だ。
そういう事だったのか。
それを踏まえて考えると、神々が地球の澱みを異世界に送り続けているのは信仰を得る為でもあるのか。危機的状況をあえて作る事で人民の不安を煽る。不安に抗う為に人々は神々に祈り、神々が用意したスキルに頼る。つまりこれは、
「そうともこれはマッチポンプ。迷える子羊を自分達の手で作り出しているという訳だ。全く食えん連中だよ、神々は。そんな神々と肩を並べて戦うなど、できる筈もないだろう?」
成程、確かに一理ある。今回の事態を招いた元凶が神々であるならば、フィンの心情も理解できよう。だが、
「気に入らないな」




