第57転 川越城地下基地
川越。
埼玉県の中部に位置する観光都市。『小江戸』の別名を持ち、江戸時代には武蔵国の商工農の中心、物資の集散地として栄えた。芋の名産地としても知られ、川越芋という名のサツマイモは「栗よりうまい十三里」のフレーズで持て囃された。
◆ ◇ ◆
「いやー、まさか城の地下にこんなもんがあるなんてなあ」
温泉旅館で一泊した翌日、俺達は哪吒の案内で川越城に来ていた。
川越城はかつて武蔵野台地の北東端にあった平山城だ。古くより軍事上の要所であり、歴代藩主には幕府の重臣が何人も就任した。童謡『とおりゃんせ』は城内にあった三芳野神社を舞台にしたものだといわれている。
現在は大部分が取り壊され、本丸御殿の一部が現存する。しかし、秘密裏に残された施設があった。それがここ川越城地下基地だ。
エレベーターに乗り、俺達は地下へと潜る。年季の入った板張りのエレベーターだ。階を決めるボタンも木製である。艶めく飴色は時を重ねた証拠であり、近現代に製造されたものには見えない。
「江戸時代からこのエレベーターがあったって事か?」
「恐らくね。当時にエレベーターなんて呼び方ではなかったでしょうけど」
「オーパーツって奴だネ」
やがてエレベーターが停止し、両開きのドアが開いた。エレベーターの外は石垣の洞窟だった。壁・床・天井の剥き出しの土塊が綺麗に平らに均され、等間隔で並ぶ柱に支えられている。明かりは松明が灯っているが、不思議と熱は感じられない。普通の炎ではないのだろうか。
「おう、ようやく来たな」
通路には一人の男が待ち構えていた。
総白髪の老人だ。口周りにも真っ白な髭を蓄えている。かなりの高齢者だ。だが、その背筋は老齢とは思えないほどピンとしており、胸板は服の上からも分かるほど分厚い。杖を持っているが、必要がなさそうに見えた。
「待ちくたびれたぜ、哪吒」
「悪かったね。これでも急いだつもりなんだけど」
「あんた、真津平銀次牢!? あんたも輪廻転生者だったの!?」
「ほぉう、あの『真津平組』のであるか。是非もなし」
竹が目を丸くし、波旬が興味深そうに頬を歪める。
真津平銀次牢。
極道『真津平組』の先代組長。すでに引退した身でありながら、組に絶対的な影響力を持つ君臨者。
獣月宮機関が財力の怪物なら、真津平組は権力の怪物だ。政治家、警察、マスコミ、各種産業、国内外問わず数多の組織に構成員を送り込み、実質的な傘下としている。協力者も含めれば、その勢力は十倍以上にも膨れ上がるという。あらゆる陰謀論は彼らの存在を隠す為の囮だとされているほどだ。
分類上は極道に属しているが、その枠組みに収まらない政界の黒幕――それが真津平銀次牢だ。
そんな超大物が俺に視線を向け、
「よお、久し振りだなあ、モモちゃん」
と懐かしそうに微笑みを浮かべた。
「俺をモモちゃん呼びするって事は……あんた、もしかしてキンちゃんか!?」
「正解だ。『輪廻転生軍』暫定首領、金太郎。罷り越して候よ」
金太郎。
桃太郎、浦島太郎に並ぶ日本昔話の英傑。足柄峠で山姥に育てられ、後に源氏の将軍に召し抱えられて京に上った。その際に坂田金時に改名。熊を相手に相撲を取れるほど並外れた膂力の持ち主であり、鬼の頭目を退治するなどの活躍をした。日本一の怪力無双だ。
「うっわあ、久し振りだなあ! まさかここで会うとは思わなかったぜ」
「応よ。オイラもお前が異世界転生軍と戦り合っていると聞いた時ぁビビったぜ」
竹から金太郎と浦島太郎は転生してはいるが戦える年齢ではないと聞いていた。対面してみれば、成程確かにその通りだ。この老齢さ加減で前線に立たせようとするのは無茶だ。とはいえ、ガタイの良さを見ると全く戦えないようにも見えないのだが。
「キンちゃんは戦わないのかよ?」
「無茶言うな。前世覚醒で幾らか動けるようになったものの、オイラもう米寿超えだぜ。ついこの間まで車椅子生活だったんだ。こうして立っているだけでも限界さ」
八十八歳以上で車椅子使用者か。そりゃあ戦えないわ。肉体は魂という設計図に沿って作られる。金太郎の前世に目覚めて、肉体が金太郎の魂通りに変異したとしても年齢までは変わらない。むしろ大人しくしていろと言いたくなるくらいだ。
「積もる話もあろうが、立ち話も何だ。移動しねえか?」
「お? おお、そうだな。悪かった。こっちに来てくれ」
金太郎が踵を返して歩き出す。俺達も彼の後に続いて通路を進んだ。地下ともなれば水漏れしていそうだが、この通路に水気はない。踏み締める土もしっかりしている。
「キンちゃんが輪廻転生者の生き残りを集めているっていう奴なのか?」
「おうよ。輪廻転生者ってのはどいつもこいつも派手に動きやがるからなあ。その上、皆してあのお空の城に向かっているとなりゃあ、見つけるのはそんなに苦労はしなかった」
成程。輪廻転生者は神々の尖兵として異世界転生軍の決闘を受ける義務がある。全員、決闘に会場である異世界転生軍の居城――魔王城本島を目指しているのだ。魔王城に近付けば近付くほど他の輪廻先生者との距離も狭まり、互いに遭遇しやすくなるのは道理である。
「合流場所に川越を選んだ理由は何だ?」
「ここに異世界転生軍をブチのめすとっておきがあるからさ。まあ、それもおいおい説明しよう」
金太郎がある一室の前で立ち止まる。スライド式両開きの木の扉だ。
「さあ、入っとくれ」
金太郎が両開きの扉を両方開けて中に入る。彼について室内に入ると、三十もの瞳が俺達を出迎えた。
髭を綺麗に整えた、顔の彫りが深い中年男性がいた。
全身甲冑に身を包んだ青年騎士がいた。
黒髪をポニーテールに纏めた若齢の女性がいた。
柔和な笑みを湛えた金髪の男児がいた。
落ち着いた雰囲気の五十歳前後紳士がいた。
他にも十何人か、ただならぬ気配の者達がいたが、抜きん出ているのはこの五人だ。恐らく輪廻転生者の中でもさぞ名のある英雄に違いない。
「待たせたな、諸君。それじゃあ始めるとしよう。異世界転生軍に対抗する為の我ら――『輪廻転生軍』の会合を」




