第55転 ネロとカルル・トゥルーと会話イベント
浴場を出て、隣の卓球室を覗いてみるとネロとカルルが卓球で遊んでいた。
「ふぬっ、ふっ、ぬぉあっ!」
「ぬらっ、おらっ、そらっ!」
二人とも卓球は初心者らしく、動きが拙かった。ボールが度々明後日の方向に飛んでいる。そもそもラケットにボールが当たらない事も多い。
「その腕前でよく卓球やろうって気になったな」
「いやいやいや、吉備之介殿。温泉に来たら必ず卓球はするものでしょう?」
「そうだヨ、モモ。たとえ未経験でもやらずにはいられない。それが温泉卓球だヨ」
「そうかあ?」
確かに漫画やアニメの温泉回では登場人物達が卓球をやっているシーンをよく見かける。だが、そこまで言うほどだろうか。俺はそんなに卓球に関心がないので共感ができない。まあ、そんな深く考える事でもないか。
「モモ。根の国じゃ迷惑掛けてごめんネ」
「迷惑? 迷惑な事なんかあったか? むしろエルジェーベトをブチのめした大金星じゃないか、お前」
「いや、その後おぶって貰ったじゃん。ボク、気を失っちゃってて」
「ああ、そっち」
確かにネロを背負って走ったのは俺だが。
もしあの時、ネロに意識があって自分で走って貰っていた場合、どうなっていただろう。俺の速度なら迫る温羅を斬り捨てて逃げる戦法――ヒット・アンド・アウェイが使えたかもしれない。今更たらればを語っても仕方がない事だが。
「それに、その前に一人でエルジェーベト達に突っ込んでいっちゃったし」
「あれは【上級闇黒魔法】なんてもんを使ってきたエルジェーベトが悪いだろ。ネロのせいじゃない」
他人の心的外傷を抉り返すなどと碌でもない魔法だった。あんなもの、使う者の性格が悪い。ネロが責任を感じるべき問題ではない。
しかし……そうだな。悪いと思っているなら、一つ意地悪な質問に答えて貰おうか。
「それにしても、一緒に卓球やっているとは仲がいいんだな、お前ら。……いいのか、ネロ?」
「何が?」
「カルルは元異世界転生軍の人間だぜ。復讐の対象にはならないのか?」
「…………」
「勿論、喧嘩しないでくれる方がこっちも助かるけどな」
我ながら野暮な事を訊いているなと思う。だが、これは確認しておかなくてはいけない事だ。これからこのパーティーで連携を取っていくつもりであれば、蟠りや軋轢はなるべく減らしておきたいところだ。
「……実は思うところがない訳じゃないんだけどネ」
「ええっ!? そうなのでつか!?」
カルルがショックを受けた顔をする。たった今まで楽しく遊んでいた相手が復讐心を懐いていると知ったのだから、分からなくもないリアクションだ。
とはいえ、ネロ側からしてみれば当然の感情だろう。今は輪廻転生者として活動しているものの、それで数え切れない地球人類を殺した過去は変わらない。異世界転生軍として大量殺戮に加担した罪は消えないのだ。
むしろ、今さっきまで一緒に卓球をやっていた方がおかしいまである。マジで馬が合うんだな、この二人。
「でも、それでカルに何かしようとは思わないヨ」
「ふぅん?」
「あっちの道から外れてこっちの道を歩こうとしている人の足をボクは引っ張ろうとはしないヨ。少なくともこの戦いが終わるまでは保留にするサ」
「ネロ殿、拙僧を許してくれるのですか?」
「許すのとはちょっと違う。我慢しているのサ、その喉笛を噛み千切るのをネ。最後に許すかどうかはキミ次第だヨ」
「喉笛を噛みっ……! ……いえ。いえいえ。望外の容赦ですとも!」
物騒な発言に一瞬身を竦めるも、「それでも我慢する」というネロの言葉にカルルは感銘を受けた。スッと姿勢を正し、ネロに向き直ると彼女はこう宣言する。
「そういう事ならば。そこまで期待をして下さるならば、このカルル・トゥルーことヘレナ・P・ブラヴァツキー、身命を賭してこの戦いに臨みましょう」
「ン。頑張って」
カルルの宣言に対してネロは短く頷く。この二人はこれで問題なしとなったようだ。二人の間に軋轢がない事を確認できて俺も胸を撫で下ろす。
「それに、一番の仇は決めている。そいつを仕留めるまでは他の奴は二の次だヨ」
「一番の仇?」
問い返すとネロの表情に獰猛な色が混じった。カルル相手の時には見せなかった激情。飛び掛かる直前で我慢している獅子のような、剣呑とした感情だ。
「――『神』の異世界転生者ザダホグラ。世界中に隕石を落とした張本人サ」
ああ成程、そういう事か。
異世界転生軍は侵攻の手始めに各国首都に隕石を落とした。政府――指揮系統のトップを失って烏合の衆と化した各国軍を撃破する為にだ。
俺は当初、あの隕石群は魔王城の兵器だと思っていた。あんな超絶威力広範囲攻撃を個人が為せるものではないと。だが、カルルからそれは違うと教えられた。確かに魔王城のバックアップがあってこその攻撃だった。魔王城には個人の魔法を極大化して発動する設備があるのだ。
――そう、あの隕石群はあくまで、たった一人が放った魔法だったのだ。その者こそが、
「ザダホグラ。あいつだけはボクが殺す」
肌がピリッとひりつく。殺意がネロの中で充満しているのが分かる。カルルが相手とは違い、ザダホグラとやらが何をしても容赦するつもりはない――言外にそう告げていた。
「カルルはどうだ? 『こいつだけは倒したい』とか『こいつだけは敵に回したくない』とか、そういうのあるか?」
殺意のガス抜きをしようと話の矛先を変える。矛先を向けられたカルルは少し考えるとこう答えた。
「そうでつね……別に倒したいとか倒したくないとか、そういうのはないですけど。二人、どうしても攻略法が思い付かなくて難儀しているのはいますぞ」
「二人? 誰だ?」
続きを促すとカルルは二人の名を口にした。
「一人は異世界転生軍首領、『勇者』アーザー。もう一人は『聖女』ヌトセ・メイヤーズ」
アーザー。俺の幼馴染、浅井竜政の異世界転生者。異世界転生軍序列一位。カルルから見てもあいつは難敵という評価か。
それと未だ出会わぬ人物。ヌトセ・メイヤーズ。異世界転生軍序列四位にして異世界転生者最強の女。
「言うて『魔王』や『悪役令嬢』は火力特化型ですからな。それ以上の火力を用意すれば攻略できます。しかし、この二人は強さが概念的すぎる。特に『聖女』の方は隙がありませぬ」
「ふむ……」
その二人のチートスキルについてはカルルから聞いている。確かに厄介だ。恐らく俺でさえも真正面からは倒せまい。パワーやスピードでどうにかなる相手ではないのだ。
しかし、そこをどうにかして対策を考えるのがカルルの役目だ。ヘレナ・P・ブラヴァツキー。近代神智学の祖。俺達パーティーの頭脳労働担当である。
「頼んだぜ、カルル」
「あいあいさー。精々頭を捻らせて頂きますぞ」
軽薄に、しかし目には確かな意志を宿してカルルは敬礼した。




