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第6転 チートスキル

 異世界転生。

 地球生まれ地球育ちの人間が死後、地球ではない世界に転生する事。転生先の世界は大抵、剣と魔法を基盤とした近世以前の文明を築いている。転生の際に神々が干渉する場合もあれば自動的に転生する類型もあり、偶発的に転生する事例もある。

 似て非なるジャンルに異世界()()があるが、相違点は死んでから異世界に来るか生きたまま異世界に来るかである。



◆  ◇  ◆



「異世界転生者……!」


 突然現れた彼らに目を丸くする。

 この場で異世界転生者を名乗るという事は、地球人類を半分まで滅ぼした集団の一人だという事だ。即ち彼もまた大量殺人者の筈である。身を強張らせるのは当然の対応だ。

 そんな常識人的なリアクションをする俺をクリトは嘲笑う。


「何だ貴様、ビビッているのか? ……ああ、言っておくが、後ろのこいつらは転生者ではないぞ。魔法世界(カールフターランド)の現地人だ。異世界転生者はおれだけだ」

「……何の用よ、あんたら」


 怯える俺を背に竹が警戒を露にする。対するクリトは笑みを浮かべたまま答えた。


「無論、貴様らを殺しに来たのだ。決闘の前に選手を殺しておけば、こっちは不戦勝になるだろう? フッ、おれって頭いいー♪」

「自画自賛は頭よく聞こえないわよ。あと喋り方が素に戻っているわ」

「む、いかんいかん、気を付けよう。フハハハ」


 笑って誤魔化すクリト。しかし、竹は彼の態度には取り合わない。彼が自分達を殺しに来たという発言にのみ即座に対応する。


「――【蓬莱の玉の枝】よ」


 竹が枝を振るう。路面を突き破り、鉱物の樹木が横一直線に生えた。絡み合う枝がクリトと竹との間を塞ぐ壁となる。

 逃げの一手だ。樹木の壁を時間稼ぎに逃走するつもりだ。


不比等(ふひと)、車を反転させて。別ルートから空港に行……ッ!?」

「フハァッハァハハハアアアアアッ!」


 竹が運転手に向けてそう言った直後だった。金属が砕かれる音が辺りに響き渡った。

 振り返れば、鉱物の樹木が大きく粉砕されていた。破片が竹側の路面に散らばって硬質な音を立てる。樹木に空いた穴をクリトが跨いで越える。


「オラァ! 男女平等パンチだ!」

「っ――【仏の御石の鉢】、【火鼠の皮衣】!」


 疾駆するクリト。竹が急いで光の壁を展開して盾にする。激突する拳と光の壁。ガラスの砕けるような音が響き、光の壁諸共石鉢が砕かれた。砕かれた際の衝撃で竹の体が弾き飛ばされる。


「ほほう? 一撃で殺すつもりだったんだが、砕けたのはその皿っぽいのだけか。余程格の高い神器だったようだな」


 数メートルの浮遊を経て背中から落ちる竹。彼女に更なる追撃を喰らわせようとしてクリトが地を蹴る。寸前、俺が間に割って入り、拳を振るった。


「てめぇ!」

「おおっと!」


 俺の拳をクリトは難なく躱す。余裕の表情を隠さないクリトに改めて対峙する。クリトは俺と竹を見比べると甲冑の兵士達に命令を下した。


「お前達は女の方を始末しろ。こいつはおれが一対一(サシ)で潰す」

「御意に」

「やらせるか!」


 竹へと殺到する兵士達を食い止めんと逸る。だが、俺の前に今度はクリトが割って入ってきやがった。兵士達が竹に向かうのを止められない。


「そおら!」


 踏み込み、体重を乗せて打ち出される右の拳。拳撃は音速を超え、パァンッという炸裂音が拳より遅れて奏でられる。あまりの速度に俺の身体が勝手に回避を選んだ。逃げ遅れた髪の毛の数本が拳撃に千切られて宙を舞う。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」

「くっ……!」


 爆ぜるように連続で繰り出される拳撃。連打故に全体重を乗せられず音速には届かないが、それでもなお(はや)い。

 先程は自ら向かっていったもののやはり俺は恐怖心が勝った。怒涛の拳撃を前に歯を食い縛り、回避に専念する。


「オラァ! 右だけではないぞ!」


 右拳ばかりを繰り出していたクリトが左拳を打つ。右拳の派手さと軽やかな足捌きに目が眩んだ俺の鳩尾に拳がめり込む。


「ぐっ、おええっ!」


 込み上げる吐き気は堪えられても足元のふらつきは耐えられない。俺が思わず寄り掛かったものはリムジンだった。間を置かずクリトの右拳が追撃する。歯を食い縛ってふらつきを打ち消し、どうにか逃げ切る。代わりにリムジンが右拳を受ける。

 瞬間、リムジンが木端微塵に砕け散った。


「は……?」


 目を丸くなる。自動車(リムジン)は単純に破壊されたのではなかった。抉られたのでもなければ潰されたのでもない。端から端まで丸ごとバラバラに粉砕されたのだ。運転手だけがリムジンの残骸の中に取り残される。


「どうだ! これがおれのチート【陸の王者(ベヒーモス)】だ! カッコいいだろ!」


 震撼する俺にクリトが自慢げに右拳を掲げる。よく見れば手の甲にはマンモスの刺青が入っていた。


「チート?」

「ん? 何だ、チートスキルを知らないのか?」


 俺達の傍ら、運転手が()()うの(てい)で逃げる。俺と竹以外に用はないクリトは彼を追う気配すら見せなかった。


「仕方ない、自慢してやろう。おれ達異世界転生者は転生の女神から特権的能力(チートスキル)が与えられているのだ。魔法なき世界から魔法ありき世界に行かなくちゃならない者への餞別としてな」

「餞別?」

「そうだ。おれに与えられたチートスキルは【陸の王者(ベヒーモス)】――身体強化系スキルの例外(イレギュラー)だ。堅さも柔らかさもおれの拳には関係ないぞ」


 異世界カールフターランドには地球にはない現象が存在するとクリトは語る。物理法則と対を為す()()則――魔法だ。異世界人は魔力と呼ばれる不可思議なエネルギーを燃料に魔法(スキル)を使う事ができるのだ。


「そのスキルの中でも強力で凶悪で異様で、世界の(ことわり)をも覆すものをチートスキルと呼ぶ。

 常時発動型(パッシブ)スキル兼任意発動型(アクティブ)スキル【陸の王者(ベヒーモス)】――右拳で殴ったものを問答無用で破壊する究極の攻撃だ。五指を折り畳んで拳を作る事で自動で発動する」


 発動した状態で殴れば、対象の硬度・特性を無視してブッ壊せるという事か。それは確かに究極攻撃の称号を関するに相応しい威力だな。


「人間がおれの拳が喰らったらどうなるか……分かるよな? クックックッ」

「…………!」

「フハハハハハハハハハハッ!」


 リムジン同様に木端微塵になった己を想像して蒼褪める。そんな俺をクリトは嘲笑い、俺の肉体を粉々に砕かんと地を駆けた。

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