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第47転 死鬼・温羅

 餓鬼(プレータ)

 仏教六道の一つ、餓鬼道に生まれた者。生前、食べ物や財産に対する罪を犯した者が餓鬼道に堕ちるとされる。常に飢えと乾きに苦しみ、決して満たされる事はない。原語のPreta(プレータ)は元々インドの鬼=死者の霊を指していた。



◆  ◇  ◆



「【仏の御石の鉢】、広域展開――!」


 竹が石鉢より光の壁を張る。石神社を丸ごと包み込むほど巨大なドーム状の壁だ。壁が放つ淡い光に照らされて石神社内が少しだけ明るくなる。


「なぁんとぉ! 獣月宮選手、とんでもなくデカい結界を張ったー! 僅かに残っていた不死者達も全員弾き出されてしまったぞー!」


 エルジェーベトの言う通り、俺達が撃破し損ねた不死者の軍勢が壁の外側へと追いやられていた。しかし、エルジェーベト当人とガブリエラ、クラネスの三人は内側に残留していた。一定以上の実力(レベル)があれば、結界に抗う事も可能なようだ。


「これでしばらくは【百鬼夜行進軍(ハロウィン・パレード)】とやらは足止めできる筈。でも、そんなには()たないわ。早くエルジェーベトを倒さないと」


 ここまで広い結界となると消耗も激しいか。竹が力尽きる前に敵を倒せという事だ。

 そう思って敵陣を見据えた矢先、温羅は俺へと突っ込んできた。


「貴様の相手はこの儂だ、桃太郎!」


 温羅が岩刀を振り下ろす。大仰な一撃を俺は躱し、代わりに叩き付けられた地面が大きく砕かれた。瓦礫が四方八方に飛び、土煙が舞う。人間が受ければ挽肉と化す威力だ。


「死ねィ!」


 俺を追って岩刀を薙ぐ温羅。跳躍して岩刀を飛び越え、そのままの勢いで温羅に斬り付ける。だが、届かない。弧を描く跳躍では速度が乗らなかったのだ。俺の刀はいとも簡単に温羅に避けられた。


 岩刀は重量さ故に攻撃方法は限られている。振り下ろすか、薙ぎ払うかだ。動きを読むのは容易い。


「【大神霊実(おおかむづみ)流剣術】――【春聯(しゅんれん)】!」


 だからといって攻略も容易とはならない。鬼の剛腕による一撃は掠っただけでも致命傷に成り得る。それでいて岩刀はリーチが長く、温羅の剣速も決して遅くない。つまり完全に回避するには普段よりも大振りな動きを要求されるのだ。

 そんなへっぴり腰では温羅にとっても回避は容易い。【大神霊実(おおかむづみ)流剣術春聯(しゅんれん)】――死霊を断つ技で斬り掛かっても躱されてしまう。俺が幾ら攻撃を掻い潜って刀を振るっても温羅を斬る事はできない。


「ふっはははははァ!」

「ちっ、調子に乗りやがって……!」


 加えて、向こうは鬼だ。腕力は勿論、持久力も有り余っている。このまま長期戦になれば向こうに軍配が上がる。

 そもそも長期戦の選択肢はない。戦闘が長引けば竹の結界が壊れる。その前に決着を着けなくてはならない。


「――【上級疾風魔法(サイクロン)】」

「――【上級迅雷魔法(サンダークラウド)】」

「小癪な……ッ!」

「んぎょあああああっ!」


 左右で風刃と稲妻が四方八方に炸裂する。

 ちらりと横目で周囲の様子を伺う。オルフェウスとハデスはガブリエラと、波旬とカルルはクラネスと戦っていた。

 見た感じ、ガブリエラもクラネスもチートスキルは使っていないようだった。死者には使用不可なのか、それとも他に理由があるのか分からない。しかし、エルジェーベトの魔法で身体能力は強化されている為、かえって生前よりも難敵なのが皮肉だ。

 竹は結界維持の為に不動、エルジェーベトは高みの見物だ。そしてネロは、


「あぁああああああああああああああああああああっ!」


 ネロが錯乱状態のままエルジェーベトがいる屋根に飛び掛かる。爪よりも牙を前に出し、遮二無二駆ける様は(ケモノ)というよりも(ケダモノ)だ。


「死霊招来【餓者髑髏召喚ギガント・スケルトン】――!」


 屋根に水溜まりのような闇が広がり、闇から巨大な白骨死体の腕が現れる。骨の腕がネロの拳を遮り、弾き飛ばした。闇からさらに巨大な頭蓋骨まで現れ、地面をバウンドするネロを見下す。


 皆、手一杯だ。やはり自力で温羅を倒すしかない。


「余所見をするな、桃太郎!」


 仲間の様子を窺っていた俺に温羅が岩刀を薙ぎ払う。剣筋がやや高めだ。チャンスとばかりに地を這う勢いで姿勢を低くし、岩剣の下を潜り抜ける。目と鼻の先にまで肉薄した温羅に刀を振るう。

 温羅が回避に入る。余裕の表情だ。確かにこの間合いであれば、喉元や胴体への斬撃であれば充分躱し切れるだろう。だが、俺の狙いは奴の急所ではない。


 武器を握っている以上、どうしても他より回避が遅れてしまう右腕――手首だ。

 僅かに引っ掛けるように手首を掻き斬る。


「うぬっ! うつけめ、儂が死者である事を忘れたか」


 一瞬だけ温羅が呻くが余裕の表情は崩れない。不死者である彼は手首の動脈を切られたところで失血死する事はないからだ。だが、俺の狙いは失血死ではない。手首を斬られた事で岩剣を握る力が弱まる事だ。


「ぬっ、これは!」


 温羅が岩刀を引き戻そうとして顔を強張らせる。握力が弱まったせいで引き戻しに僅かに時間が掛かったのだ。僅かな、しかして絶好の隙だ。


「【大神霊実(おおかむづみ)流剣術】――【卯槌(うづち)】!」


 渾身の振り下ろしを温羅に叩き込む。左肩から喰い込んだ刃はそのまま温羅を両断する。そのつもりだった。だが、


「……ッ!? 斬れない!?」


 刃は鎖骨まで断ったもののそれ以上には進まなかった。分厚いゴムの塊をなまくら包丁で斬ったような感触だ。強靭な筋肉が斬撃を喰い止めてしまっているのだ。


「ひゃあっ!」


 温羅が地を蹴り、左肩の負傷を物ともせず左掌を突き出す。咄嗟に後方に逃げるが、間に合わない。温羅の掌底が俺の胸部を叩く。凄まじい衝撃に俺の身体は吹き飛ばされ、地面に強かに背中を打ち付けた。


「ぐっ……クソ、肋骨(あばら)何本か逝ったな……」


 血を口端から流しながら愚痴る。これでもまだマシな負傷だ。掌底がクリーンヒットしていたら背骨まで打ち抜かれていた。後方に逃げたお陰で一命を取り留めた。


「畜生、温羅め。一〇〇〇年前よりも強くなっている……!」


 平安時代の温羅であれば、今の攻撃で仕留めるまではいかなくとも重傷は負わせられた。それがあの程度のダメージで、しかも反撃してくるとは予想外だ。エルジェーベトの死霊魔法によってここまで強化されているとは思わなんだ。


「おっとぉ! 温羅選手にクリティカルヒット! いけません、これはいけません。加勢しなくてはいけませんね!」


 だというのに、エルジェーベトは更なる助力をしようとしてきた。


「這い寄る混沌よ。強壮なる使者よ。我は月へと吠えるもの。血塗られた舌を晒すもの。盲目の錐。無貌の神。野獣の冠。祈りは歪み、眠りを妨げる。漆黒で塗り潰せ――【上級闇黒魔法(ナイトメア)】!」


 エルジェーベトの右掌から放たれた闇が石神社を包む。広範囲かつ形なき闇を前にしては逃げ場などない。俺も誰も彼も為す(すべ)なく闇に呑み込まれる。


「完全詠唱の【上級闇黒魔法(ナイトメア)】だ! さっきみたいな生温いものじゃありませんよ! 今度こそ精神崩壊して廃人になるがいい!」

「百地!」


 直前、竹が俺の名を呼ぶ声が聞こえたが、それさえもすぐに闇に消える。意識が揺らぎ、次の瞬間には俺の意識は再び、あの鬼ヶ島の村に立っていた。

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