幕間11 獣月宮竹とカルル・トゥルー/コイバナ/後
「そうなの?」
「そうですぞ。今は女も狼にならなくてはならない時代です」
などと嘯くカルルだが、彼女自身は狼になった経験はない。前々世は結婚してそうそう夫の下から逃げ出し、前世では完全に独りぼっちだった。当世では能力を買われて異世界現地民にモテモテではあるものの、恋人と呼べる関係の者はまだいない。女も狼になるべきという考え方は完全に漫画からの影響だ。
「そういうあんたはどうなのよ? 百地とは結構ウマが合うみたいだけど」
「いや、それは吉備之介殿がコミュ強な側の人間であって拙僧に話し掛けてくれているだけで、別にウマが合う訳ではないのですぞ。向こうが拙僧に合わせてくれているのでつ。それに、拙僧は推しの壁になっていたい派でして、他人の尊いを拝んでいたい派で。自分が恋愛対象になるなんて夢のまた夢」
「推し? 壁?」
オタク用語は竹には分からない。が、そんな竹をカルルは気にせず夢中になって話を続ける。
「まあまあまあ、悪くないというのは拙僧もそうですな。吉備之介殿は何というか話していて気楽なところがありますのでな。気負わなくていいというのは重要ですぞ。それなりに顔立ちも整っておりますし、デュフフフ。整っているといっても格好いい系よりも可愛い系なのがまたツボですな。いやしかし、見た目の話でいうならネロ殿も美味しいのですのよなあ。あんな女装が似合う逸材、そうそういませんぞ。特にスカートからチラ見えする太腿がいい。美少年ペロペロ」
「待って待って待って。早い早い早い」
立て板に水ともいうべきカルルの早口に竹が戸惑う。オタクは早口というのを身をもって実感した竹だった。
そんな風になんやかんやで盛り上がっていた二人だったが、
「申し、申し。そこの方々、よろしいですか?」
不意に第三者に話し掛けられた。
目を向ければ、そこにいたのは女性だった。腰まで届くほど長い黒髪に、垂れ目で柔和な相貌をしている。服装は小袖だ。小袖とは着物の一種で、平安時代では貴族には下着として、庶民には日常着として着用されていた。
女性の額には立派な二本の角が生えていた。人外種族――鬼の特徴だ。
「鬼!?」
「ああっ、待って下さい! 私は敵ではありません!」
相手が異形の者と見た竹とカルルが身構える。それを対して鬼女は両掌をかざし、無害を主張した。
「ほら、あの世というものは鬼がいるものでしょう? 獄卒といった。私もそういうのです。怪しいものではありません」
「…………」
鬼女に訝しげな視線を送る竹とカルル。彼女の言葉を信じる理由はないが、疑う根拠もない。ひとまずは身構えを解除して彼女に相対する。
「冥府の女王であるイザナミ様よりお二方を御案内するように言われてきました」
「お祖母様に?」
伊邪那美とは黄泉の主宰神であり、日本神話の地母神である。夫神である伊邪那岐と共に日本列島を創成し、主要な神々を産んだ日ノ本の母だ。ある日、火の神を産んだ為に火傷を負って命を落とし、黄泉へと堕ちた。その後、紆余曲折を経て彼女は冥王――黄泉津大神となった。
竹――『かぐや姫』にとっては祖母に当たる。祖母が住まう場所が場所なだけに面識はないが、その偉大さは充分に知っていた。
「どうぞこちらへ。道すがら冥府の現状を説明しましょう」
鬼女が道なき道を手で指し示す。そちらはこれから竹が行こうとしていた方向だ。竹とカルルが顔を見合わせる。鬼女への警戒は未だに解けないが、行くべき方向が違わないのであれば同行も吝かではない。
「……分かったわ。あんたについていくわよ」
「で、鬼女さんの事はなんて呼べばいいでつか?」
「ああ、申し遅れました。私の名は麗。短い間ですが、どうぞよしなに」
そう名乗りを上げて鬼女――麗はふわりと笑った。




