第4転 ストリートファイト/前
俺が目を覚ましたのは竹との路上試合より三時間後の事だった。
「ッ……! ……ここは?」
「あら、起きたかしら?」
跳ねるように起きた俺に竹が声を掛ける。
俺達がいるのは大型高級車の中だ。俺は車内のソファに横にされていた。竹は俺の近くに座り、スマホを弄っている。
「お前! ……そうか、俺はお前に眠らされて」
「さすがに車の中では暴れないでよ。事故死なんて洒落にならないから」
俺の方を見ずに竹が冷淡に言う。彼女の態度に頭に血が上りかけるも、確かに狭い車内で暴れるのは得策ではない。なので、舌打ち程度で苛立ちを済ませた。
溜息を吐いて気分を切り替えると俺は竹に尋ねた。
「どこへ向かっているんだ?」
「岡山空港よ。ああ、あの空港は『岡山桃太郎空港』なんて愛称があったわね。愛着とかあったりする?」
「……いいや別に」
窓の外を見ると幅広い道路が見えた。周囲に他の車の気配はない。ちょっと前まで異世界転生者の影響でパニックを起こした市民によって渋滞が起きていたが、現在は皆、自宅や避難所に引きこもっている。
「そうだ。思い出したぜ、獣月宮。世界有数の大金持ちじゃねえか」
資産家『獣月宮機関』――あらゆる産業に根を張る超世界規模の組織だ。各国に流通している製品の九割は機関の影響下にあると言っても過言ではない。この国において彼らに関わらず生活するのはおよそ不可能とされている、それくらい巨大な組織だ。
「その機関長の娘が私よ。世界が荒廃した今となっては貨幣の保障も揺らいでいるけど、それでも飛行機を用意する程度の事は他愛ないわ」
「飛行機? 飛行機でどこに行くんだ?」
「決まっているでしょ。異世界転生者達の本拠地――魔王城よ」
「魔王城……あの黒い城か」
異世界カールフターランドより来たる魔法の城。魔族を統べる王の居城にして異世界人達の最終防衛拠点。異世界転生者と輪廻転生者が正面対決する場として誂えた決闘の舞台だ。
「マジで俺に決闘させようってんだな」
「そうよ。あんたしかいないの。あいつらと戦える人間はね」
「……本当に他にいねえのか? 何も俺みたいな弱虫を連れて行かなくてもいいだろ。他の輪廻転生者に任せておけよ。ギリシャ神話の大英雄とか日本最大の怪異殺しとかいねえの?」
「ヘラクレスは神だから転生できないわよ。星座にされた英雄も同じ。俵藤太は残念ながら当世には転生していないわ」
そうなのか。俺みたいな奴が他にもいるとなれば会ってみたかったのだが、残念だ。
「キンちゃんやウラちゃんもいねえの?」
「金太郎や浦島太郎の事? その二人だったら転生はしているけど……年齢がね。どっちも戦えるような歳じゃないわ。ていうか、浦島太郎に武功の逸話なんてなかったでしょう」
「そうか? 海辺でなら敵に回すと結構厄介なんだけどな、ウラちゃん」
「……ていうか、だいたいね」
ふぅ……と竹が溜息を吐く。
「あんたのどこが弱虫なのよ。走り幅跳び世界記録更新しておいて」
「お前に負けたじゃねえか」
右手を軽く振って言い捨てる。だが、竹は俺の言い分を否定した。
「あれは不意打ちだった上に、あんたが超常の力に慣れていなかったからよ。場所もよかったわね。次に戦ったら私が負けるわ」
「そうかぁ?」
到底信じられない。実際、俺からすればさっきのは竹の手玉に取られた戦いだった。次は勝てると言われてもそんなのは信用し難い。
「あんたの力はあんなもんじゃないのよ。そもそも刀を持っていないでしょ、あんた。刀を持っていない桃太郎なんて桃太郎じゃないわよ」
「いや、そうは言うけどただの高校生が刀なんて手に入れられる訳がねえだろ」
前世に覚醒したとはいえ、それまではただの男子高校生として過ごしていた俺だ。当然、武器など所持している訳がない。日常内で入手可能で武器に転用できる物といえば精々が金属バットか包丁くらいのものだ。それも逃亡の際、手元にはなかったので持っていない。
「刀ならここにあるわよ。ほら」




