第33転 フェイント
五行思想。
古代中国を発祥とする自然哲学。この世の全ての物質は火・水・木・金・土の五種類の元素から成るという説。五種類の元素は互いに影響し合い、その変化によって万物が循環するとされる。西洋の四元素と比較される。
元素はあらゆる事象に対応し、例えば親指は金、人差し指は土、中指は火、薬指は木、小指は水にそれぞれ対応している。
◆ ◇ ◆
俺が地を蹴ると同時にイシュニが式神を嗾ける。五つの指輪【五行思想の円環】も厄介だが、この式神共も大層邪魔だ。まずはこいつらを片付けなければイシュニには届かない。
「【大神霊実流剣術】――【卯槌】!」
刀を右手で握り締め、鉄の式神を叩き斬る。左肩を撃たれた状態で両手が使えず、力が入り切らないのをオーバースイングで補い、威力を上げる。隙だらけになるので普段はやらない動きだが、大柄で雑な式神相手にならば通用する。
「――【卯槌・雉翔】!」
鉄の式神が左肩から股下に掛けて真っ二つになる。翻す刀で石の式神を斬り、石の式神が左腰から右肩に掛けて両断される。
「【大神霊実流剣術】――【追儺】!」
「【瞬発強化・初級草木魔法】――!」
大技二連発目。体力的にかなり厳しいが、ここで無茶をしないで勝てる相手ではない。
瞬間移動で肉薄する俺にイシュニは茨の鞭で迎撃する。地面に顎が擦れるほど身を低くして茨の下を潜り抜ける。間近で顔合わせする俺とイシュニ。互いの視線が刹那だけ交錯し、次の瞬間には居合斬りの如く互いの攻撃が奔った。
俺は刀、向こうは金属化した爪である。
「【大神霊実流剣術】――【雛祭】!」
「【反射強化・初級金属魔法】――!」
大技三連発目。瞬間十五閃の斬撃と両の金属爪が激突する。反射強化と称するだけあって素早い。金属爪は縦横無尽に動き、俺の刀を悉く弾いた。
「おお、おおおおおっ……!」
「ぐく、ぬぬぬぬぬっ……!」
とはいえ、完璧に俺に追い付ける程ではない。イゴロウに比べればまだまだ動きが甘い。
フィニッシュの下から斬撃をイシュニの右爪が辛うじて受ける。イシュニがやや押されている形だ。睨み上げる俺と見下すイシュニ。拮抗するも僅かな時間だ。体勢と膂力は俺の方が勝る。
「――【弾数強化・初級火炎魔法】!」
イシュニもそれを悟ったか、自分をも巻き込みかねない距離で炎の弾幕を放った。さすがに八十一発もの火弾に襲われてはひとたまりもない。ゴリ押しは諦めてその場から離脱する。
「式神補充――」
火の海の中、俺が離れた間にイシュニが呪符を飛ばす。石壁と鉄格子に貼り付き、再び石の巨人と鉄の巨人が現れる。これで状況は振り出しに戻ってしまった。
「呪符も有限だろうし、魔力だって消費している筈だが……」
それがいつ尽きるのかこちらからでは皆目見当が付かない。その不明瞭さが精神に負担を掛ける。このままではジリ貧で負ける。
「ふふふ。どうしましたの? 悩んでいても解決しませんわよ。降伏するなら認めますわ。跪いて、わたくしの靴をお舐めなさいな」
「ちっ……舐めてんのはそっちだろうがよ」
「百地!」
攻めあぐねていると竹が俺を呼んだ。彼女の周囲は未だに炎に包まれている。
「私が突破口を開く。その隙にあんたはイシュニを斬りなさい」
「突破口っつったってお前、その光の壁を解いたら火達磨になるだろ!」
「【火鼠の皮衣】があるからすぐには燃えないわよ。平気だから行って!」
「ぐっ……!」
反論したいが、口に出せる言葉がない。俺だけでは突破口が見つけられないのは事実なのだ。
しかし、竹にそんな危険な真似をさせるのは躊躇する。光の壁が消えれば火の海がダイレクトに竹を襲う。皮衣に守られているとはいえ直に炙られるのは辛いだろう。全くのノーダメージとはいくまい。
「しゃんとしなさい、百地!」
「獣月宮……」
「仲間が待っているんでしょう。ここで手をこまねいている暇はない筈よ」
ああ、そうだ。ネロもカルルもこの城に捕らわれているという波旬も皆、危機に晒されている。一刻も早く助けに行かなくてはならない。
「……分かった。頼むぜ」
「ええ、行くわよ」
「できると思いまして? ――【弾数強化・初級火炎魔法】!」
「――【蓬莱の玉の枝・樹槍】!」
炎の雨が降り注ぐ中、竹が光の壁を消すと同時に鉱物の枝を振る。彼女の足元から一本の巨大な鉱物の樹木が勢いよく生えた。十数本もの樹木を束ねて先端を鋭くして突き刺す、まさしく樹槍と呼ぶべき武器だ。
樹槍が突き出す速度は速く、二体の式神が何のアクションも取れず抉り貫かれる。樹槍の速度・硬度・直径から【瞬発強化・初級草木魔法】でもそう簡単に破壊はできないだろう。樹槍の先端がイシュニの心臓を狙う。
その直前、
「防御を! 解きましたわねぇ! ――【高圧強化・初級流水魔法】!」
イシュニの水弾が放たれた。咄嗟に背を逸らして躱そうとする竹。だが、遅い。超高速の水弾は竹の額を掠め、鮮血が散る。使い手の意識が途絶えた事で樹槍はイシュニの胸先で止まった。
その時、俺は既に樹槍の上を疾駆していた。
「【大神霊実流剣術】――【追儺】!」
樹槍を滑るように進み、刀を振るう。狙うはイシュニのこめかみだ。樹槍に眼前に迫られて、竹を撃った直後でありながらイシュニの反応は俺の剣技に追い付いた。両手を金属に変えて、ぴったり俺の刀に合わせてくる。
「【大神霊実流剣術】――」
「【反射強化・初級金属魔法】――!」
「――【追儺・犬咬】!」
「――――ッ!?」
だが、その爪が俺に触れる事はなかった。
衝突の寸前に踏み込み、その場で一回転して右の金属爪を空振りにさせる。フェイントだ。金属爪は宙を引っ掻き、俺には届かない。続く左の金属爪が追撃しようと鉤爪を作るが、既に遅い。回転の勢いを殺さずに俺は刀を横一文字に振るう。
刀がイシュニの鼻柱を斬った。




