第32転 正真正銘のチート使い/後
カルル曰く、そもそもcheatとは「騙す」、「欺く」を意味する。製作者は意図していないが、使用者が意図的に行う不正行為を指してチートというのだ。例えば、ゲームでバグ技やハッキングを用いて自身を優位にする行為もチートと呼ばれるし、ポーカーなどでブラフを含む一種のテクニックで他プレイヤーを欺く行為もチートと呼ばれる。
それがいつしか「騙す」→「ズルい」→「ズルのように特権的」→「特権的能力で世界観を覆す」→「世界観を覆すが故に強い」→「強すぎるが故に無敵」→「無敵故に最強」と解釈が拡張していき、今の「チート=最強」という意味合いになったのだ。
『イシュニ殿の【情報改竄】は数あるチートスキルの中でも原点に立ち返る能力でしてな。世界そのものにハッキングする事ができるのですぞ』
『世界そのものに?』
イシュニのチートスキル【情報改竄】は世界の物質・現象を情報化し、その内容・数値を書き換える事ができる。大砲に使えばその威力は戦略兵器級にまで強化できるし、治癒薬に使えば使用回数を九九九回にもできる。まるでペテンだ。
『そんなイシュニ殿ですが、使い方の例を見れば分かる通り後方支援型でしてな。あまり前線には出てこないのですが、けれど戦えない訳ではありません。その要となるのが右手の五つの指輪【五行思想の円環】でつ』
イシュニが右手に嵌めている指輪は魔力を込めただけで魔法を発動する。指輪自体は高価ながら店で売っている代物だ。特別な品ではない。だが、五つの指輪は全てイシュニによって改竄済みである。
『遠距離攻撃・弾幕型の【弾数強化・初級火炎魔法】、
遠距離攻撃・狙撃型の【高圧強化・初級流水魔法】、
中距離攻撃・速射性の【瞬発強化・初級草木魔法】、
近距離攻撃・自動式の【反射強化・初級金属魔法】、
巨大化・破壊力特化の【重量強化・初級大地魔法】、
この改竄した五つの魔法を駆使するのがイシュニ流の戦い方ですぞ』
初級魔法の利点は発動の速さ、上級魔法の利点は威力の高さにある。逆に初級魔法の欠点は威力が低い事、上級魔法の欠点は発動が遅い事だ。上級魔法は詠唱を入れなくては効果が碌に発揮しないからである。
その利点欠点をイシュニのチートスキルは克服する。初級魔法の発動の速さのまま、上級魔法と同等の威力を発揮するのだ。
『これだけでも強いのですがな、イシュニ殿の実力はこれだけに留まりません。戦闘中でも【情報改竄】を使って、戦況を優位にするのですぞ。式神を作ったり、自身の傷をなかった事にしたりですな』
カルルの言った通り、イシュニは斬られた腹部を治癒し始めた。
「【情報改竄】、肉体修復――」
明らかな致命傷に左手を重ねるイシュニ。そもそも上半身と下半身が分かたれたにも拘らず、上半身が地に落ちないのがおかしい。胴斬りにされて大量の流血をしておきながら上下の身体は磁石でくっついているかのように不動だった。
その傷が瞬く間に塞がっていく。いや、傷だけではない。裂けたドレスも元に戻り、血糊も消え失せる。床に残った血痕だけが胴斬りが夢幻などではなかった事の唯一の証明だった。
「――復元完了」
「化け物め……!」
思わず悪態が漏れる。ガブリエラも相当異形だったが、本人の強さも相俟ってイシュニの方が怪物的だ。魔物転生者なんかよりも余程人外である。
「よく言われますわ。それで? その化け物相手にどうしますの?」
「…………」
胴斬りでは殺す事はできなかった。恐らくは意識がある限り、幾らでも復元できると考えるべきだろう。であれば、倒すには一撃死――一発で意識を失わせる攻撃でなければならない。
狙うは頭。脳を叩き斬る。
「さあ、どうしますの?」
「決まってんだろ!」
刀を握り直し、俺はイシュニへと突撃した。




