第31転 正真正銘のチート使い/前
「【符術・石壁の式神化】、【符術・鉄格子の式神化】」
イシュニの手から二枚の呪符が飛ぶ。呪符が石壁と鉄格子に貼り付き、石壁は抉れて骨太の人型となり、鉄格子は牢屋から外れて細身の人型になった。どちらも三メートル近い高身長だ。
ゴーレム。
ユダヤ教の伝承に登場する自分で人造人間。泥から作られ、主人の命令だけを忠実に実行する。知能はなく、ロボットに近い。魔法世界では泥以外にも石や砂、金属などが材料にされる。
「お行きなさい」
イシュニの指示に従い、石の巨人と鉄の巨人が迫る。なかなか速い。この速度と重量で突っ込まれたらトラックに撥ねられた程度の破壊力にはなるだろう。生身で受けていいものではない。
とはいえ、俺の疾さには及ばない。躱すのは容易い。巨人共の腕を掻い潜り、背後まで抜き去って、そのままイシュニに肉薄する。
「【瞬発強化・初級草木魔法】――!」
直前、イシュニの手に薔薇の茨が現れる。十メートル以上はある長い茨の蔓だ。鞭の如く振るわれた茨は音速を優に超えていた。速度に加えて広範囲を薙ぎ払う茨を前に逃げ場はない。進攻を中断して後方に跳ぶ。
すかさず巨人共が俺に拳を振り下ろす。無理矢理足を動かして床を蹴り、回避を試みる。だが、僅かに間に合わず拳は俺の背を掠った。それだけで凄まじい衝撃が俺を襲い、何メートルも弾き飛ばされる。
「百地! ――【龍の首の珠・轟咆】!」
巨龍の光を伴う宝玉が巨人共を打ち砕く。大穴を開けられて動きが止まる巨人共。宝玉は転回してイシュニにも飛び、その牙を剥く。
「【重量強化・初級大地魔法】――!」
龍の牙が並ぶ顎をイシュニの石斧が粉砕した。三メートルはあろうかという巨大で分厚い石斧だ。木端微塵となった巨龍の光は霧散し、当然イシュニには牙一つ届いていない。
「【弾数強化・初級火炎魔法】――!」
「ッ――【火鼠の皮衣】、【仏の御石の鉢】!」
間髪入れずイシュニが火の玉を繰り出す。その数、実に八十一発。炎の弾幕が竹に降り注ぐ。急いで竹が光の壁をドーム状に展開する。
「きゃあああああっ!」
間一髪で光の壁が間に合い、炎の弾幕は防がれる。だが、炎熱の余波が竹を襲った。火の玉がしぶとく燃え残っているのだ。まるで焼夷弾だ。光の壁を解いた瞬間、竹は火の手に包まれるだろう。鎮火するまで竹は一切の行動を封じられたに等しい。
今の攻防の間に俺はイシュニに再度接近していた。
「ふっ!」
イシュニの左手側から横一文字に刀を振るう。俺の剣技は人類最速だ。ただの御令嬢に防いだり躱したりできるものではない。藁を斬るように彼女を胴斬りにする。
「――【反射強化・初級金属魔法】」
だが当然、彼女はただの御令嬢ではない。胴斬りにされたにも拘らず彼女は身を反転し、金属化した爪を振るった。俺は躱すが間に合わず、胸元を抉られる。
「【高圧強化・初級流水魔法】――!」
「ぐああっ!」
そこにイシュニの追撃が入る。超圧縮された水弾が俺の左肩を撃ち抜いた。本来は心臓を狙ったつもりだったのだろう。咄嗟の回避で心臓を守る事には成功したが、左肩までは間に合わなかった。
これで俺は左腕で刀を振るう事は叶わない。右手だけで戦うしかない。
「百地、大丈夫!?」
「大丈夫だ気にすんな、獣月宮! それよりも防御を解くんじゃないぞ!」
「くっ……!」
竹の周りはまだ火の海に包まれていた。まだ光の壁を緩める訳にはいかない。彼女の助力は期待できない。
「強い……! やっぱり『終局七将』は別格だな」
これが異世界転生軍幹部の実力。イゴロウに並ぶ実力者か。想定通りの強敵、予想以上の難敵だ。
カルルとの会話を思い出す。本格的に異世界転生軍に叛く事にした彼女から、他の異世界転生者の情報は可能な限り教えられた。イシュニについての情報も聞き及んでいる。
『「悪役令嬢」の異世界転生者、イシュニ・G・シュプニクラートのチートスキル、それは正真正銘のチートなのですぞ』




