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幕間8 近代神智学の祖

 ヒュプノス。

 ギリシア神話に登場する眠りの神。母親に夜の女神(ニュクス)を、兄弟に死の神(タナトス)夢の神々(オネイロイ)を持つ。母神(ニュクス)が地上に夜を齎す際には彼も付き従い、人々を眠りに誘うという。



◆  ◇  ◆



≪!?≫


 幾本もの光線が風圧を貫く。粉砕された風圧はカルルには届かず、前髪を書き上げる程度に終わった。

 審判妖精が赤旗を上げる。カルルが勝者と判定されたのだ。クラネスが審判は公正だと言っていたのは真実だったのだ。今度は審判の背後に赤い大きな花が咲く。


≪なっ……なななななっ……何だと!≫


 クラネスが愕然とする。今、間違いなくカルルは新妖精秘語(ガンドアールヴ)で話した。クラネス以外にはおよそ使える者などいる筈もない創作言語をだ。実際に魔法を発動してみせたのがその証拠である。

 だが、クラネスには――否、その場にいる誰もがそれを信じられなかった。カルルただ一人だけを除いて。


≪単語はヒンディー語、発音をルーン文字に置き換え、文法は日本語のままで合っていますでしょう?≫


 続くカルルの言葉にクラネスは更に目を丸くした。カルルが何を言っているのか理解できない――理解したくないといった表情だ。


≪馬鹿な!? 解読したというのか。今、この場で!? たった数分にも満たない時間で!? しかも文字も見ずに会話からだけでだと!?≫

≪このヘレナ・P・ブラヴァツキー、神話伝承の知識においては右に出る者はいないと自負しておりますぞ。その知識があれば、元ネタありきで作られた言語の解読などお茶の子さいさい≫

≪小生の創作言語が元ネタありきだと!? いや待て、ブラヴァツキーだと!? 貴公が何を言っているのか分からんぞ!≫


 カルルの物言いに混乱するクラネス。彼からすればカルルが前世の記憶に覚醒し、しかもそれが()の高名な近代神智学の祖であるヘレナ・P・ブラヴァツキーだったなど寝耳に水だろう。理解が追い付かなくても無理はない。


≪いいや、いいや! そんな付け焼き刃な解読で我が新妖精秘語(ガンドアールヴ)を使いこなせるものか! 第三ラウンドだ!≫


 それでも無理矢理自分を納得させて奮い立たせると、上級魔法の詠唱を始めた。中級が五節だったのに対して上級は十節の詠唱が必要になる。その威力は単純な倍に留まらない。


≪名状し(がた)きものよ。黄衣(きごろも)の王よ。空を捻れ。海を抉れ。地を削れ。其は蜷局(とぐろ)巻く蛇。其は天父の目。神の吐息はここに吹く。裁きの後の豊穣を知れ。微塵となって散るがいい――【上級疾風魔法(サイクロン)】!≫

≪大いなる深淵の大帝よ。銀の腕を持つ者よ。夜に瞬き、星を退かせ、地に満ち、天に昇る。東西に刻むは我らの祈り。南北に刻むは汝の恵み。彼方よりの輝きをここに招く。我は汝の名を讃えよう――【上級光輝魔法(グランドクロス)】!≫


 球状に吹き荒れる千の風刃と大地より迸る十字の光が激突する。風刃が砕かれ、光が散り、余波で大気がヒステリックに暴れた。

 全てが終わった時、審判が上げていたのは赤旗だった。背後に赤い花が咲き、これで赤い花が二つの白い花が一つでカルルの勝利となる。


≪馬鹿な! こんな馬鹿な事があってたまるか! ず、ズルいぞ!≫

ズル(チート)で散々勝ち残ってきた我々が言えた義理ですかな?≫

≪ふぬっ……ぬぐぐう! ……畜生…!≫


 城内を覆っていた蔓がどこへともなく引っ込み、審判妖精も光となって去る。同時にクラネスが白目を剥いて無造作に倒れた。うつ伏せになったまま気を失っている。敗者は昏睡する。彼自身が宣言した通りの結果になった。


「……おお、もう喋れるネ」


 今の今まで黙っていたネロが口を開く。新妖精秘語(ガンドアールヴ)を理解できない自分が出る幕ではないと後ろに引っ込んでいたのだ。


「グッジョブだったネ、カル。本当によく倒せたものだヨ、こんなチート相手に」

「いやはや照れますな。まあ、創作言語をクリアさえすればそう大したものでもなかったですぞ。その点は練度不足でしたなあ」


 地面に転がるクラネスをカルルが見下す。蓋を開けてみれば『魔法比べ』はカルルの圧勝だった。チートスキルにかまけてクラネスが自分の技量を磨く事を怠った結果だ。

 とはいえ、その創作言語を解読するのが至難の業ではあった。カルルが前々世(ブラヴァツキー)の記憶に覚醒していなければ全滅もあり得た。まさしく卑怯なほど強い(チートスキル)だ。


「――いやいや、本当によく倒せたものだ。【夢想する我が紫庭ガーデン・オブ・ヒュプノス】は余らですら足元を掬われかねないスキルだというのにな。褒めて遣わす」


 突如、上方から声が降ってきた。

 見上げれば、城の屋根に人影が一つ立っていた。カルル達が自分を発見したのを見た人影は軽く跳躍し、二人の前に降り立つ。

 影は少年だった。十代前半と思しき小さな体躯に影の如き黒のローブを纏っている。膝裏まで届く(よい)色の頭髪、月色の瞳、闇を固めたとしか言いようがない漆黒の翼、そして何より側頭部から生やした二本の大きな角が、少年が人間ではない事を示していた。


「まっ、まさか……まさかこんなところにあなたが……!?」

「しかし、『輪廻転生者など小生一人で殲滅してくれる』などと豪語していた癖にこの有様とはな。さすがに無様だな、クラネス・K・セレファイス」


 ローブには煌びやかな金の刺繍が施され、所々に宝石も埋め込まれている。特権階級にしか袖を通す事が許されない、そういう衣服だと一目で分かるデザインだ。クラネスを見下す様は服飾も相俟って堂に入っている。


「イゴロウ殿といいあなたといい、どうして幹部の人間がこんなにも前線に出てくるんですかね……!?」


 そんな荘厳なる少年の登場にカルルは心底戦慄していた。イゴロウが登場した時と同じ――否、それ以上の畏怖を目の前の少年に感じていた。恐ろしさにあまりに表情が壊れ、冷や汗を掻きながらも口元には失笑が漏れるほどだ。


「『終局七将』が一角、『魔王』の異世界転生者、ニール・L・ホテップ殿……!」

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