第30転 未熟者
ミョルニル。
北欧神話に登場する武器。雷神トールが所有する戦鎚。非常に重い上に凄まじい熱エネルギーの塊である為、雷神ですら使用する際には剛力を授ける力の帯と高熱に耐える鉄の手袋が必要になる。
◆ ◇ ◆
「【大神霊実流剣術】――【春聯】!」
刃に破邪の霊力を纏って刀を振るう。劫火も波頭も切り裂けるこの技であれば雷と化したガブリエラをも斬れるだろうという判断だ。
「雷の速度に追い付けるつもりですか?」
だが、刃はガブリエラには届かなかった。殆ど瞬間移動みたいな速度でガブリエラが立ち位置を変え、刃を躱す。まさしく電光石火だ。
「【龍の首の珠・轟咆】――!」
直後、龍光を纏う宝玉がガブリエラを穿つ。竹の宝玉だ。ガブリエラの五体がバラバラに喰い千切られる。
「通じません」
だが、ガブリエラは無傷だった。血の一滴、肉の一片すら飛び散らない。バラバラになった五体は雷によって接合し、再び元の人型へと戻った。
「物理無効! 成程、チートだな」
「そうです。私にはあらゆる攻撃が通用しない」
言うが早いかガブリエラの姿が消える。直感に従って右に横跳びした直後、ガブリエラの剣が先程まで俺がいた空間を貫いた。
すぐさま俺がその首筋に刀を振り下ろす。だが、ガブリエラは再び姿を消すと、十数歩先の場所まで移動した。刀は今度も掠らせもしない。
「どうかな? その割にはさっきから【春聯】だけは回避に専念しているじゃないか。宝玉には逃げる事はしなかったのに」
「…………」
「怖いんだろう? 俺の刀が」
確かにガブリエラのチートスキル【雷鎚の化身】は物理攻撃だろうが魔法攻撃だろうが、物質的破壊を無効化するのだろう。だが、俺の【春聯】こそは物質的ではない存在を斬る為に編み出された技。目論見通りだ。この技ならガブリエラを斬れる。
「誰が怖がっているっていうんですか!」
ガブリエラが雷の速度で俺に肉薄する。斬り掛かってくるかと思いきや剣を下から鍔で殴り掛かってきた。咄嗟にこちらも鍔で受け止める。鍔迫り合いだ。
「ぐあっ! ……あっがっ!」
刀剣を伝って電気が俺の身体に流れ込み、苛む。刀も剣も金属だから電気を通しやすいのだ。【春聯】で威力を軽減していなければ麻痺で行動不能になっていただろう。いや、それ以前に黒焦げになっておしまいか。
殆ど無敵モードな上に、接近戦を挑んでくる奴には感電で反撃する。成程、ズルもいいところな能力だ。
だが、惜しいかな。本人の実力が低い。
「鍛錬不足だな、女騎士!」
「くっ……!」
鍔迫り合いを押し返す。膂力では鬼を下回る俺だが、雑兵に劣るほどヤワではない。俺とガブリエラで力勝負をすれば俺の方に軍配が上がるのだ。
じりじりと迫る刀にガブリエラが歯噛みをする。しかし、幾ら歯噛みしたとて力の差は覆せない。
「ならばっ、これならどうですっ!」
鍔迫り合いから逃げて数歩の距離を取るガブリエラ。上段に構えた剣に雷が集中する。迸る雷光が照明を直射されたかのように眩しい。
「――【天からの雷鎚】!」
ガブリエラが駆け、雷刃を俺に振り下ろす。込められた魔力はデクスターが鳥取県で見せた【太陽神の片鱗】に比肩する。いや、一点集中火力として使うならばその威力はデクスターよりも上だろう。真正面から相対してはならない危険な技だ。
「やっぱり鍛錬不足だよ、お前」
それでも俺達の脅威にはならない。
「【仏の御石の鉢】、【火鼠の皮衣】よ!」
俺とガブリエラの間に竹が割って入る。赤い燐光を伴う光の壁が雷刃と激突し、目も眩む火花を散らした。光の壁に遮られて雷は俺達にまで届かない。
溜めが長い。振り下ろしが遅い。そこまで速くない竹の防御が間に合うくらいなのだからその隙の大きさは相当だ。威力は申し分ないが、これでは実戦には程遠い。
「……あ……」
雷を放出し切った後、ガブリエラの意識が落ちた。受け身も取れないまま床に倒れ伏す。瞼は閉じているが、小さく呼吸はしているので死んだのではない。恐らくはエネルギー切れで気絶したのだろう。
「考えなしに大技ブッパして自滅するとはな……未熟者め」
思えば、彼女は【雷鎚の化身】を使う時に「発動」と言っていた。察するに【雷鎚の化身】は常時発動型のように見えて、任意発動型のスキルなのだ。あの無敵モードっぷりだ。発動しているだけでも相当消耗が激しいに違いない。常時発動していては体力も魔力も到底保たないのだろう。
しかし、その未熟さに助けられたか。もっと練度の高い人間がこのチートスキルを持っていたら手が付けられなかった。それこそあのイゴロウのような強敵になっていたかもしれない。
それはともかく、
「今なら首を刎ねるのは容易いが、しないよな? 獣月宮」
「そうね、百地。無駄な殺生はしたくないわ。縛っておくくらいにしておきましょう。ここは地下牢なんだし手枷くらいあるでしょう」
すぐそこの看守室になら手枷も足枷もありそうだ。拘束して部屋に放り込んでおこう。
「――ああ、それでしたら普通の手枷では駄目ですわよ。彼女のチートスキルは金属もすり抜けられますので。使うのでしたら魔法封じの枷が御座いますので、どうぞそちらを」
唐突に声が降ってきた。振り返れば、俺達が下りてきた階段から一人の女性が現れた。
金髪の美女だ。頭髪を螺旋状に巻き、九本の縦ロールとしている。細く吊り上がった両目と薄く讃えた微笑はどこか狐を思わせた。纏うドレスは豪奢であり、スカートは大きく膨らんでいる。クリノリンと呼ばれる骨組みだ。鯨の髭を輪状にして重ねた下着の一種である。
「全く、ガブリエラったら。わたくしと挟み撃ちにする作戦でしたのに、わたくしが来る前に負けてしまうなんて。だらしない娘ですわね」
「誰だ、お前!?」
「あら、無礼ですわね。人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るものではなくって?」
「……その台詞を真面目に言う奴、初めて見たわ」
しかし、ここでゴネても話が進まない。ここは素直に名乗って、相手の反応を伺うとしよう。
「輪廻転生者、百地吉備之介だ」
「右に同じ、獣月宮竹よ」
「誰の輪廻転生者かは言わないのですわね。賢明ですわ。敵に情報を与えるのは少ないに越した事はないですものね」
美女は優雅に微笑むと堂々と名乗りを上げた。
「わたくしは異世界転生軍幹部『終局七将』、『悪役令嬢』の異世界転生者、イシュニ・G・シュプニクラート。どうかお見知り置きを、輪廻転生者のお二方」
「『終局七将』……!」
終演、終幕、終局。イゴロウと同じ物語の結末にまで辿り着いた大英雄。完結した実力を持つ絶対者。異世界転生軍を率いる最高戦力。ガブリエラとはレベルが違う、本物の強敵だ。
「わたくし、前線で戦うのは苦手なのですけれど。まあ、こうして相対した以上は戦わないといけませんものね。――では、一手お相手よろしくお願いしますわ」
「…………ッ!」
優雅な物腰とは裏腹に恐ろしいまでの殺気が地下に溢れる。
まずいぞ、まさかここで『終局七将』と対峙するとは。早く波旬を助け出して、ここから立ち去らなくてはならないというのに。四人がかりで倒したイゴロウと同格の相手、それを二人でどうやって切り抜ければいいんだ。
「さあ、行きますわよ!」
などという俺の焦りなど慮る筈もなく、イシュニは戦闘を始めた。




