幕間5 不運で死んだ俺が異世界で幸運値を上げまくった挙句、魔王軍をブチのめして盗賊王に成り上がる話
イゴロウが地球から転生した先は、何の変哲もない村だった。両親もただの村人であり、格別に善良でもなければ特別に悪逆という訳でもなかった。そんな両親をまだはっきりとしない視界で見上げながら、生後間もないイゴロウは「平凡な人生になりそうだなあ」などとぼんやりを考えていた。
村が盗賊団に襲われたのは、それから一週間もしないある日だった。
イゴロウにとって最初の不幸は、両親が赤子のイゴロウを置いて我先にと逃げてしまった事だ。
「えええええ!? マジかよ俺どうすりゃいいんだよ……!?」
呆気に取られるが、どうしようもない。赤子である彼はまだ満足に身動きする事ができないのだ。盗賊から逃げるなどもっての外。仮に盗賊に見つからなかったとしても、このままでは飢え死にするしかない。
絶望に囚われたその時、家の扉が開いた。両親が帰ってきたのではないかと僅かな希望を懐いたが、部屋に入ってきた人物を見て、再び絶望に呑まれた。
現れたのがどこからどう見ても堅気ではない、むくつけき大男だったからだ。
「終わった……!」
最早死ぬ以外の未来が見えなくなったイゴロウは、もう泣き声一つ上げる事もできなかった。
「ほう、赤ん坊か」
入ってきた男がイゴロウの存在に気付く。
「親に見捨てられたか。俺が言えた義理じゃねえが、可哀想にな」
男は村を襲った盗賊団の長――頭領だった。彼が来たせいでイゴロウの両親は逃散した為、確かに何か言える立場ではない。しかし、
「普段なら放置するか、せめてもの慈悲として殺して楽にしてやるかなんだが……運がいいな。ついこの間、俺も娘が生まれたばかりでな。今の俺にはちょっとばかり情けってもんがある」
この出会いこそがイゴロウにとって最初の幸運だった。彼と巡り合った事でイゴロウは『貪る手の盗賊団』頭領の養子となった。もしこれが他の盗賊だったらイゴロウは何事もなく殺されていたかもしれない。不幸中の幸いにも彼は生き延びる事に成功したのだ。
それからの彼の人生は基本的には順風満帆だった。地球から異世界に転生した際に彼は幸運値を上乗せするスキル【神命豪運】を与えられていたからだ。いっそ極振りでも構わないと彼は考えていたのだが、それはシステム上不可能だった。
ともあれ、このスキルにより彼の人生は一変した。賭け事をすれば必勝。探し物をすれば百発百見。適度なモンスターと戦って順調にレベルを上げ、辺境伯の娘ともコネができた。まさしく順風満帆、無敵の状態だった。
だが、そんな無敵な日々もあっけなく終わりを告げる。
ある日、盗賊団のアジトが物資略奪を目的とした魔王軍に襲撃された、イゴロウはたまたま釣りに出掛けていたお陰で助かった。だが、アジトに残っていた盗賊達の殆どが瀕死の重傷を負い、幾人も魔王軍に殺された。全く無事に済んだのはイゴロウの釣りに付き合っていた面々だけだった。
この時、イゴロウは思い知った。幸運と幸福は別物であるという事を。自分の幸運は自分一人にしか適用されず、身内であっても他人を救う事はしないという事を。
「親父ぃ!」
アジトとして使っている洞窟の奥、そこに頭領は横になっていた。同じくアジトに残っていた自分の娘を庇って彼は魔物に致命傷を負わされたのだ。イゴロウが帰宅した時には最早余命幾許もない状態だった。
「お、おう……イゴロウか? そこにいるのか……?」
「親父、もう目が……」
「……ああ、見えてねえ。俺ァもう助からねえよ。……それくらい分かる」
頭領は己の傷の深さを認識していた。もうすぐ自分は死ぬ。盗賊などというアコギな商売をしている以上、死に方は選べないと思っていた。よもや国家権力ではなく余所者の魔王軍に殺されるのは意外な展開だったが、それも覚悟の上だった。
故にこういう時に言うべき言葉はあらかじめ決めていた。
「盗賊団はくれてやる。今日からお前が頭領だ。団はお前の好きにしろ……」
頭領が震える手をイゴロウに伸ばす。イゴロウは思わずその手を両手で握った。
「このスキルは……頭領の証だ。うまく使え……」
手と手の接触を通じて頭領からイゴロウに魔法が流れ込む。イゴロウが左手に違和感を覚えたので見てみると、掌に口の紋様が現れていた。この紋様は見慣れている。頭領専用のスキル【悪神の手】だ。『貪る手の盗賊団』が崇める神の加護である。
その手を呆然と見ていたイゴロウだったが、やがてふるふると震えたかと思うと激昂の声を上げた。
「ふざけんな! 何、俺の面倒を投げ出そうとしてんだよ! 親父、俺の事いつも半人前だって馬鹿にしていたじゃねえか! 散々ガキ扱いしてきたじゃねえか! だったら俺が一人前になるまで責任取って見ろや!」
ボロボロと涙を流すイゴロウ。これ程までに泣いたのは転生以来初めてだった。
「だから、死ぬんじゃねえ……! 死ぬんじゃねえよ、親父……!」
「……ケッ。甘ったれがよォ……」
滂沱の涙を流すイゴロウに最初は呆気に取られていた頭領だったが、やがて心底嬉しそうに苦笑した。
「じゃあ、言ってやるよ……。お前は……一人前だ。俺の……自慢の……む、すこ…………」
それが頭領の最期の言葉だった。
頭領の手から力が抜け、イゴロウが落とし掛ける。慌てて取り直すも頭領の手が握り返す事はない。その目はもう誰も見ておらず、その口が開く事は二度となかった。
◆ ◇ ◆
「皆、聞け。俺は方針を決めた」
頭領が死んだ翌々日。生き残った盗賊団を前にイゴロウはそう切り出した。
「先に言っておく。俺の方針についていけないと思ったら、今この場で盗賊団を抜けろ。足抜けしても一切咎めはしねえから心配するな。それくらい危険な道を選ぶ」
「イゴロウ……」
イゴロウの双眸は静かな怒りに満ちていた。育ての父を失った悲しみは二晩の間に収まり、代わりに沸き上がったのは「魔王軍を許さない」、「身内を守る」という断固とした決意だった。
「――俺は魔王軍を倒す。今後、団の活動は全てその為のものになる」
イゴロウがヒントにしたのは私掠船だ。
私掠船とは国家より私掠免許を得た個人船であり、海賊船の一種だ。敵国の船を攻撃し、その船や積み荷を奪う事で敵国の力を削ごうという戦略である。英西戦争の際には、海軍力で不利であったイギリスが有利な海軍力を持つスペインを弱らせようとして、通商破壊を目的に行われた。中でもフランシス・ドレークの私掠船は偉業と讃えられた。
イゴロウは魔王軍の部隊を襲撃し、物資を略奪。大将首と略奪品の一部をコネがある辺境伯を経由して王家に献上した。また、魔王軍のみならず他の盗賊団も襲い、国内の治安維持にも貢献した。
「奪われる前に奪う。俺のものに手を出そうというなら覚悟を決めやがれ……!」
この行動を繰り返し、王家の信頼と後ろ盾を得た『貪る手の盗賊団』は勢力を拡大。餌食になるくらいならと傘下になる盗賊団が増え、いつしか民衆からも支持されるようになった。結果、イゴロウは魔王軍との戦いにより注力する事ができたのだ。
彼の略奪もまた偉業と讃えられたのだ。
「……ああ、だからこそ俺は奪われて死ぬのだろうよ」




