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第23転 悪神の手

 バジリスク。

 ヨーロッパの伝承上の生物。鶏冠を持つ毒蛇。下半身が蛇の雄鶏という説もある。その毒は非常に強力で、馬上の人間がバジリスクを槍で突いたら毒が槍を伝い、その人間も馬も殺したという伝承がある。



◆  ◇  ◆



「そら、そらそらそらそらそら、そらぁ!」


 イゴロウが俺を攻め立てる。得物は右手に短剣、左手には俺から奪った刀の二刀流だ。刀を逆手で握り、旋回しつつ俺を連続で斬り付ける。グルグルと回転する様はまさしく削岩機だ。砂丘が巻き上げられ、軽く砂嵐が起きる。

 動きは単調だが、とにかく(はや)い。刃物が二本になった事で手数が増えた分、更にだ。運だけに頼ってきた人間ができる動きではない。運を味方にした上で自らを鍛えてきた者だけが得られる技量だ。


「ぐぬ、畜生ぉ!」


 対する俺は何もできない。ただ躱すだけで精一杯だ。素手で刃を弾く事はできないからどんどん膾切りにされていく。いや、それ以前に恐怖に震えるこの心を克服しなくては戦うどころではない。


「せめて武器があれば……!」


 刀ではなくても剣の類があれば防御できるのに。防御ができれば攻撃に転じる事もできるだろうに。武器が何もないから何もできない。


「この調子なら()()()()は必要なさそうだな」

「ぐっ……!」

「このまま死にやがれ!」


 イゴロウが一瞬力を溜め、一際速く短剣を突き出す。回避し続けるのももう限界だ。()られる――


「させないわよ!」


 その直前、竹が割って入った。ブレザーが赤い燐光を放ち、俺の代わりにイゴロウの短剣を腹部で受け止める。


「獣月宮!」

「大丈夫……よ。私の【火鼠の皮衣】には物理防御も備わっている……んだから」

「いや、今のはそこそこ手応えがあったぜ。刺さりはしなかったが、痣くらいにはなっているだろうよ」


 そんな、俺を庇ったせいで竹が傷付いてしまうなんて。なんて無様だ、クソ!


 いや、それも気掛かりだが、他に分からない事がある。竹は縄で縛られていた。自力では脱出できなかった筈だ。それがどうしてここに立っているんだ?


「まだ剥ぎ取っていなかった装備があったとはなあ。まあ何も見つけてねえのに丸裸にする訳にはいかねえしな。……それよりもテメェ、どうやって逃げた? 誰が縄を解いたんだ?」


 視線を竹が座らされていた場所に移す。そこにいたのはカルルだった。


「テメェか、カルル。逃げたと聞いていたんだが」

「デュフフ、フヘヘヘヘ……ええ、そのつもりだったのですがな。思い出してしまったもので」

「何をだ?」

「ブラヴァツキー夫人だった頃の友人達――ダニエル氏やオルコット大佐、アーリヤ・サマージの人々を。この世界にはかつて彼らがいた事を思い出しました」


 カルルが思い出したのは前々世の知己だった。前世の思い出だけでは地球人類への攻撃を思い留まらせる事はできなかったようだが、前々世が加わった事でようやく彼女の足は止まったのだ。


「ほおう、それで? そいつらのいた世界を守ろうと思ったのか? 俺達と一緒になって人類を滅亡一歩寸前にまで追い込んだテメェが?」


 イゴロウの指摘にカルルの表情が歪む。罪悪感からなのか肩が震えている。それでも彼女は毅然としてイゴロウを見返した。


「確かに今更ですとも。だからこそこれ以上、異世界転生軍に(くみ)する訳にはいかないんですわ。少しずつ、少しずつでも善行を積み上げなくてはならんのですぞ。――吉備之介殿!」


 カルルが俺に向かって一本の刀剣を投げる。難なく受け取り、鞘から刃を抜く。刀剣の正体は三日月状の剣(シャムシール)だった。西洋ではシミターと呼ばれる曲刀である。


「ここの武器庫からくすねてきましたぞ。それをお使い下され!」

「助かる!」

「ちっ!」


 剣を握り、俺はイゴロウに肉薄する。イゴロウは二刀で迎撃し、再び剣劇が始まった。刃物が二本になった事で手数は確かに増えたが、その分、イゴロウの小回りが利かなくなった。互角に斬り合うくらいならまだ俺でもできる。

 心の『桃太郎』のスイッチも完全ではないがオンになった。これなら行ける!


「我が手元に戻れ、【龍の首の珠】――!」


 彼方より宝玉が飛んできて竹の左手に納まる。竹の装備品の内、飛行能力を持つ唯一の物だ。これだけは竹の意思で遠方からでも引き寄せられるのだ。


「行きなさい、龍よ――!」

「ぬおっ!」


 宝玉が竹の手中より射出する。矢の如き飛ぶ宝玉を前に、装飾品のスキルがイゴロウの右半身を反らして回避させる。


「隙ありだ。【大神霊実(おおかむづみ)流剣術】――【雛祭(すうさい)】!」


 直後、俺の連続斬撃がイゴロウを襲った。イゴロウは回避したばかりで咄嗟には動けない。如何に『一定確率で相手の攻撃を回避する』といっても、それが原理的に不可能(ゼロパーセント)となれば、どれ程の幸運値であっても改変しようがないのだ。

 ましてや【雛祭(すうさい)】は十五の斬撃を一斉に叩き込む剣技。逃げ場は一層ない。


「ぐぅおおおおおっ!」


 イゴロウが呻き声を上げる。顔や手足、胴部にも斬撃は入ったが、傷はいずれも浅い。血もほんの一筋流れた程度だ。あの状態からまだ回避ができるとは驚くしかない。

 だが、当たった。イゴロウも無敵ではない事が判明した。攻撃し続ければいつかは倒す事ができる相手なのだ。であれば、勝ちの目が全くない訳ではない。


「畳み掛けるぞ、二人とも!」

「任されよう! 離れて下され、吉備之介殿! ――【上級光輝魔法(グランドクロス)】!」


 カルルの指示に従ってイゴロウの近くから離脱する。直後、イゴロウの足場から巨大な十字型の光が噴出した。如何なイゴロウの回避力でも逃げ場を塗り潰すような範囲攻撃であれば躱しようがない。


 だというのに、イゴロウの口元には笑みが浮かんでいた。


「――【悪神の手(イゴーロナク)】!」


 イゴロウが足元に左手を突き出す。光がイゴロウの左手に触れた刹那、掌に吸い込まれた。鉱物の林をも一撃で粉砕した極光があっという間に無に帰していく。イゴロウの肌どころか衣服に焦げ目すら付いていない。


「な、何だ今のは……ッ!」

「お? びっくりしたかよ? 両手のスキルが揃ってこそが俺様の真骨頂だ。【盗神の手(ヘルメス)】が切り札(エース)なら、こいつは奥の手(ジョーカー)よ」


 イゴロウの左手をかざす。掌には口の紋様があった。歯を剥き出しにして嗤い、真っ赤な舌を垂らしたデザインだ。


「【悪神の手(イゴーロナク)】――敵の攻撃を何でも喰らうスキルだ。理論上は核兵器すらも無力化できるぜ」

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