第19転 疑似太陽
「どうだ、これが我のチートスキル【太陽神の片鱗】だ!」
もうもうと土煙が立ち込める。家屋数軒が半壊したエネルギー塊の爆心地にいて、デクスターは平然と立っていた。火傷一つ負っていない。俺達は予め距離を置いていた上に爆発直前に咄嗟に飛び退いていたお陰で無事だった。
「掌に疑似太陽を作る事ができて、我には一切ダメージを与えない。異世界最高火力のスキルだ!」
「疑似太陽……今の青いエネルギー塊が小さな太陽だってのか」
俺達は無事だったが、周りの建物はそうではなかった。エネルギー塊に吹き飛ばされ、飛び火を受けた炎の勢いが更に増す。
恐らくスーパーマーケットもこの周辺の家屋もこいつが燃やしたのだ。
「そうだ! 美しい青さだっただろう? 魔法世界の太陽は地・水・火・風・光・闇のどの属性にも当てはまらない。つまり無属性だ。万物を平等に破壊する。最大にまで威力をチャージすれば小国一つ吹き飛ばす事も可能なのだ!」
圧倒的火力で敵陣を壊滅する。面の制圧がデクスターの戦法か。面での攻撃はカルルも魔法でやっていたが、こいつのは危険度が比較にならない。本人の言の通り一国を滅ぼせるのであれば、それは個人が戦略兵器を携帯しているのに等しい脅威だ。
「クリト・ルリトールの奴は自らのチートスキルを究極攻撃だと言っていたが、所詮対人レベル。疑似太陽を作る我の方が究極攻撃を冠するに相応しい。我が魔法世界最強なのだあああああ!」
デクスターの右掌にエネルギー塊が作られる。自ら一国を滅ぼすと謳ったそれをデクスターは躊躇いなく射出した。青い尾を引きながらエネルギー塊が飛ぶ。
防御は不可能だ。あの破壊力を前にしては如何なる盾も鎧も意味を成さない。纏めて消し炭にされて終わりだ。かといって、回避も選べない。回避すれば竹達や後方の家々が巻き添えになる。見殺しにする訳にはいかない。
であれば、ここは迎撃するしかないか。
「【大神霊実流剣術】――【春聯】!」
刃に霊力を纏う。エネルギー塊に合わせて逆袈裟斬りを振るう。真っ二つにされたエネルギー塊はそのまま左右に分かたれ、小さな爆発だけを起こして霧散した。
「はあああああ!? 我の【太陽神の片鱗】が真っ二つだとおおおおお!?」
【大神霊実流剣術春聯】――形なきものを斬る剣技だ。劫火でも波頭でも、果ては病魔や怨霊さえも斬り伏せる。斬られた対象は死――即ち、無力化される。異世界の魔法とてそれは例外ではない。
「お前が火力馬鹿で助かったぜ。クリト相手じゃこうはいかなかった」
「あああああァん!? この我がクリトに劣るだとおおおおお!?」
デクスターがいきり立つが、実際問題クリトよりもデクスターの方が俺と相性がよかった。
クリト・ルリトールの拳は概念的破壊だったが、デクスターの疑似太陽は物理的破壊だ。さすがの俺でも概念は切れない。劫火は断てても、それが劫火であったという意味までは絶てない。だが、物理的なものであれば【春聯】で斬れる。
「――【追儺】」
「うがっ!?」
デクスターの目と鼻の先にまで瞬間移動する。振り下ろす一太刀は本来如何なる行動もできない速度の筈なのだが、なんとデクスターは反応してみせた。咄嗟に両腕を重ねて防御にしたのだ。油断していたとはいえクリトは反応できなかったというのに、驚くべき反射神経だ。
だが、その程度では俺の刃は止められない。両腕は纏めて輪切りにされ、両手が地面に落下する。半ばで失った前腕から鮮血がスプリンクラーみたいに降り注いだ。
「ぎぃいいいゃああああああああああああああああああああっ!」
短くなった両腕を抱えて地面をのたうち回るデクスター。抱えたところで出血が収まる道理もなく、血の海が広がっていく。デクスターの無様を見下ろし、肩に刀を担いで俺はこう言った。
「太陽神の力とはいえ片鱗じゃあなあ。こっちには月女神様がついているんだぜ」
「ふふ、分かっているじゃない」
ウチの月女神様を引き合いに出したら、鈴のような笑い声を頂いた。可愛い。
「ぐっ、ぬがァあああああ! なめやがってえええええっ!」
デクスターが口をばっくりと開く。その口腔に青いエネルギー塊が生成された。デクスターは両腕を使わずともあのエネルギー塊を使う事ができるのだ。
だが、遅い。腕に比べて明らかに生成速度が遅い。
「――【春聯】」
「ンギッ!」
デクスターの下顎ごとエネルギー塊を両断する。これでもうデクスターはチートスキルを使えない筈だ。まさか足で撃ってくるなんて事もあるまい。隙が多すぎる。
「さて、こいつをどうするかな」
「ひっ……ひぃいいいいい!」
手札を失ったデクスターが怖気付いて尻餅を突きながら後退りする。既に戦意は失ったようだ。今ならとどめを刺すのは容易だが、先日、告白したように俺には人を殺す覚悟がない。ゴブリン共は殺したが、こいつは違う。肉体は人外種族とはいえ、元地球人だ。
果たして元地球人のこいつを躊躇いなく殺していいものだろうか。こいつの命を背負う気概が俺にあるだろうか。だが、こいつはこの町の住民を俺の目の前で沢山殺した。許せる訳がない。
「――よう。随分楽しそうな事してんじゃねーの。俺様も混ぜてくれよ」
「……えっ?」
などと悩んでいたら、いつの間に現れたのか、路地の先に見知らぬ男が立っていた。
顎髭を生やし、中東系の服装を纏ったイケオジ系の男だ。その身には幾つもの装飾品を着けていた。両手の指には全て宝石付きの指輪、手首には金の腕輪、首には三重の首飾り。服装自体は動き易さを重視した簡素な物でありながら、装飾品によって彼の全身はギラついていた。
男の双眸は鋭く、しかし澱んでいた。視界にあるもの全てを妬まずにはいられないと言わんばかりの鬱屈した眼光だ。口元は薄い笑みを浮かべているのに剣呑さが隠せていない。
「んなっ、なななななっ、なななななぁ! なんであんたがここにいるんでつか!」
男の登場にカルルが狼狽する。ガタガタと震え、男を差す指は焦点が定まっていなかった。そんな状態でも彼女はどうにか男の名を口にした。
「異世界転生軍幹部『終局七将』、『盗賊』の異世界転生者、イゴロウ殿……!」




